第56話 米田なおき街頭演説
市民の皆様、明日登呂市現職市長の、米田なおきでございます。皆様にはお忙しい中を足を止めていただき、また私の言葉に耳を傾けていただきまして、誠にありがとうございます。
さて、このたびの市長選挙では、私を含めて3人の候補者が出馬しております。現職市長の私米田と、実業家のはっとり十三氏、そして異例の候補であるアストロレンジャー氏の3名です。
もう既にご存じのことと思いますが、選挙戦も何やら過去に例を見ない、非常におかしなことになっております。
(笑い)
討論会の時点ではもう一人、市議の軽石だいち氏が出馬を表明されていましたが、なぜか選挙の告示を迎えたにもかかわらず、立候補の届け出がなされませんでした。というわけで、明日登呂の未来を担う市長という非常に責任の重いポジションは、この3名で争うことになりました。
市民の皆さん、いかがでしょうか。私は、あえて申し上げます。私米田を除いた他の2名が、果たしてまともに評価に値する候補者と言えますでしょうか。選挙において、対抗馬を批判するいわゆる"ネガティブキャンペーン"は、本来私の好むところではありません。
しかし今回ばかりは、あまりにひどい。過去最悪の選挙戦だと、言わせていただきます。
アストロレンジャー候補には、なんと政策がありません。皆さん方市民に丸投げして、みんながいいと言う意見を採用するのだそうです。これが政治家ですか?覚悟と責任を自覚すべき、市長の取る態度でしょうか。
(拍手)
無責任きわまりない、と私は思います。そんなアストロレンジャーを支えている、事実上の後援会組織と言っていいでしょう、「明日登呂の未来を考える市民の会」という集団があります。皆さんもご存じでしょう。この集団に対し、昨日総務政務官が非公式ながら共謀罪の可能性を指摘しました。
わが国は、法治国家です。法治国家とは、民主的な手続きによって制定された法律を基準として、国を統治するシステムです。現在県や市町村などの地方公共団体は、日本国憲法と地方自治法の定めるところによって、首長と議会による二元代表制をもって運営されているのです。
ところが彼らは、象徴首長制などという珍妙な制度をでっちあげて、現行の統治機構を壊そうと目論んでおります。首長を特定の個人ではなく、市民同士の対話と協働によって意思決定するシステムに変えようと主張するのです。
なるほど、一見耳に心地よい提案のように思えます。しかし、そんなことは不可能なのです。いくらコンピュータネットワークが発達した世の中とはいえ、行政が意思決定しなければならない案件は無数にあります。市長はそのすべてに責任を負い、緊急度や優先度を俯瞰しつつ決めていかねばならないのです。それらひとつひとつを、市民全員が合議し合意してジャッジするなど、到底できることではありません。
行政の行いは、年度ごとに設定される予算に基づいて執行されます。これも大変手間のかかる、神経を使うプロセスです。各部署が中期計画と前年の実績をもとに組み上げる概算要求をベースとして、財務担当の職員と職長が入念にヒアリングと打ち合わせを行い、山のような資料と格闘しながらその有効性・正当性を評価査定していきます。彼ら「市民の会」とアストロレンジャーは、それを「市民自身にさせるべき」だと言うのです。
現行法では、行政が作成した当初予算案を議会が審議し、可決して執行することになっています。法治国家ですから、ここは崩しようがない。彼らの言う「予算エキスポ」なるイベントで市民にプレゼンテーションする段階を加えるとするならば、ただでさえ議会を通過して成立するのがぎりぎりのタイミングであるのに、さらにひと手間かけなくてはなりません。しかも年間で最も多忙な時期の渦中にある、市職員の手をそれだけ煩わせるのです。
もちろん、予算を決めるのは市民です。ですがそれは、民主的な選挙で選ばれた議員らによる、議会を通じてという意味です。市民らが自分で決めるのならば、議会など必要ないではないですか。
そういうことにはならないでしょう。市民自身、そんなことをやりたがりはしません。選挙の投票率でさえ50%を下回る昨今、予算編成のような面倒なことに関わろうとする市民が一体どれほどいると思いますか。そのための市議会ではないですか。
百歩譲って、予算エキスポだかフェスだか知らないが、やれたとしましょう。収拾がつきますか。自分たちに有利になる補助金や助成金の制定に人気が集まったり、地元や所属団体の利益誘導につながるような予算案になったりの、ポピュリズムに陥らないと、誰が断言できますか。残念ながら人類の民主主義は、そこまで成熟していないと私は思っています。
だから我々政治エリートに任せておけ、と言っているのではありません。ただ、政治は目に見えない部分で非常に繊細で、高度な判断と細やかな調整の無数の繰り返しによって、やっと成立するものなのです。未経験のアマチュアが昨日今日集まって、仲良くわいわい和やかに進めるようなぬるいものでは断じてないのです。
一時期中央で政権を取った民民党を思い出していただければ理解できるでしょう。彼らは「2番じゃだめだ」と言って、スーパーコンピュータの開発予算を削ってしまったんですよ。我が明日登呂市も、そんなことになってしまって、いいんですか!
はっとり十三候補。まあ、私も長い付き合いですがね(笑)。
いつもに増して、派手な選挙戦をやられているようです。こけおどしに騙されるほど、明日登呂の市民は馬鹿ではないでしょう。政策に至っては評価できるものがほとんどありません。
市民の皆さん、はったりや美辞麗句に惑わされず、地に足をつけて明日登呂の発展を担っていける候補者は誰なのか。どうか真剣に考えて、投票所に足を運んでいただきたい。現職市長の米田、米田なおきでございます。
どうぞよろしく、お願い申し上げます。
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ん?ああ、いいんだよ。
このくらい強く言わなきゃ、どうせロクに聴いちゃいないんだから。まあ、正直米田のライバルと言える軽石が出ないんじゃ、勝負にならんだろう。しっかり票を固めて、物珍しさに魅かれるお調子者以外の浮動票を確実に取り込んでいこうや。
心配ないって。オレのアドバイス通りやってりゃ、キレ者市長のイメージを崩さずに再選確実だよ。再選してもらわなきゃ、困る。
あんなわけわからん奴らに引っ掻き回されてたまるかい。
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