第65話 民主共和党
「さて。昨日アストロレンジャー陣営の会見場で、新党の結成が発表されたな。吾輩も参加を打診されたのだが、今回の市長選ではお互いに敵同士だ。お気持ちはうれしいのだが、『だが断る』というやつだ。それに、政治のことをみんなで仲良く決めよう、というそのコンセプトにも吾輩は賛成できん」
「服部さん、一人称が吾輩になってますよ…」
ワイプの中で甲斐がつぶやく。
「例えばだ。ある敵対的な国家から、ミサイルが飛んできたとする。迎撃するのか?見過ごすか?迎撃するとして、誰がやる。自衛隊か、米軍かね。軍艦からミサイルで撃ち落とすのか、地上からパトリオットでやっつけるのか。そんなことを皆で集まってああだこうだとお話し合いをしているうちに、ミサイルは着弾してドカーンだ。やはり有能なリーダーシップを発揮する指導者がいなければ、緊急時への対応は難しい。しかし、今の政府与党にはその力量も度胸もなかろう。野党はさらに当てにならない。ホン自民党は、所詮お話合いの仲良しクラブ。栄誉ある伯爵の称号をいただいた吾輩は、では政治的基盤をどこに置くべきか。そこでだ」
はっとり卿は左腕を勢いよく上げて、何かに合図する。すぐにどこかで聞いたことのある、荘厳な楽曲が流れ始めた。
「エルガーの『威風堂々』ですか。しかもこれ、生演奏では」
画面が選挙カーの周囲を映し出す。ミスターの言う通り、駅前広場に停車した選挙カーのすぐ脇で、盛装したオーケストラがその場で楽器を奏でているのが見えた。
「伯爵たる吾輩は、独自に新党を結成することに決めた。新党の名前は、これだ」
車の上に立つはっとり卿の両側から、黒スーツ軍団が選挙カーに垂れ幕を降ろす。
そこには黒々と「民主共和党」という文字が書かれていた。
ミスターの横に立ち、画面を眺めていた玲奈がコーヒーを吹く。
「ば、馬鹿じゃないの」
「わかるかね。吾輩が敬愛する大政治家、トリンプ元大統領は共和党という政党に属している。あの国は二大政党制で、もう一方の雄が民主党だ。だがどっちもどっち、大した違いなどありはしない。どんな考えの人々も、吾輩がまとめて面倒見ようじゃないか、という思想をこめて、その両方をくっつけた。それが新党『民主共和党』だ」
ワイプの中の甲斐も、裏選対でライブ映像を見ている玲奈も、言葉を失っている。昨日はっとりが言った「いいアイデアを思い付いた」という言葉は、どうやらこのことを指していたようだ。
「うーん。はっとりさんは、民主制と共和制の違いを理解なさっていないのかもしれませんね」
離れて座る一歩に向かって、ミスターが語り掛ける。
「…そうですね」
一歩は持っていたペンを置くと、椅子を斜めに動かしてミスターたちの方に向き直った。
「民主制とは、主権が王様や国家元首などにあるのではなく、市民や国民など人々の側にある制度のことですよね。一方共和制は、君主を戴かない国家制度を意味します。民主制の反対が独裁制、共和制の反対が君主制。日本は憲法のもとで主権在民なんだけど、天皇制も維持しているから共和制じゃあり得ない。だからはっとりさんの新党は、天皇制を許容できない名前が付いちゃってます。たぶん知らずにやってるんだと思います」
そう言う一歩の声には、普段の元気が感じられない。どことなく投げやりな雰囲気さえ漂っていた。
「素晴らしい模範解答です。一歩さん、だいぶ勉強なさいましたね」
ミスターがにこやかに応えた。
「そんなのレンジャーのシステムがあれば、誰だってすぐに検索できるじゃない」
「いや、玲奈さん。彼はいまマスクを被っていない。自前の知識で即答したんです」
玲奈が改めて一歩の顔を見る。
「ミスター。買いかぶりですよ。こんなのは、ただの知識です。玲奈さんの言う通り。間違ってても自分でアイデアを考えて、即座に実行するはっとりさんの方が、市長にはふさわしいのかもしれません」
一歩は二人の視線から逃げるように、下を向いた。
「ちょっと。何いじけてんのよ。選挙はもう中盤なのよ。グダグダ言ってる暇があったら、駅前でも公園でも出ていって顔を売ったらいいじゃないの」
「それでどうすんだよ。レンジャー姿で走り回って、誰かに質問されても『いや、オレはただの象徴だから答えは一人で決められないんです』って言ってりゃいいのかよ」
「はあっ!?」
手に持ったマグカップを玲奈がテーブルに置く。勢いあまって、中身が器からあふれて天板を汚した。
PCの画面に、アストロノーツで動画通話のリクエストが表示された。ミスターが受信ボタンをクリックする。スマートフォンで連絡してきたのは、ひだまりカフェにいる諏訪部の孫の方、理恵だった。
「すいません、一歩さんそこにいらっしゃいますか。一歩さんのお母さまが、こちらにお見えになってるんですが」
PCを一瞬チラ見して、一歩はレンジャーマスクを手に立ち上がると「神社に行ってきます」と言い残して部屋を後にした。
「ああ、一歩さんなら今そちらに向かいました。お母さまによろしくお伝えください」
ミスターが通話を切る。
テーブルを拭きながら、なによあれ、と玲奈は憤りを隠さない。
「小尾さん。あいつ、今頃になってプレッシャー?」
ミスターは一歩が忘れていった大学ノートのページを眺めながら、「いや、真に変身する前の、ヒーローのアイデンティティの悩みといったところでしょうか」と静かに笑った。
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