第57話 プランBその1 Q団解散
「時間になりました。それでは、ただいまより記者発表を始めさせていただきます」
珍しく緊張した面持ちで、甲斐が据え置きマイクに向かって話し始めた。
アストロ市民フォーラムのメインステージ中央、長テーブルにおなじみのメンバーが座っている。ステージ上手、向かって右側から依田、田野、甲斐、小尾、という順番だ。アストロレンジャーは、液晶モニターを隔てた舞台下手側に立っている。
ヒーローなんだから、他のメンバーと一緒に仲良く椅子に並んで座るのも変でしょ、と一歩がこだわったためだ。皆が着席する中で、ひとり自分だけが正面を向いて仁王立ちになっている。何だか会場を警備しているみたいだな、と仮面の下で一歩は苦笑した。
軽量化しているとは言え、装備一式を着用したレンジャースーツは通常の衣服よりも重量がある。長時間立ちっぱなしはつらいので、一歩は人工筋肉パワードシステムを展開して筋肉への負荷を分散、軽減していた。出馬表明演説の時はバイザーに流れてくる原稿に頼ったが、今度は人工筋肉の力を借りた物理カンニングというわけである。
よし、この状態をアストロレンジャー・パワードと呼ぶことにしよう。一歩は物理カンニングを変身スタイルのアナザーバージョンと解釈し、正当化した。
他のスタッフのうち諏訪部嬢は同じ境内のひだまりカフェから、玲奈は楽屋として提供されている社務所の一室から、それぞれ会見を見守っている。宇堂は観客席半ばのブースに陣取り、カメラとPCを操って動画の生配信を担当していた。
「さて最初に、『市民の会』代表の小尾より、重大なご報告がございます」
甲斐の言葉を受けてミスターは軽くうなづき、集まった聴衆に一礼をする。昨日この場所に来ていたマスコミは地元明日登呂新聞のクルーだけだったが、おそらく例の総務政務官効果であろう、今日は中央紙の腕章をつけた記者が一人と、テレビ局の取材クルーが二チーム、会場に姿を現していた。一般客の数も、目に見えて増加している。降雨予報が出ているにもかかわらず、用意された椅子はすべて埋まり、後ろの方では立ち見する観客も徐々にその数を増していた。
田野が甲斐の肘を突いて、机上のPC画面へ注意を促す。生配信動画のアクセス数が、秒を追うごとに大きくなっていくのが確認できた。横に座る元市議の依田も、老眼鏡を取り出してのぞき込み「あら」と感心したように小さく声をあげる。
「今週末の日曜日、いよいよ明日登呂市長選挙の投票が行われます。開票は即日行われる予定で、遅くとも翌月曜日午前には、新しい市長が決定するものと思われます」
いつも通りの穏やかな口調は、気負いや緊張感を感じさせず、聴くものの耳に心地よいトーンを保っている。
「私たちが目指す『象徴首長制』の理念や政策については、こちらにおられるアストロレンジャー候補と正式に政策協定を結びました。残る候補者は現職の米田なおき氏、実業家のはっとり十三氏のお二方です。新市長がこの三人のうち誰に決まるのか、現時点ではわかりません。しかしその結果にかかわらず、私たちは市長選挙の終了をもって『明日登呂の未来を考える市民の会』の解散を決定いたしました」
会場がややざわついた。
前席に座った明日登呂新聞のコマガタ記者が手を上げ、発言を求める。
「それは昨日の政務総務官発言、共謀罪適用の疑いを受けてのことでしょうか」
「それがきっかけとなったことは認めます。しかし私たちはもともと、活動がもう少し拡大した段階で会を解散するつもりでした。今回のことはその時期を多少早めたに過ぎない、と考えています」
ミスターがコマガタの目を見ながら答える。
「よい機会ですので明確に否定しておきますが、『明日登呂の未来を考える市民の会』は、オープンな市民有志の集まりであって、決して秘密結社などではありません。そしてもちろん、反社会的な集団でもありません。『秘密結社アストロQ団』なる呼称につきましては、発案者である甲斐より説明させていただきます」
発話のバトンがミスターから甲斐に移された。
「ええと。『秘密結社アストロQ団』という呼び方を、内部で用いることは確かにありました。もちろん、単なる冗談としてです。スーパーヒーロー・アストロレンジャーと、市民のために共闘する正義の秘密結社、アストロQ団。面白そうじゃありませんか。わくわくするじゃありませんか。多くの人々が既成概念を外れて、もっと積極的に政治に参加するためにはこうした楽しさが必要なのです。そういう意味で私たちは、まあ主に私なんですけど、非公式に組織をそう呼んだのです。調べていただければ確実にわかりますが、反社会的な活動はほんのひとかけらも行ってはおりません。米田候補が『現行法で定められた地方自治の在り方を破壊する危険性』を指摘されておられましたが、それは完全なる誤認です。誤謬です。だってそもそも『現行法で定められた地方自治の在り方』というのは、『地方自治の本旨』に基づくんですから」
最初の緊張感はもはや消えたのか、甲斐にいつものようなノリが戻ってくる。
「『地方自治の本旨』というのは、憲法に記載されている概念です。『日本国憲法第92条・地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。』これですね。地方自治の本旨という言葉は地方自治法にも頻出しますが、これについて、実は憲法には具体的な記述がありません。いま申し上げた条文に出ているだけなんです。しかし、平成17年4月に参議院憲法審査会が提出した『日本国憲法に関する調査報告書』によれば、『民主主義を基本として地方政治、住民自治を行う』『中央集権から地方分権へ』というのがその基本的な理念である、とされているのです。よろしいですか。とすれば、地方がその統治の在り方を自ら希求し、自治基本条例などの法令に規定して民主主義をアップデートしようと試みるのは、むしろ憲法の趣旨に適合するのではないでしょうか。そして政府もそれを認めている」
ステージ上の液晶モニターに、「地方自治の本旨」の文字が映し出される。その両側に二つの円が出現し、円の中に「民主主義を基本とした地方政治、住民自治」「中央集権から地方分権へ」という文章が表示された。そこから下向きの矢印が伸びて、やや大きめのフォントで「明日登呂市…象徴首長制」の文字が浮かび上がった。
「国と地方は、住民自治・団体自治の観点から本来的に対等、とされています。外交や経済政策など国家全体として考えなければならない領域を国が、そしてそれ以外の地域の課題は地域が自ら治する。これが『地方自治の本旨』です」
甲斐が言葉を切って、会場を見回す。客席の誰もが、黙ってステージに注目していた。
「静かですね。ま、そんなわけで我々は選挙が終わったら、明日登呂だけじゃなくてもっと多くの自治体にこの『地方自治の本旨』に参画してもらおうと思っていたんです。それを少し前倒ししようと。そこでまず、『アストロQ団』すなわち『市民の会』の解散です。甲斐さんだけに。なんちて」
ここで駄洒落かよ。一歩はひざの力が抜ける思いがした。が、人工筋肉パワードシステムのおかげで姿勢を保っていることができた。
甲斐の後を、再び小尾が引き継ぐ。
「『明日登呂の未来を考える市民の会』は解散します。そして新たに、新党の結成を発表いたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます