第62話 軽石の帰還

半田は続ける。ビジネスモードを貫いているため語調は抑制が効いているが、頭の中はいつも通り豊富なボキャブラリーが、ぐるぐると渦を巻いているに違いない。


「PIMBYは経済政策ですから、市のあらゆる計画と関連してきます。例えば市営のごみ処理焼却炉。数年後に耐用年数を迎えるため、市は建て替えの必要に迫られています。その間明日登呂から排出されるごみの処理は、広域連携で近隣自治体に協力を求めることとなりますが、その委託費の一部について、PIMBYで支払えないか交渉を進める計画がございます」


「なるほど。国際的なパワーをバックに国内への理解浸透を進めるというわけですね。しかしはっきり言って、国際的といっても今うかがった限りでは、その経済規模は非常に矮小です。他の自治体が参加するメリットはあまりないと思いますが」

コマガタはあくまで冷静だった。


「日本のごみ処理施設はこれまで、焼却処分が主流でした。国土が狭く人口が多いため、埋め立て場所の確保と、物量の多さがネックだったからです。しかし今後は、温室効果ガス抑制の観点からも焼却一辺倒のアプローチを考え直さねばなりません」

半田がPCを操作すると、画面はあるプラントの完成予想図に変わった。


「これは、バイオトンネルコンポスト方式と呼ばれる、可燃ごみの発酵乾燥処理プラントです。微生物を活用してごみを燃やさずに固形燃料化できるうえ、設置や運用のコストも従来型の処理装置に比べ低減できます。このほか、熱分解炉を用いてやはり燃やさずに可燃性ガスに変換する技術も、民間企業で実用化寸前になっています。本自民党としては明日登呂市に、こうした処理施設への転換または民間への委託、共同事業化も視野に入れ、近い将来、近隣自治体からのごみの受け入れを提案するつもりです。そしてその受託を、PIMBYで行います」


ごみ処理施設だけではない。今後、本自民党に寄せられ、検討されるアイデアはおそらくすべて、PIMBY活用の可能性と結び付けられることになるだろう。アストロレンジャーが試験運用している外骨格型人工筋肉や、破れにくい新素材ポスターなど、バロ研やミスターの人脈で取り入れた新しい技術も、こうした可能性を目論んでのことだった。


「本自民党結成と同じように、実のところこのPIMBY構想も見切り発車です。しかし未来につながる可能性を、大いに感じていただけたかと思います。ご清聴ありがとうございました。MINNAの皆さんも時差があるのに、応援いただいてありがとうねマハローThank Youアスクワァリダンケシェーン!」

PCを抱えて大きく手を振り、半田はステージを後にした。それを追うように、パラ、パラと会場から拍手が沸き起こり、やがて市民フォーラム中に大きく広がっていった。


なんとはなしの高揚感と心地よい疲れが共通するのか、その場にいる多くの人々の間に、自然と連帯する気持ちが生まれているようだ。

「半田さん、ありがとうございました。本日の記者発表はここまでとさせていただきます。何かご質問がございますでしょうか」


ミスターが客席に向かって語りかけたそのとき、芦川神社拝殿に掲げられている参拝用の大きな鈴が、突然ガラガラと音を立てて鳴った。一人の女性が、賽銭箱の前に下がっている鈴の緒をつかんで揺らしている。参道を邪魔しないように境内に設けられた市民フォーラムの特設ステージからは、その姿がはっきり確認できた。


ステージや会場からの視線が集まっていることを確認した女性は、人々に向かって一礼すると、閉じられていた拝殿の正面扉を開けた。


「話はすべて、聞かせてもらった」

拝殿の中から現れたのは、討論会以来所在が掴めなくなっていたもう一人の立候補予定者、デモクラシー重戦車こと軽石だいちだった。


アストロレンジャーのメインカメラが軽石の顔を捉えた瞬間、AIと連動したスカウターシステムが、作動を始めた。表示された軽石の政治戦闘力数値は816。1,600を超える米田には及ばないが、それでもはっとりの倍以上の数値をたたき出している。告示日に立候補の届け出をせず、既に市長選レースから脱落した軽石だったが、まだその政治的影響力は落ちてはいないようだ。政治生命も終わっていないと考えるべきなのだろう。


四次元風呂敷を右手に提げて、軽石はどしどし、といういつもの足取りでステージに入ってくる。後ろに続くのは、拝殿の扉を開けた背の高い女性と、男女数名のグループだ。レンジャーのカメラがその表情をとらえる。と、一瞬のうちに過去の映像記録アーカイブとの照合がなされ、同じ顔をキャプチャーした画像が日付・時刻と共にバイザーに映し出された。

一昨日の市長選討論会だ。レンジャーが壇上に登場する直前、「ヨネダー市政を許さない!」と書かれた垂れ幕を掲げてシュプレヒコールで米田を糾弾した、あの市民グループと同じ面々だった。彼らは軽石の支援者たちだったのだろうか。


