第47話 タコ大家の俺は気が付いたら野菜を売ってる老tuber(ラノベタイトル風)

「あのな。そういうのを、思い付きの対症療法ってんだ。んなこたぁ日本中でやってるが、地域の中にニーズがなけりゃ結局一時のカンフル剤で終わりなんだよ」

「は、リアルの次はニーズっすかぁ」

「素頓狂な声をあげてんじゃねえや。オレが言ってんのは、この店の中のことだよ」


大家は周囲の様子を一歩に示すように、自分の顎をぐるり、と回した。八百屋と言いつつ、品数はかなり少ない。対して隅に畳まれた段ボール箱の数量は明らかに多く、しかも一見して新品と分かる。レジ台の上には似つかわしくないパソコン、その向こうの二畳ほどの空間にはホワイトボードや白幕、照明器具と、三脚に据えられたビデオカメラが鎮座していた。


「この商店街のリアルな商圏はな、歩いて10分の圏内だ。細々としたニーズしかないんだよ。あるのはノスタルジーだけ、商売としちゃオワコンだ。だがな、そんなのは20年も前から分かってた」

「分かってたんですか」

素で反応する一歩に、禿げ大家がとうとう苦笑した。


「だからよ、選挙に出るならちっとは頭使って考えろよ。車で行ける範囲に安くて何でも揃う大型店がありゃ、誰だってそっちへ行くだろ。日本中が見る見るうちにシャッター街になった。芦川駅前商店街が負のスパイラルに陥ったのは、誰のせいでもない。時代の流れだ。でもオレは八百屋を続けていきたかった。だから、不動産に投資した」

「はあ?」

禿げ大家はマウスをクリックすると、パソコンを一歩に向けた。画面には、禿げ大家が映っていた。「ショボい中古アパートで利回りを稼ぐ」という大きなフォントと共に。


大家がもう一度マウスでカーソルを押すと、動画の再生が始まった。「はい、皆さんこんにちは。タコ大家のテンタクルチャンネル。本日のテーマは…」

「あれ、お、大家さん」

一歩が画面と大家の顔を交互に見比べる。動画の中でタコ大家が使っているホワイトボードは、まさに今目の前にあるものと同じだった。


「本業の八百屋じゃ食っていけねえ、となりゃ、別に仕事持つしかないだろ。このあたりもご多分に漏れず高齢化でな。長年アパート経営をしていたオーナーが、結構亡くなっていくんだ。後に残った錆さびのボロアパートを引き継ぐには、子供たちが相続税をはらわなきゃならない。ここまではわかるよな」

「はい」

「安くねえ税金を払っても、誰かが借りてくれるとは限らない。修繕費だってかかるしな。そこで誰も相続したがらずに、宙に浮いていた物件を一棟、俺がローン組んで買い取った。それが始まりだ」


タコ大家はその物件を、たいして手を入れずに、ただし相場よりかなり安く貸し出した。開発から取り残されてしみじみしてはいるが、芦川駅周辺は交通の便だけはいい。築ウン十年という木造アパートでも、借りたい人間が必ずいて、マッチングさえうまくやれば必ず埋まる、と言うのがタコ大家の主張だった。現に、一歩自身がそんな物件の一つに住んでいる。


「派遣切りだなんだで、世の中住む場所に困る人間が増えてきたんだな。ネットカフェを転々としたりして、挙句は路上暮らしだ。そんな生活から、もう一度社会復帰するのを支援する民間団体があってな。職探しに必要なのはまずは住民登録ができる固定の住所なんだが、これがなかなか見つからない。貸したがらないんだよ。で、俺はそのNPOと組むことにした。賃料は安いが、何部屋もまとめて年間単位で借り上げてくれる」


利回りは悪くない、と大家は言う。地元の不動産屋に任せていても、不動産情報システムに載せるか、自店のガラス扉に掲示した物件情報を見て入ってくる客ぐらいにしかアピールしない。いかにして自分で客付け、つまりマッチングを成功させるかが、アパート経営のキモなのだそうだ。

風呂はないから、コインシャワーを一つ増設した。例えばその程度のメンテナンスをして、同じような物件を少しずつ増やしていく。利益はさほど出ないが、キャッシュフローが回りだせば、老人一人暮らしていくぐらいの収益は確保できるようだ。


「八百屋は農家が作った旬の作物を、欲しいタイミングで欲しいやつに売る。これが商売の基本だろ。全部おんなじなんだよ」

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