第89話 登れ、明日を目指して!
「ずいぶんフラグ立てていたつもりなんだけど、結局最後まで気付かないんだもんなあ」
「ジェネブルーのカイトがツンデレナで、ジェネグリーンのクウヤが星野さん……」
「誰がツンデレナよ」
病院の休憩スペースに、25年の時を経て明日登呂シティの仮面レンジャー・ネオジェネスたちが顔を揃えた。
「あの後僕は、親の都合で関西に引っ越したんだよ。小学校から成人するまでずっと向こうだったから、明日登呂がどう変化していったのかはあまり知らなかった。だから玲奈さんから十数年ぶりに連絡をもらって、ちょっとびっくりしたよ」
「私の方こそ驚いたわよ。まさか星野くんがまだ仮面レンジャーごっこを続けていて、しかも仕事にまでしてたなんて思わなかった」
「僕にとっては本当に楽しい想い出だったからね。引っ越し先でもずっと仮面レンジャーシリーズを追いかけて、観るだけじゃ飽き足らずに自主制作映画を作ったりしたよ。それが高じて、いまや代表取締役総統のカイゼルだ」
一歩はといえば、まだ昔の記憶が追いつかず、二人の会話から置いてけぼりを食らっている。
「玲奈…さんてば、あのとき座り込みをした残りの二人が誰なのか、ちゃんと覚えてたわけ?」
「あったりまえじゃない。レンジャーのお面とジェネソードは私のお守りだ、って言ったでしょ。どっかの誰かさんみたいにすっかり忘却の彼方なんて、そんな薄情な性格じゃありませんから。二人の住民票から転居先辿って、現住所を調べるなんて探偵まがいの真似もしなきゃならなかったのよ。もっとも、言うほど大変じゃなかったけどね。なんたって父親が現職市長ですから」
「それ、マズイんじゃないかなー」
漫才のような玲奈と一歩の掛け合いを、星野が嬉しそうに眺めている。
「相変わらず、仲がいいなあ」
「はあー(´д`)?」
同時に反応する二人を見て星野は、はっはっはと声をあげて笑った。
「ね、今から芦川神社に行ってみない?」
コーヒーの紙コップをコン、とテーブルに置いて、玲奈が二人に誘いかける。
「え?」
「やっと3本のジェネソードが揃ったのよ。無事に、いや無事じゃなかったけど選挙も終わったし、私たち3人とも今回は芦川様にお世話になったと思うの。だからみんなで神様にお参りしに行こうよ」
「そうですね。行きましょうか」
すかさず同意するカイゼル星野に、一歩はちょっと待って、と異を唱えた。
「星野さん、何か用があって病院に来たんじゃないの」
「まあね。選挙のお手伝いも終わって、これからは復旧のためのボランティア活動がメインになるからさ。その顔つなぎもあって、米田新市長に表敬訪問しておこうと思って」
「あら。じゃ、病室に寄っていく?」
「いや、君らはもう行ったんだろ。市長も退院したら忙しくなるだろうから、今はゆっくり休ませてあげようよ。僕の方はいつでもいい」
スーツを着用しない普段着で、マスクを付けずに一歩はアストロボートを走らせている。前方をゆく白のワゴンは、玲奈の運転だ。アルバイトを終えた一歩を、芦川駅前商店街のカレーハウス「ゴン」へといざなった、あの白い平凡車である。今回はカイゼル星野が助手席に座っているのを、一歩はなぜだか落ち着かない気分で、運転しながら後ろから見ていた。
米田の入院している病院と芦川神社とは、ちょうど明日登呂市の東側と西側の両端に位置している。その二つを結ぶのは、北側に広がる古くからの旧街と、南側の埋立でできた新街の境界線にあたる国道だ。同じ街だというのに、道をはさんだ北と南とで様相が少し異なっている。北側に古い家屋がやや密集して建っているのに対し、南側は建造物の間隔が広く、大型の店舗や施設が目立つ。そしてそれのみならず、南の新街には液状化の影響が大きく生じていた。傾いた電柱、一部が盛り上がった歩道。崩れて散らばった歩道のタイル。北の旧街側はほぼ無傷なのに、だ。
