第46話 芦川駅前商店街

 前方に芦川駅の駅舎が見えてきた。一歩はスピードを落とし、駅の向かい側から伸びる商店街アーケードの入口でアストロボートを停めた。シートを降り、改めて正面から眺めてみる。近くに住んでいるにもかかわらず、一歩はこの商店街をほとんど利用していない。買い物はここからはずれた通りのコンビニが主だったし、外食は選択肢が多く安い明日登呂駅前などで済ましている。駅を通る際に視界には入るものの、今回のことでゴンやバロ研に来るまでは、正直気にも止めていなかった。


 まだ日は落ちていないというのに、アーケードの中は人の気配がなく、うっすらと暗い。電力を節約しているのだろう、照明が一部しか点灯していないためだ。両側に並んだ各商店の前には、「芦川商店街」と名前の入ったボンボリ状の照明器具が設置されているのだが、それらは一つとして灯りが点っていない。アーケードの屋根を構成する半透明のアクリル板を通して入る外光と、その下に設置された蛍光灯が一つ置きに放つ鈍い光だけが、わずかに商店街を照らし出していた。


 入口から見ても、一見して営業している店舗はまばらだと分かる。開いているのは全体の二、三割、ほとんどの店はシャッターを下ろしているか、照明を消して扉を閉ざしている。

一歩はアストロボートを押しながら、ゆっくりとアーケードを進んでいった。

 左側、入ってから三件目の薬局に灯りが点っている。けれども、店頭に積まれたティッシュペーパーの箱やドリンク等の周辺に、客の姿はない。大手チェーンではなく、古くから営業している個人経営の店のようだが、店内にも客はおらず、店員も見当たらなかった。


 薬局の斜め向かい側は和菓子屋だ。ウィンドウに並ぶのは赤飯とおにぎり、そしてつぶ餡とみたらしの団子が少し。贈答用の箱には「見本」と書いた紙が貼られていて、中身が詰められていないようだ。年配の女性が店内と奥を、トレーを持って行き来しているのが見えた。


「あ、そうだ」

 一歩はベルトのタッチパッドを操作し、明日登呂市の住宅地図データベースを呼び出した。視界の0.5メートル前方右上に仮想ウィンドウが立ち上がり、芦川駅前商店街の区分地図が現れた。GPSにより、現在地を示す赤い点が明滅している。光点のすぐ横、和菓子屋の場所を示す位置には看板と同じ「高橋菓子舗」という店名が表示されていた。同様に、地図上の他の区画スペースにもすべて名前が書かれている。それらは店名だったり個人名だったり様々だが、シャッターが閉まっている区画を含め、商店街のほぼすべてに何らかの表記が付されていた。


 目指す惣菜店「お総菜のスワニー」を探してみる。諏訪部嬢の祖父母がかつて切り盛りしていた店は、一歩が立っている高橋菓子舗の店先から数えて十数軒先の、左側に掲載されていた。

 「なんだ。大家さんちのはす向かいじゃん」

 閉じられたままのシャッターが続く通路を、アストロボートを引きながら歩いていく。やがて通路と直角に交わる細い路地が右側に出現した。一歩の住むレトロアパートへと至る裏道だ。路地の角に位置する店舗に、灯りがともっている。 中を覗くと、パソコンをレジカウンターに乗せ、キーボードを叩いているスキンヘッドの男と目が合った。もっとも、向こうにしてみればレンジャーのマスクを被っている一歩の視線はわからないはずだ。


「こんちわ、っす」

 スキンヘッド、というより禿頭という言葉の方が似合いそうな男は、キーを叩く手を止めると、咥えていた黒い電子タバコの筒を右手に持ちなおした。

 店内には膝上ほどの高さの台が並び、野菜や果物、シイタケなどが申し訳程度に載せられている。壁際にはたたまれた状態の段ボール箱や封筒、荷送り伝票などが整理して置かれており、奥の、おそらく住居部分に通じる箇所には長めの暖簾が懸かっていた。


 アストロボートを店の前に停め、陳列台の間を縫って入ってゆく一歩を、男は「なんだ、お前さんか」と表情を変えずに迎え入れた。

「大家さん、オレが誰だか分かるんですか?」

「伊達に七十年も生きちゃいねえんだよ。店子がどんな奴か知っとかなけりゃ、大家業なんか続けてやってけねぇっての。それよりお前、近くに住んでるんだからたまには顔出せよ薄情もん。うちのアパートに入ってから、いままで二、三回位しか来てねえだろ」

椅子の背にもたれながら座席を回転させて、男が身体ごと一歩の方へ向き直る。


「だってオレ自炊とかしないし。大家さんとこって、八百屋、っすよねえ」

狭い店内を見渡しながら一歩が答えた。

「市長選に出ようって男がそんな了見じゃいけねえやい。もっと街に出て世の中のリアルって奴を見聞しなくちゃな」

「世の中のリアル!大家さんホントに七十歳ですか」

禿げ頭の大家は電子タバコを一服つけると、大きな眼でレンジャーの仮面をギロリと睨み付けた。


「お前さん、目の前のこの光景を見て、何か感じねえかい」

「目の前の、ですか」

 一歩は店内にいじましく並ぶ野菜たちに視線を落とし、ついでいま入ってきたばかりの入口を振り返った。通路を挟んで反対側に見える向かいの店舗は、シャッターこそ降りてないものの看板の類は既に外されており、かつて商品が並べられていたであろう空間には自転車や家具などが置かれている。完全に仕舞屋だ。


「ええと、ヤバいですよね、この商店街。ここだけじゃないでしょうけど、シャッター街をなんとか再生させないと。大家さんとこも、こんなんじゃ商売になってないですよね」

 少なくとも子供の頃はもう少し活気があったことをおぼろげに思い出しながら、一歩は答えた。大家は黙って、向こうからは見えないはずの一歩の眼を睨み続けている。


「だから、その。例えば若い起業希望者に空いたスペースを貸すとか、買い物補助券を発行してもっとお客さんに来てもらうとか」

「まさかそれ、本気で言ってんじゃないだろうな」

前屈みの姿勢で電子煙草を燻らせ、禿げ大家が上目遣いで凄んだ。

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