「軽石さん!」

甲斐が真っ先に、続いて他のQ団メンバーが立ち上がり、軽石の周囲に集まる。ステージの後ろから、ビジネスモードの衣装のままで半田も姿を現した。

「あらまあらまあらやだちょっと軽石さんじゃないどこ行ってらしたのよもうあたし何回も事務所とかまでお邪魔したのよほんとにもうお身体大丈夫?立候補やめちゃったのやめたんですか」

役目を終えて、半田はどうやら元のキャラクターに戻ったようだ。


「うむ。皆さんにはご心配をおかけした。実は討論会でのアストロレンジャーの出馬宣言が、私を非常に悩ませたのだ」

一歩はさりげなく会場中央の撮影機材を担当している宇堂に視線を送った。マスクの中の視線は宇堂に見えないはずではあったが、彼は胸の前で両手で小さく丸を作って、レンジャーに合図を返す。この様子は会見に続いて、生放送動画で配信している、という意味なのだ。


「残念なことに、今回の本命候補は現職の米田だ。そこに、私とはっとり候補が対抗で争う構図だったのだが、さらにもう一人、レンジャーという候補者が突如として現れた。1強に対して二人なら、なんとか戦えると思っていた。しかし三人もカウンターが現れたとなると、反米田票はおそらく分散する。米田の当選を阻止することが私の立候補の理由だったが、反対票が割れてしまったのではその目的を達成することができなくなる」

軽石の後ろで、支援者たちがうなづいている。そのリーダーなのだろう、やせ形の背の高い女性は、厳しい顔つきでQ団のメンバーと、アストロレンジャーを睨むように見ていた。

「軽石さんは、今までずっと私たち市民有志と共に不正と戦ってくれたんです。多くの市民は政治に関心を持たず、それで私たちの活動もあまり理解されなくて、それでも明日登呂市のために、ずっと頑張ってきたんです。勝ち目の薄い選挙ですけれど、声をあげれば気づいてくれる市民もきっといるはずだ、と思って軽石さんを支援したんです」

軽石の立候補取りやめを、完全には納得していないのだろう。リーダーの女性の口から、強い口調で言葉が飛び出した。


「そう。だからはじめは、アストロレンジャーとはっとり候補に、立候補を撤回してもらおうかと考えた。しかしはっとりはあの通りだ。私の言うことなどには、まったくもって耳を貸さん。そこでレンジャー、あんただ。あんたを説得しようと思ったが、あんたの演説を聞くうちに、考えが変わった」

軽石は向きを変えると、アストロレンジャーの真正面に立つ。マスクの中はやはり外から見えないはずなのだが、軽石の鋭い眼光は、はっきりと中にいる一歩の両眼をとらえていた。


「『明日登呂民主主義の象徴として、民意を背負い、私は市長になろうと思う』あんたはそう言った。投票率80%を目指す、とも言った。会場に集まった有権者のパワーを集めて、ゼロパー将軍とやらを蹴散らしてな。こいつは本物か?もしかしたら、オレより票を集められるんじゃないか?つい、そう思ってしまったんだ」


一歩は周囲にまつり上げられるまま、なし崩し的に、仕方なしに立候補したんスよ、とレンジャースーツの中でひそかに思う。確かに準備を続けるうちに、なんだか熱い想いも湧きあがってはきたけど、軽石の決意を思いとどまらせたり、彼に対する支援者の期待も無にすることになるなんて、考えてもいなかったんスよ。

「とりあえず、それで立候補は断念した。対抗馬が増えれば、米田の当選確率が上がる。一晩考えてオレは届け出をしないことに決めた。支援者の方々には、反対されたがね」

軽石はため息をつくと共に、はじめて笑顔を見せた。


「昨日と今日、レンジャーとあんたたち『市民の会』、いや『本自民党』になるのか、その考えや行動を観察させてもらっていた。そのうえで、支援に回るかどうかを決めようと思ったわけだ。で。」

軽石は一旦言葉を切り、そこに集まった『市民の会』メンバーとアストロレンジャー、そして自分の支援者グループの一人ひとりをゆっくりと見つめていく。

「私の後援会や支援者の組織、つまり市議選で私に投票してくれた何千票かの人々は、アストロレンジャーの支援に回る。『本自民党』にも参加させてもらおうじゃないか。微力だが、力を合わせれば米田に対抗するパワーにはなるはずだ」


「軽石さん!ありがとうございます」

Q団メンバーが歩を進め、軽石に握手を求める。彼の後ろに集まったグループの男女、背の高いリーダーの女性も、硬いながら笑みを浮かべて、めいめい握手を交わした。

「ただし」

一際強い語調で、軽石が続けた。

「私、軽石だいち自身は君たちとは合流しない。単独で動く」


「え?」

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