第88話 明日登呂シティのネオジェネスたち

「アストロレンジャーの出馬が米田さんの仕組んだことだと、みんなは知っていたんですか。僕だけが蚊帳の外だったわけ?」

「いや、それを知る者はほとんどいないはずだ。そもそも玲奈が私の娘だということすら、分かっていたのは君のところでは小尾さんだけだ。彼にだけは、公聴広報課長だった頃から色々骨を折ってもらった経緯もあって、事前に相談していたよ」

「米田さんの選対の方もですか?」

「うちの造田は娘の顔を知っているからね。だから彼には、玲奈は私が放ったスパイだということにして、誰にも言わないように釘を刺しておいた」

なるほど、一歩には思い当たる節があった。芦川神社に街宣車が乱入してきた時だ。「せいぜい気をつけろ」と造田が言ったのは、このことだったのだ。


「しかし、君は私の意図を超えた。素晴らしい成長ぶりだったよ。玲奈から報告を聞くのが楽しみになっていた。もし地震が起こらなかったら、市長に当選していたのはアストロレンジャーだ」

「……結局、僕たちはあなたの手のひらの上で踊らされていたわけですか」

一歩は複雑な気持ちで答える。

「そうじゃない。その街のことは、市民自身が決めなくてはならないんだ。私は、象徴首長制という枠組みを示したに過ぎない。討論会の開催から、芦川神社の市長選情報センター、アストロノーツの活用、予算エキスポ、海外との連携、そしてホン自民党と憲法9条軍構想。すべて君を始めとする市民たちの中から生まれたアイデアだ。君や仲間たちの本気の行動が評価されたからこそ、投票率が60%を超えたんだよ」


「はいはい。おとうさん、あまりしゃべると疲れるよ。肋骨折れてるんだから」

花瓶を手にして、玲奈が入ってくる。

「退院したらまた4年間働かなきゃならないのよ。今は静かにしててください」

そう言って窓際に花瓶を置くと、彼女は「私もちょっと話があるんだけど」と一歩に問いかけた。

うん、とうなづき、一歩は米田に一礼をする。

「また来ます。お大事になさってください」

「一歩くん。いや、アストロレンジャー」

帰ろうとする一歩を、米田は真っ直ぐに見据えた。

「頼みがある。次期市長として、アストロレンジャーを改めて『明日登呂市の象徴市長』に任命したい。議会での条例化など課題はあるが、市民と共に、ぜひとも私に力を貸してくれないか」


あなたをこの街の市長にしたい。思えば、わずか半月ほど前に初めて出会った玲奈のその一言から、すべては始まったのだ。そして今、彼女の父親である本物の市長から、一歩は同じ言葉をかけられている。即答するにはあまりに大きな責任を伴う問いかけに、一歩は答えず目礼して病室を後にした。


「コーヒーでも飲む?」

ロビー手前の休憩スペースに、2人は並んで腰掛けた。ベンダーマシンで淹れたレギュラーコーヒーの香りが鼻腔に心地よい。

通路を車椅子や松葉杖姿の人々が行き交っている。小さな子供を連れた若い母親、指に包帯を巻いた外国人。近くのテーブル席では、今どき新聞を広げて熱心に読む人がいる。その隣で、老夫婦がにこやかに話をしていた。休憩スペースの向かい側には大きなガラス窓があり、そこから見える中庭で、小鳥たちが飛び跳ね遊んでいる。

話があると言いながら、玲奈は何も言わずにしばらくその光景を眺めていた。そして手にしたコーヒーを飲み干してしまう頃、彼女は一歩の方へと顔を向けた。


「最初に会ったときも、コーヒー飲んでたね」

「缶だけどね」

玲奈は少し笑って、言葉を続ける。

「話していないことがもうひとつあるの。もう分かってるとは思うけど」

一体何のことだろう。きょとんとした表情を浮かべる一歩を見て、玲奈はとうとう吹き出してしまった。

「ちょっとはマシになったと思ってたのに、やっぱりアホはアホなのね」

「なんだよそれ」

青いショルダーバッグのファスナーを開き、玲奈が布に包まれた何かを取り出した。

「なーんだ?」

「子供かよ」

「惜しい。これはね、私の子供の頃からのお守りなの」

確かに、布は古い子供用のハンカチのようだ。包みを解いて中から出てきたのは、プラスチックの剣と小さなブルーのお面だった。


「あれ?これって」

じゃん、と玲奈が戯けながらお面を顔にかざす。

「天知る地知る、海も知る。蒼き大海原からの使者、仮面レンジャー・ジェネブルー推参!どう、思い出した?」


思い出した。芦川の川辺で、桜の木を伐らないでと一緒に座り込みをした、幼稚園の友達が身につけていたものだ。伝説の特撮番組、仮面レンジャーネオジェネスの一人、カイトこと海のジェネブルー。


「あっ、そうか」

父と一緒に抗議活動をしていたのが米田だったのならば、当然その子供も行動を共にしていておかしくない。しかし。

「私ね、小さい頃は男の子みたいに短髪で。色も黒くて、毎日半ズボンはいて走り回ってたの。自分でも、本当は男の子なんじゃないかって気がしてた」

「えーっ。じゃ、あの時一緒に座り込みをしてたのって……」

「まったく。いつ気づいてくれるかと思ってたのに」

「分かるかよそんなの」

芦川神社の縁日で買ってもらったお面を被り、ジェネソードを携えて幼き日の一歩は意気揚々と桜並木を歩いていた。まだ開発の途上にあった明日登呂は、昭和の雰囲気をそこかしこに残していた。土や石が露出したままの川岸。銭湯の煙突、じゃがいもフライの匂い。その風景の中に、あの時共に桜を守ろうとした仲間が確かに存在した。しかし記憶の中のその顔は、ぼんやりとしていて定まらない。


「最初におとうさんの計画を聞いたときは、なにを今さらって感じだった。でもその中心がジェネレッド、一歩くんだって知って、私はやってみる気になったのよ。桜並木のリベンジだしね」

玲奈はおもちゃの剣を胸の前にかざして、そのままスッと腕をまっすぐに伸ばした。切っ先が一歩の身体に向いている。

しばらくその剣を見つめていた一歩は、やがてバッグから自分のジェネソードを取り出した。神社で母から渡されて以来、彼もそれを肌見放さず持ち歩いていたのだ。玲奈と同じように剣を掲げ、腕を伸ばして切っ先を重ねる。力を合わせて地球を護る、友情と誓いのサインだった。

「燃えるマグマの大地の使者、ジェネレッド参上!」


「あの、もう一人、忘れちゃいませんか」

ふいに若い男の声がした。玲奈が微笑み、一歩はキョロキョロと周囲を見回す。少し離れた丸テーブルで、広げた新聞の向こう側から3本目のジェネソードがせり上がってきた。

「煌めく天空の使者、ジェネグリーン見参!」

新聞紙の後ろから現れたその顔は、またしても一歩のよく知る人物のものだった。


「あなたは!カイゼル、星野さん?」

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