第55話 GHD507 "ボンバヘッド"

Force gate open.

Force gate open.

自動音声の警告メッセージとアラームが響き渡り、開け放たれた荷台扉内側の警告灯が明滅する。トラックの天井ギリギリの高さを持ったは、ディーゼルエンジンの音を辺りに轟かせて、車両後部の昇降用リフトまでゆっくりと進み出た。


ブルドーザーのようなクローラーを装備した両脚部の上に、円形の回転軸が付いている。それだけでもかなりの重量がありそうだ。その上に重なる形で、ヘリコプターのキャノピーを思わせる操縦席があり、肩に相当する位置から両側面に、油圧式らしいアクチュエーターを備えた直線状の長いアームが装着されていた。

右のアームにはガトリングガンが、左のアームには太いケーブルをまとわせた、なにやら禍々しい筒状の物体が付属している。


「パワードスーツ⁉」

一歩と玲奈が声をそろえて叫ぶ。トラック後部の昇降機が地面に接すると、体高3mほどのパワードスーツはクローラーを駆動させて、再び微速で前進を始めた。透明のキャノピーを通して、操縦席が見える。建機のようなシートに座って左右のレバーを握っている中の人物は、濃紺のスーツに真っ赤なネクタイを締めていた。髪型はヘルメットに覆われて確認できないが、間違いなくトリンプ服部本人だ。


「おいっ。そこの」

パワードスーツに仕込まれたスピーカーから、服部の怒声が響いた。

「神聖な市長選挙に、くだらない茶々をいれるとは、誠にもってけしからん。どこの回し者か知らないが、余計なお世話だ。選挙運動の邪魔だ邪魔だ。道を開けなさい」

どうやらトリンプ服部は、街宣車を連れてやってきたのではなく、追い出すために駅前で彼らと対峙していたようだ。


「そちらこそやかましいぃ。似非大統領などに用はない。我々はぁ、亡国の陰謀団体であるぅ、アストロQ団なる、秘密結社を排除すべくぅ…」

気を取り直したのか、黒いワゴン車からドスの効いたアジテーションが再開された。

「似非とはなんだ。土木現場からたたき上げた、この服部を舐めるなあ!」

ワゴン車の挑発を受けて、服部の乗るパワードスーツのエンジン駆動音が高まる。腰部の回転軸が旋回し、なんと一歩と玲奈のいる方に向き直った。右腕のガトリングガンが、二人に狙いを定めている。

「閣下、レバーが逆です」

黒服サングラスの一人が、ヘッドセットマイクで知らせると、パワードスーツのスピーカーから「おお、そうか」と服部の声が返ってきた。


再びパワードスーツの上半身が旋回し、今度はワゴン車に向かってガトリングが狙いを定める。

「ちょっ、ちょっと。それはマズいって!」

慌てた一歩が止める間もなくガトリングが高速回転し、バレルから弾丸が連続して発射された。連射は1分近く継続し、弾が切れた後も腕のガトリングガンはブゥゥウーン、とうなりをあげたまま回転を続けていた。


パラパラ、パラ。

モーター音が静まり、静寂が訪れた。ワゴン車やパワードスーツ、そして一歩と玲奈の周りにはオレンジ色の小さな球体が無数に転がっている。直径6mmの、BB弾と呼ばれるプラスチック球だ。エアガンに用いる、おもちゃの弾である。

あっけにとられた一歩が玲奈に視線を移すと、彼女もまた呆れた顔で一歩の方を向いていた。

「なんだこれ」


思わず口をついて出た一歩の言葉は、しかし誰にも聞こえなかった。すぐさま黒いワゴン車から「が#$''ミぅ&%$!)K}*|!」と、聞き取り不可能な怒鳴り声が発せられたからだ。

「何しやがる。お、おまえはバカかっ!子供か!」続いて聞こえた言葉は、かろうじて日本語として認識できた。意表を突きすぎた服部の攻撃が、よほど頭にきたようだ。


気が付けば、駅前にはパトカーが一台と自転車に乗った警官が二人、いつの間にか到着している。ミスターの通報か、騒ぎに気付いた近隣の誰かがかけた110番で出動してきたのだろう。それを知ってか知らずか、パワードスーツは今度は左腕の筒を伸ばし、ワゴン車に向けて照準を合わせた。

「気に入ってもらえたか。我がグループの誇る、服部工務店謹製のGHD507型パワードスーツ、通称『ボンバヘッド』だ」


もしかしてトリンプ服部の脳内は中学二年生レベルなんではないだろうか、という疑念が、一歩の頭をかすめた。いや、ビジネスマンとしてはいくつもの企業を経営し、財を成しているひとかどの人物なのだ。そこは彼なりの計算が働いてのことだろう、と一歩が無理やり納得したところで、服部のパワードスーツ「ボンバヘッド」が再び吠えた。


「究極兵装、服部式レールガンの威力を見よ!」

左アームに這わせたエネルギーダクトが脈動する。パワーが充填されるように電子音が徐々に鳴り響き、アームに付属した長い筒の先が赤い輝きを発し始めた。

ヤバい。今度こそ、危ない。


シュパ!

鋭敏な破裂音と共に白煙が上がる。白いピンポン玉がふわりと宙を飛んで、ワゴン車のフロントガラスにコツンとあたり、地面に転がった。

あ、これ知ってるわ、と一歩は思う。幼児向けのバッティングマシンだ。


「てめえこの、いい加減にしろ」

こらえきれずにワゴンを飛び出した戦闘服スタイルの男を、自転車の警官が制止に入る。眉間にしわを寄せたもう一人の警官が「ちょっとあなた、服部さん」と手招きで、ボンバヘッドの操縦者に降りてくるように促した。


「また途方もないおもちゃを出してきたもんですなあ」

手招きで呼びつけた警官は、トリンプ服部と顔見知りのようだ。

「おもちゃではない。あれは私の選挙カーだ」

「選挙カー!?」

この場に来てから、一歩と玲奈はほぼ単語でしか会話を発していない。トリンプの行動があまりに常軌を逸しているからだ。

「服部さん。選挙に使える車両は、自動車か船舶です。あのロボット、ナンバープレート取得してるんですか?陸運局の届け出は?」

自分よりも年下の警察官に問い詰められ、服部の顔が紅潮した。


「バルーン人形車をダメだって言ったのは、あんたらだろう。ボンバヘッドは私の工務店が開発した、次世代型作業機械のプロトタイプだ。選挙カーに使えばタダ同然で宣伝ができる。ほら、ちゃんと鑑札もつけてある」

服部が指さした先には、選挙運動七つ道具のひとつ、車両用木札がお守りのごとくキャノピーに貼り付けられているのが見えた。


「ダメです。少なくとも、公道上は走れません。どうしても、とおっしゃるなら河原とか、公園で乗ってください。豆鉄砲もどきの飛び道具もアウトです」

「服部式レールガンだ!」


やっぱりこの人、中学生のままなのかもしれない、と一歩は思った。

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