第81話 希望
(※【本章をお読みいただいた皆様にお願い】
拙作をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。おそれいりますが、お読みいただいた後で、同日公開した近況ノート「第81話の公開について」にも目を通してくださいますよう、どうぞお願い申し上げます。)
夕方5時。
レンジャースーツを身に付けた一歩は、両の手足にブーツとグローブを装着すると、マスクを被ってシステムを起動させた。バイザーの画面にツールバーやウインドウが次々と表示されていく。
「よしっ」
芦川神社境内の特設ステージ前では、ブレーンストーミングのイベントが終わってもまだ何人かの人々が、席を立たずに談笑していた。彼らはレンジャーの姿を認めると、「おっ、レンジャーじゃないか!出動かい」「いってらっしゃい」「がんばってー」と声援を飛ばした。
市長選に際しては名前も姿も「アストロレンジャー」で通しているため、その正体が先刻までステージに立っていた大須賀一歩であることを知らない者もいる。しかし、芦川神社に集った人々の多くは、レンジャーに好感を持ってくれているようだった。
「ありがとうございます。アストロレンジャー、行ってまいります。よろしくラジャー!」
内蔵マイクで増幅された一歩の声が響き渡ると、人々の間から自然と拍手が湧き上がった。
拍手されるのは面映ゆく、なかなか慣れないなと思いながら、一歩は境内の外へと向かう。
バイザーの向こう側から、神社の石段を大川玲奈が独り登ってくるのが見えた。玲奈の方も、レンジャーに気づいた様子で立ち止まる。
「あら。これからまた選挙活動?感心感心」
「活動期間は今日を入れて残り3日しかないからね。少しでもアピールしないと」
一歩の返事に、ふーん、とうなづきながら、ふと玲奈が横を向く。丘の下から吹き上がってきた風が玲奈の髪を乱し、展望ベンチの周りに繁った木々の葉を微かにざわめかせた。
「さっきのブレインストーミング、ていうか、もう演説だよね、あれ。まあまあの出来だったけど」
「珍しいな、褒めてくれるなんて。ていうか、初めてじゃん」
照れてニヤけた表情になっていることが、自分でもわかった。マスクのおかげでそれを玲奈に見られずに済んだなと、一歩は安堵した。
「そうね、60点てところか」
「えっ、そんなに低いのかよ」
一歩の反応に玲奈が吹き出す。
「60点は合格ラインよ。ギリギリだけど」
そう言って再び彼女は歩き出し、一歩のレンジャーマスクを右の拳でコツン、と叩いた。
「でも当選しなけりゃ意味がない。とっとと市内を廻ってきなさい」
石段から賑やかな話し声が聞こえてくる。大きなダミ声は田野の親方、早口でまくし立てているのは半田イチ子に違いない。その後ろから、宇堂が依田のばあちゃんに気を使いながらゆっくりと登ってくるのが見えた。
「おお、9条軍を創設なさった司令官殿じゃないか」
田野が笑いながら一歩に向かって軽口を叩く。横にいたはずの玲奈の姿はいつの間にか消えていた。
「いえーい」
半田がバンザイの形で近寄ってきた。一歩がハイタッチをすると、他の面々もそれに続いて手を挙げる。
「やるわねやるわねいい感じよMINNAとの折衝は任せてねブレストの動画はもう共有したからあっちでも見られるようになってるからね」
「ありがとうございます」
ん、と短く声を発した田野は、ハイタッチした右手を拳に握り直すと、パンチを繰り出した。手のひらで受ける一歩に、なんだよお前、グータッチ知らんのか、と苦笑いする。
続く依田ばあちゃんも、相変わらぬ福の神の笑みを浮かべていた。
「はーい。プレゼン上出来でしたよ。免許皆伝にしてあげます」
パチンと音を立てて、一歩と手のひらを合わせる。
「あ、ありがとうございます。師匠のご指導のおかげです」
「選挙活動ね。気を付けていってらっしゃいねえ」
依田の後ろから宇堂もやってきた。宇堂は一歩と軽くハイタッチを交わすと、手にしたスマホの画面を見せてきた。
「反響来てますよ。もちろん、9条軍に賛同の意見だけじゃありませんが。でも、概ね真面目にとらえてくれてます。茶化したようなコメントは少ないです」
スマホ画面に並ぶアストロノーツのコメントスレッドは、長文で書かれたものが多いようだった。
「他にも、一歩くんのプレゼンに触発されたのか、選挙や政治に関する面白いアイデアが寄せられています。市内の中学校の生徒会からは、投票日に学校で市長選の模擬投票を行いたいと言ってきました」
そのとき、宇堂のスマホから着信音が鳴り響いた。
「おっと。じゃ、集まったアイデアはファイルで共有しておきますから。後で見ておいてください。ではいってらっしゃい」
宇堂は片手をあげ、スマホを耳に当てながら境内のテントの方へ歩いていった。
石段下に停めたアストロボートにまたがり、発進、アストロレンジャー!の掛け声と共に一歩は元気よく街へ飛び出していく。道を行く大人も子供も、誰もがにこやかに手を振ってくれているように、一歩は感じていた。
宇堂に電話をかけてきたのは、明日登呂新聞のコマガタ記者だった。
「事前調査の結果が出たので、お知らせしたいと思いまして」
「そうですか。ちょっとお待ちいただいてもいいでしょうか?いま仲間と合流しますので」
宇堂は足早に歩を進め、ミスターや甲斐の待つ情報センターのテントに入った。田野や玲奈たちは中で既に卓を囲んでいる。
「市長選の事前調査結果が来ました。いま書き出します」
宇堂はテント内に設置されたホワイトボードに、電話口から伝えられる数字を書き込んでいく。
「ネット調査なので、属性に多少のバイアスがかかっています。それと、市内を対象にしたアンケートだけでなく、地域を限定せずに全国規模で集めた結果も申し上げます」
コマガタが読み上げる数字は、これまでの予想を覆すものだった。
・米田なおき支持…28.6%
・アストロレンジャー支持…24.2%
・はっとり十三支持…19.7%
・検討中…27.0%
・関心なし…0.5%
「射程内じゃん!」
甲斐が叫ぶ。続く全国調査では、アストロレンジャーが23%、米田が19%と逆転の数値を示していた。
「ヤッター!」
騒ぎだす半田と甲斐を目で抑えて、宇堂が電話口のコマガタに喜びを伝える。
「あくまでも、ネット上の簡易的なアンケート調査です。大手マスコミのような本格的なリサーチは、うちみたいな弱小にはできませんから。逆に、対抗陣営がこのニュースでテコ入れを図ると思います。安心は禁物ですよ」
淡々と話すコマガタの言葉の裏に、レンジャーに対する隠れた応援の意思が感じられた。
「ありがとうございます。おかげでこちらも一層拍車がかかりますよ」
宇堂は電話を切ると、皆に向かって思い切りガッツポーズを取った。
アストロレンジャーが、夕暮れの明日登呂の街をゆく。沈む日を反射させたアストロプラザ、大通り沿いのスーパー・レプトン。芦川駅前商店街に、波が打ち寄せるシーサイドエリア。
米田やはっとりの選挙カーとはすれ違うたびに互いに健闘をたたえ合い、交差点で一人でマイクを握る軽石だいちも手を振って、道行く一歩を送ってくれた。残り2日。一歩は一歩なりに、着実に手応えを感じ取っていた。
そして。
18時34分。
明日登呂の街は、マグニチュード7.0の地震にみまわれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます