第48話 70代のデジタルマーケター

タコ大家が次に始めたのは、なんと産地直送野菜のマッチングだった。長年続けてきた八百屋のネットワークは、思いのほか広くて深い。どの時期にどこの何が出来が良くて、畑の状態はどうで、どんな人がどんな想いで育て収穫したのか、熟知しているだけでアドバンテージになる、と大家は言う。


「昔はな、それだけじゃどうしようもなかったんだ。こだわり持って作ってる農家の野菜も、農協経由で入ってくる規格品も、どっちもタマネギに変わりはないだろ。なのに片方は三つで240円。もうかたいっぽうは一個190円だ。いや、こっちのタマネギはすごいんですよ、土も手間暇も違うし、生でも食べられるよ、っていくら説明したってそうは売れやしないよな。ましてや歩いて10分の商圏じゃ、買ってくれるお客はまずいない」

タコ大家はレジ台のパソコンにつながったマウスをクリックした。

「そこでこのコンテンツマーケティングだ」


PC画面に現れたのは、いくつものサムネイルとタイトルが並んだ、「テンタクルチャンネル農学部」と題したブログだった。なんだか既視感があるぞ、と思った一歩は、それがカイゼル星野の言っていた「オウンドメディア」であることに気が付いた。

「あ、これ」

「知ってんのかい。なら話は早いや。不動産の動画チャンネルで投資初心者向けの動画を流してるんだが、その視聴者と無農薬野菜のユーザー層はけっこう被ってるんだな。もちろん以前から取引のあるお客さんも、データベース化してあるからメルマガで誘導してる。有機野菜を欲しがるユーザーは個人だけじゃなくて、レストランのシェフなんかも多いんだよ。そういう人らはいつも流通をさがしていてな。検索で見つけやすいようにSEOを意識してタイトルやコンテンツをつくりこむ。一番大切なのは、内容だけどな」

カイゼルが話していたSEOが、ここでも出てきた。


「で、オレんとこにくれば、いまおすすめのうまい野菜が手に入る、ってわけだ。一人野菜流通市場みたいなもんだな。デジタルが苦手な農家に代わって、注文管理や流通の事務を代行する。その代わり少々の月額加盟料を負担してもらう。これでお客とオレと農家、三方得なのよ」

当たり前の話だが、ここまでにするには積み重ねの苦労があったらしい。八百屋としての経験と人脈で、生産者と消費者双方の信頼を得ていなければ、思い付きで参入してもうまくは続かない、ということなのだろう。


「何度も言うようですけど、大家さんホントに70代なんすか?俺よりよっぽどネット使いこなしてません?」

「ふっふっふ。今の60、70代をなめるなよ。生まれた時からスマホを持ってる連中とは年季がちがうんだ。ワープロ通信の時代から、電話回線使って1,200bpsでやりとりしてたからな。PCのメモリなんかバカ高くてな。少しずつ自分で筐体あけて増設したり、ボード替えたりしてきたんだ。ソフトの設定だって雑誌見ながら自分で調べて首っ引きで文字列打ち込んだし、大学の先生なんかでもケーブル担いでマンホールに潜って、おっと昔話始めると長くなるな。ま、んなこたどうでもいいや。地域再生を考えるなら、時代にあったやり方を取り入れなきゃいけねえぜ、ってことを、オレは言いたいのよ」

聞きながら一歩は、ミスターといい依田のばあちゃんといい、高齢者といっても今どきはみんな、生涯現役なんじゃないかと思い始めていた。シルバー人材センターという仕組みがあるが、シルバーどころじゃない、彼ら彼女らはいわばゴールド人材、プラチナ人材だ。おそらく日本に無数に埋もれているだろうこうした人的資源を、若年労働者層とはまた違った経済の担い手にしていく。なんだか可能性がありそうじゃないか。

「で、今日は何の用なんだい。わざわざオレの顔を見に来た、ってんじゃないだろう」

電子タバコを机に置き、大家はレンジャーマスクの内側にある一歩の目を見て問いかけた。

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