まだ立候補する前、市長選挙のことすら頭になかった一歩がティッシュを配っていた、「レプトン明日登呂店」が見えてきた。営業はしているものの駐車場は閉鎖されていて、その代わりに水道局の給水車が停められている。ポリタンクを手にした人々の行列が見えた。
一歩も玲奈も、星野も言葉を発しない。
少し行くと、今度は右手側にガラス張りのアストロプラザが見えてきた。その横に設けられていたプレハブ建ての米田なおき選挙事務所は、いまは復旧支援物資の集積所となっている。病床にある米田本人の指示による措置だそうだ。
やがて芦川にかかる橋に差し掛かった。ここを左に曲がって海の方に行けば、米田カーが転落した河口に出る。右折して芦川商店街方面に向かえば、神社はもうすぐそばだ。護岸工事がなされる以前、芦の生い茂る河原から土の露出した土手が続いていて、そこに桜が川に沿うように何本も立ち並んでいた。一歩の、そして玲奈と星野の、人生の原点とも言える場所だった。
小高い丘になっている芦川神社のふもとに、玲奈は車を停めた。一歩もアストロボートを駐輪スペースに入れる。振り返って見る現在の芦川、いや明日川の川辺は、コンクリートで補強され化粧フェンスに守られて、水面まで降りることができなくなっている。
「あらためて見ると、やっぱり変わったよな、ここも」
何気なく発した一歩の科白に、玲奈が「変わったものも、変わらないものもある」と応えた。
「どういうこと?」と一歩が尋ねると、彼女はよく分からないけど、そんな言葉がいまふと降りてきたの、と遠くを見る目をして言った。
神社の苔むした石段を、三人でゆっくりと登る。選挙の間何度となく行き来した石段だったが、玲奈と星野と共に歩いていると、一歩は亡くなった自分の父親が傍らで微笑んでいるように思えた。横を歩く玲奈も、頂上を見ながら何やら感慨深げだ。
石段の頂きに到着する。境内はステージや市長選情報センターのテントをそのままに、臨時の私設防災連絡所兼休憩施設になっていた。ひだまりカフェもまだ営業を継続している。
左側に続く林の一角には、以前の通りに古い木のベンチが置かれていた。そこからは、明日登呂のほぼ全域を見渡すことのできる眺望が開けている。
誰言うとなく三人はベンチの脇に歩み寄り、眼下に広がる明日登呂の川や海、道や橋、瓦屋根が並ぶ旧市街、陽光を反射して輝くガラスの建造物、そしてそこを行き交う人々の姿を揃って眺めた。変わったものと、変わらないもの。新しくなっていくべきものと、受け継がれていくべきもの。彼らの前で街は、そこに確かに息づいていた。
「あれ、何やってんのこんなところで」
素っ頓狂な声に振り返ると、じゃがいもフライの串を手にした甲斐が後ろに立っていた。フライにはケチャップがたっぷりかかっている。
「げ、甲斐さんケチャップは邪道でしょ」
「バカいうなよ一歩くん。じゃがいもフライはケチャップに決まってるだろ。そんなことより、早くステージ広場においでよ。『選挙も地震もお疲れ様とりまみんなで打ち上げ祭り』をやるんだから。みんな待ってるぜ。君らがいなくちゃ始まらないよ」
「すみません、すぐ行きます。その前に、神様にお礼をしてこなきゃ」
一歩は玲奈と星野と共にうなづく。
「よし、行こう!」
「行きましょう」
明日登呂シティのネオジェネス。新しい世代を担うことになる三人の若者たちは、いにしえからずっと街を見守ってきた芦川神社の拝殿を目指して、歩きだす。
その後ろ姿を頼もしそうに見つめていた甲斐は、何を思ったかやがて直立不動の姿勢を取り、右手をあげて敬礼した。じゃがいもフライの串は、左手に握ったままだった。
(※いよいよ本編完結まで、残り2話!)
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