第77話 日本核武装論
黒ポロシャツの男は、「日本の安全保障政策の基本方針」と題されたwebサイトを画面に表示した。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page1w_000093.html
そこには、
・日本は、平和国家としての歩みを堅持しつつ、国際社会の主要プレーヤーとして、米国を始めとする関係国 と緊密に連携しながら、「積極的平和主義」を実践していきます。
と書かれている。
「積極的平和主義とは、何でしょうか。政府のwebサイトにはその定義が明示されていませんが、下に続く文言を読めば、その意味するところが類推できるかもしれません」
・現在の世界では、どの国も一国で自らの平和と安全を維持することができない
(同盟国・有志国との連携や国連の集団安全保障措置の重要性が増大)
・国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、日本の安全及び地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与する
●平和国家としての歩みを堅持
●国際政治経済の主要なプレーヤーであり続ける
●米国を始めとする関係国と緊密に連携
「いかがでしょうか。中学生、いや小学生でも高学年なら読むことのできそうな、平易な文章ですが」
「その通りだ。実に当たり前のことを、政府もようやく表明する気になったのだな」
挙手をしたはっとり卿が、指名を待たずに発言し始める。
「二度と戦争が起きませんように、世界が平和でありますように、などとただ祈っておったところで、争いはなくならんのだ。自らリーダーシップを発揮して発言力を増し、国際関係の平和的維持と緊張緩和の音頭を取るべく、だな。国際協力関係の推進を目指して積極的に働きかけていかねばならない。そのためには自衛隊を『国際貢献平和軍』として位置付けて、プレゼンスを高めてやる必要がある」
「おや、政府与党の言うように『日本国軍』あるいは『国防軍』とするのではないのですか」
黒ポロシャツが疑問を呈した。
「それでは『積極的平和主義』にならんじゃないか。攻撃されたら守る、という至極当たり前の段階に過ぎん。あんたも先ほど、自衛隊は国際社会の平和を確保するために様々な貢献を行ってきた、という政府の見解を示しただろう。自衛隊の存在と日本の国家としてのスタンスは一体だ。少なくとも、海外からはそう見られる。だったら、わが国が所有する武力は国際貢献のためのものであるべきだ」
はっとりをやや見くびっていたか、と一歩は思う。派手なパフォーマンスが好きなだけの、イケイケ政治オヤジだと思っていたのだが、一貫した国家のあり方というものを彼なりに真剣に考えているようだ。零細とはいえ独立国家を名乗るアクアニアの爵位は伊達じゃない、のか?いやいや。それは買ったんじゃん。お金を出せば誰でもなれるんじゃん。
「だから、だな。核武装は絶対に不可欠だ。世界をリードする国連の常任理事国らは、みんな核を所有しておる。それらを相手取って平和への道筋を示し、強いリーダーシップを発揮するには、同様の力を持たないことには無理なのだ。湾岸戦争への経済的な協力は、国際社会から評価されなかったのを覚えているだろう。日本の外交力にいまひとつパワーが感じられないのは、そこに軍事的な背景がないからだ!」
はっとり卿が机を叩いて力説する。その核武装発言は、会場に集まった人々にどよめきやとまどいをもたらした。同様の考えをひそかに持つ者も中にはいるだろうが、きっぱりと明言するのは、今の日本ではまだ
「伯爵。これまでタブーとされてきた核武装を、堂々と公言されましたね。お見事です。なるほど、おっしゃるご意見は一つの見識だと思います。私はその勇気と覚悟を尊敬し、ご意見を尊重します」
黒ポロシャツの言葉を聞いて、はっとりが意外そうな表情を示した。
「そうかね。賛同してくれるのか」
「いいえ。賛同はしません」
「なぜだ?尊重する、と言ったじゃないか」
「日本は『平和主義』を標榜する国だからです。そして、憲法で武力の放棄と、戦力の不保持をはっきりと掲げているからです」
画面には、日本国憲法の第二章・第九条が表示されていた。
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
カレーハウス「ゴン」の深部に隠された裏選対では、玲奈がブレーンストーミングの動画配信をリアルタイムで確認しながら、ネットやアストロノーツでの反応をモニターしている。
・いいぞ伯爵、ワイは支持するぜ。自衛隊合憲化から一気に核武装だ!
・核武装キターーーーーー
・戦争やだ。話し合おう
・核はともかく防衛軍は必要だろう。ウクライナもパレスチナも他人事じゃないんだぜ
・まず日本は国連の常任理事国になってだな
・国連なんてあてにならねーって
・物分かりよさそうにしといて平和を語る黒シャツみたいのがいっちゃんムカつく
時が過ぎるにつれ、書き込みのボリュームと熱量が上がっていく。少なくともネットに関しては、これまでの選挙とは異なるレベルで注目度が確実に上がっている、と玲奈は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます