第45話 超力招来
「いや、それはさすがにありえないでしょ」
紙パックの豆乳に差したストローをくわえながら、甲斐が口を挟む。
「地方選挙の邪魔をするだけために、大手の制作会社を動かしたって言うんですか?」
「ありえなくはないわよ。米田の後援会長は知ってるわよね。造田興産の造田剛三」
「あの、目付きの鋭いおっかねえ爺さんか」
田野の言う通り、白髪を後ろに撫で付けた、厳しい視線の不敵な老人が画面に現れた。玲奈がアップした造田の画像ファイルだ。
「70を過ぎても暗躍を続けて、陰で『大帝』なんて呼ばれていい気になっている、いけ好かない爺いよ」
口の悪いこと、デレなしツンデレナの本領発揮である。
「造田くんね。確かにあの子なら、色んな方面に影響力を持っているわねえ」
大帝と呼ばれるほどの男を「あの子」呼ばわりできるのは、依田のばあちゃんくらいだろうな、と玲奈は感心する。
「彼の娘婿は政権党の衆院議員で、現総務大臣政務官よ。テレビ放送に最も影響力を持っている省庁は、どこ?甲斐くん」
「そりゃ許認可権を握っている総務省だな」
「そういうこと。米田と造田が結託して、目障りなアストロレンジャーに圧力をかけようとしたに違いないわ。利権構造の世界に生きる連中にとって、象徴首長制なんてものは邪魔でしかないから。今のうちに芽を潰そうとしているのね。何かやってくるだろう、とは思っていたけど、こんなのは軽いジャブ程度だわ」
「確かに、こういうケースでは偽物のキャラクター商品を販売するなど、著作権侵害で訴える案件がほとんどです。レンジャーという名前だけで差し止めを求められるなら、さっき甲斐さんが言ったように、全国にごまんとある自主制作ヒーローも名前を変えなくちゃなりません。訴訟よりも、こちらを動揺させるのが目的でしょう」
ヒーロー業界に詳しいカイゼルの言葉に、甲斐や田野、半田らが安堵の表情を見せる。
「そうですか。では、もし東王から横槍が入ったとしても、無視していればいい、ということですか?それとも、念のためアストロノーツで協力してくれる市内の弁護士を当たりますか?」
表情を崩さず質問を発したのは宇堂だ。それを聞いた玲奈が、再び微笑んだ。
「東王の件は、ひとまず放置しておきましょう。いずれにしろ、アストロレンジャーは、改名しますから」
「え?何で。アストロレンジャーで選挙運動を始めて、やっと認知されてきたところなのに。敵の嫌がらせを放っとくんなら、改名する必要ないでしょ」
思わず出たであろう甲斐の大声に驚いたのか、半田の膝でチューイが鳴く。
「いや、そうではありません。人々の力を受け、アストロレンジャーはさらに発展進化する。そういうことですね」
それまでずっと黙していたミスターが、静かに言った。
「さすがです。その通り、今はまだ無名のローカルヒーロー『アストロレンジャー』ですが、市民の支持を得て当選を果たした時、彼は世界唯一の『超市長アストロメイヤー』に、進化を遂げるのです」
常と異なり、歌うように熱く強く語る玲奈の眼は、なぜか遠くの夕日でも眺めるように眩しげだ。
「なるほどアストロメイヤー、か。それなら、明日登呂市長を英訳しただけですから、文句の付けようがありませんね」
カイゼルが言うと、安心して口の軽くなった男たちが各々続けて発言した。
「ダンバインがビルバインにアップグレードする、みたいな」
「というより、サイヤ人がスーパーサイヤ人に進化する感じですね」
「どっちかって言や、サナギマンが超力招来でイナズマンに二段変身する、って方が近いのでは」
普段クールな宇堂まで話に乗ってくる。
「おじさんたちの昔話はいいですから」
ツンデレナが冷たく言い放つ。どうやらもう素に戻ったらしい。
「選挙の間は『アストロレンジャー』で通します。ただし差し止め問題が浮上した場合、当選した暁には名称を『アストロメイヤー』に改める、とフォーラムで発表することにしましょう」
「そうですね。一時は心配しましたが、落ち着いて考えたら、東王の訴えによって逆に知名度があがり、全国的に注目されるメリットがありますね」
「あああそうかそうねそれで玲奈さんたら望むところだなんて妖しく笑ってたのかやだわやだわ策士だわんわんワーン」
膝上のチューイの両手を持って、半田が訳の判らない踊りを踊らせた。
「それもありますが、これで米田陣営が本気で我々を警戒していることが分かりました。象徴首長制が空論でなく現実的に政策たり得る、彼らにとっては脅威として認識された、と考えてよろしいでしょう」
ミスターが議論を締める。
「では引き続き、各自の持ち場で仕事を進めてください。レンジャーには私から経緯を伝えます」
そういうと、玲奈はチャット会議をログアウトした。
「なんか今日のツンデレナ、力入ってませんでした?」
甲斐が残りのメンバーに声をかける。
「そうかい?いつも通りの高飛車だろ」
「いやいや、僕にはわかりますよ。胸に秘めたる熱き血潮、みたいなものを感じましたね。あれはやはり、ただのツンデレではありませんね」
気がつくと、チャット会議に残っているのは甲斐と宇堂の二人だけになっていた。
「しかし、いいんですかね。レンジャーにとって重要な内容の会議なのに、彼だけ参加していなくて」
「僕もそれは気になったんだけど、まあ象徴首長制ってのは、主体者である市民が話し合った議論を象徴が追認する仕組みだから。こうなりました、って事後報告の方が彼の気持ちもブレずに済むんじゃないかな」
「理屈はわかりますが、大須賀一歩という個人にとっては釈然としないかもですね」
「レンジャーとしてではなく、象徴首長制に参加する一人の市民として、彼も議論に加わる事ができる。つまり、我々と立場は同じだよ。米田市長までのような、一人のカリスマヒーローが何でも判断してバリバリやっていくのは、もう過去のスタイルだ」
「なるほど。言われてみればそうですね。じゃ、市民フォーラムの準備に戻ります」
「お疲れさま。また後で」
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