第86話 開票結果!

慌ただしくも不思議な2日間が、あっという間に過ぎた。

街には、4種類の集団が混在していた。ひとつは、元々明日登呂市に住んでいる住民たち。もうひとつは、さまざまな衣装を身にまといつつ、路上や投票所でせっせと働く全国から集まったローカルキャラクターたち。そして、近隣自治体や企業などから派遣され、明日登呂の支援に協力する集団。自衛隊もこの一角を成している。最後は、その状況を報道するためにやってきた、マスコミや独立系YouTuberたちである。


テレビの画面に、明日登呂市の映像が映っている。

ひび割れて波を打ったように隆起したり、陥没している道路の上で、ハロウィンの仮装と見紛うような扮装をした妖精やスーパーヒーロー、化身たちが、反射ベストを着て誘導棒を手にし、人や車に指示を出していた。

小学校の門前で「投票所はこちらです!足元に注意してお進みください」と元気に叫んでいるのは、エビフライの着ぐるみに包まれた宇部市の轟エビ太郎だ。その後ろで傾いた街路樹を怪力で元に戻しているのが、五街道からやってきた、金子というイツカイザーの相棒である。元プロレスラーなのだそうだ。


別の区画では、自衛隊の給水車に列を成す住民たちの姿があった。仮設トイレも設営され、不自由な中でも一安心の様子がうかがえる。画面に、明るく丁寧に市民と接する若い自衛官が一瞬映し出された。そのヘルメットに、手書きで「The Article 9 Force」とかかれているのを、一歩は見逃さなかった。

The Article 9 Force、すなわち「憲法9条軍」の英文表現だ。むろん正式な徽章ではない。見つかれば罰則ものなのだろうが、その若い自衛官の気持ちに一歩は胸が熱くなった。


テレビが置かれている病院のロビーを通過して、入院病棟へと足を運ぶ。両側に並ぶ病室のひとつに「米田なおき様」という表示を見つけ、一歩は中へ入った。

ベッドから半身を起こした米田がいた。

「おや。大須賀くん」


米田の言葉に、ベッドサイドに座った玲奈がはじかれたように振り向く。米田はマットレスに座りなおすと、一歩に向かって頭を下げた。

「あらためてこの度は、誠にありがとう。君のおかげで助かりました」

「えっ、いやいやとんでもない。僕だけの力じゃないですよ。みんなが力を貸してくれたから。あ、これ、お見舞いです」

一歩は携えてきた花束を差し出した。

「米田さん。いや、米田新市長。当選おめでとうございます」


昨日の日曜日。夜8時に締め切られた投票は、開票が始まり日付が変わっても、勝敗はなかなか定まらなかった。開票結果が確定した時、時刻はすでに午前2時を回っていた。


当選 米田なおき 31,808票 37.59%

次点 アストロレンジャー 29,778票 35.19%

はっとり十三 19,626票 23.19%

無効票 3,386票 4.0%

当日有権者総数 136,228人

投票者数 84,598人

投票率62.1%


思わぬ災害で投票が一時危ぶまれたにもかからわず、この投票率は驚くべき数字と言える。そして米田とアストロレンジャーの得票差はわずか2,030票だった。米田はこの結果を病院のベッドで受け止めていた。主のいないその選挙事務所では、被災した市民を慮ってバンザイの斉唱もダルマの開眼も行わなかったそうだ。


選挙事務所を持たずに活動していたアストロレンジャーとその仲間たちは、芦川神社で開票を見守っていた。予定では甲斐の司会で「選挙開票特番」を生放送することになっていたのだが、接戦になりそうだとの報を明日登呂新聞社から受け、皆で待機する方針に転換した。それに自前で報道せずとも既に中央のキー局が速報を流し続けていたし、明日登呂新聞ほか外からやってきたYouTuberまでもが生配信を行っていたから、市民は情報はリアルタイムで把握できていたのだ。

開票が進むにつれ、深夜だというのに境内には続々と人が集まってきた。スワニーやひだまりカフェも店を開け、まるで初詣さながらの様相となった。人々はステージ正面のモニターを注視して、上位二人の票が拮抗して伸びていく様子を興奮と共に見守った。

最後の投票箱のカウントが終わり、最終結果が表示されると境内は嘆息と歓声に包まれた。人々はヒット映画を見終わった観客のように互いに思いを述べ合い、訪れたテレビや新聞の取材に答えた。


3番手のはっとり十三は、意外にもあっさりしたものだった。今回の選挙で、自分は一地方都市の器では収まらないことが理解できた、今後は国際社会の連合による「世界議会」設立を目指して、まずは次の参院選に出馬するつもりだ、とテレビのインタビューで息巻いた。

「服部さん、生き生きしてますね」

米田が穏やかに笑う。

「大須賀くん。これで私が当選を辞退したら、次点の君が繰り上がって市長になれますね」


「何言ってるんですか、だめですよ米田さん。明日登呂の市民が選択した結果です。3万もの有権者の付託を、無にするわけにはいかないでしょ」

一歩はあわてて米田の言を否定する。

「そんなことより、ですね。そろそろ事の真相を話していただけませんか」


米田の車が河口に落ちて病院に運ばれた翌朝、玲奈は芦川神社に戻ってきた。そしてそのまま、アストロレンジャー陣営の参謀スタッフとしてこれまで通り皆をまとめ上げ、指示をこなした。もっともその時点では果たして選挙が成立するのか未知数だったし、各地からボランティアが集まってからは対応に追われて、選挙活動はほとんどできなかった。

玲奈が米田を「父」と呼んだことについて、一歩はあえて追及せず、他のメンバーにも言わずにいた。玲奈の方もまた、それについて話そうとはしなかった。そして二人はぎくしゃくしたまま選挙戦を終えて日曜日を迎え、仲間たちと共に投票の行方を見守った。

深夜に米田の当選が確定すると、彼女はいつの間にか姿を消していた。


「何からお話ししましょうか」

米田が口を開くと、玲奈は「私、お花を花瓶に活けてくる」と言い、病室を出ていった。「父」米田は、その後ろ姿を静かに見送り、やがて訥々と語り始めた。

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