第44話 商標権侵害
エンジンを始動してロータリーを出ようとしたそのとき、大通りから巨大トリンプをルーフに乗せた、スターズ&ストライプスの選挙カーが入ってきた。
「こちらは、明日登呂市長候補の、おお、アストロレンジャー!やっとるな」
ウグイス嬢の淀みないアナウンスを途中で遮るのは、紛れもなく服部本人の声だ。
苦笑しつつ、一歩はヘッドセットのマイク出力をオンにする。
「アストロレンジャーです。はっとり十三候補のご健闘をお祈り申し上げます」
依田のばあちゃんから教わった、選挙期間中に候補者が交わす挨拶の言葉だ。
「うむ、ありがとう。君もしっかり頑張りたまえ。アストロレンジャー候補のご健闘をお祈り致します」
声の後半は、服部からマイクを奪い返したウグイス嬢だ。トリンプ服部はどこまでもトリンプ服部だった。
トリンプの選挙カーとすれ違い、彼がやってきたのとは逆の方向へ大通りを走ってゆく。ガラス張りが輝くアストロプラザの角で一度右折し、川を越えたらまた右に曲がる。左手前方に、芦川神社が見えた。
こんもりとした小高い丘の麓に、道路に面して鳥居が立っている。両脇にはベビーカステラとたこ焼きの屋台が店を開いていた。鳥居から丘の上に向かって、まっすぐに石段が伸びている。木々に隠されてよく見えないが、登りきったところには神社の社殿があり、境内一体は選挙が始まったいま、市民フォーラムや市長選情報センター、帰ってきたひだまりカフェ、などのイベントが開かれているはずだ。
屋台と石段の周辺に集う人々からの声援に徐行速度で応えつつ、一歩は街の北側、芦川駅前商店街へとアストロボートを走らせていった。
カレーハウス「ゴン」奥に潜む、アストロQ団秘密基地。ここはいま、事実上アストロレンジャーの選挙対策本部、いわゆる「裏選対」となっている。
午後二時きっかり、司令塔として裏選対を取り仕切る大川玲奈は、PCの前に陣取ると、アストロノーツの動画チャットをオンにした。
「みんな、来ているかしら」
会議に召集したのは全部で八名。アストロQ団を構成する主要メンバー、プラスαだ。
司令塔の玲奈の他は、全員ゴン以外の場所からアクセスしている。
ミスターと甲斐、依田、田野親方の四人は、芦川神社境内の市民フォーラム会場から。宇堂はバロ研、半田イチ子はチューイと共に自宅に居る。アストロレンジャーこと一歩には、諏訪部の祖母の捜索を依頼しておいたから、チャット会議に参加するQ団メンバーは以上の七名。全員のライブウインドウが並んだところで、残る八人目の枠が開いた。
「遅くなりました、ジャッカー帝国のカイゼルです」
相変わらず好青年然とした佇まいのカイゼル星野は、しかしどこか緊張した面持ちだった。
「先ほど大川さんと甲斐さんにはお電話でお話ししたんですが、緊急でお知らせしたいことがありまして」
「レンジャーを訴えるだとか何とか、ってことだったが」
画面が見づらいのか、LEDキャップの庇を後ろに回しながら、田野親方が言う。
「はい。実は『仮面レンジャー』の商標権を保有する制作会社の東王から、アストロレンジャーの呼称使用が『仮面レンジャー』の商標を侵害するおそれがあるとして、使用差し止めの申し立てが出されそうなんです」
「仮面レンジャー」とは、八十年代の初期に一世を風靡した、特撮テレビ番組だ。いや「初期に」という表現は誤りである。悪の組織と戦う孤高の変身ヒーロー、という設定の初代「仮面レンジャー」は、一年の放送期間が終了してもその人気が衰えず、翌年には続編「仮面レンジャー・ネクスト」が、以降続いて「三世」「ゴールド」が制作され、五作目に当たる「ウルトラフォース」では二作目の主人公ネクストを長官とする、多人数のヒーローが隊を組んで活躍する戦隊ものにパワーアップした。
特に、原点回帰を謳ってファンの間で今でも評価の高いのが、十作目「仮面レンジャー・ネオジェネス」だ。この作品の主要キャラは三人で、陸・海・空のイメージを割り当てられたリック、カイト、クウヤの三人がそれぞれジェネレッド、ジェネブルー、ジェネグリーンに変身して、地球環境汚染をたくらむ世界的秘密組織と戦う、というストーリーだった。
続く十一作目の「仮面レンジャー・フェイラム」では、とうとう宇宙が絡んでくる。遠い星から来たカイゼルとライゼルの兄弟戦士が、地球を舞台に活躍するストーリーだ。仮面レンジャーシリーズが我が国のヒーロー文化に与えた影響は大きく、テレビ界のみならずご当地ヒーローにも数多くの亜流や類似を生み出していた。
「そんな馬鹿な。何とかレンジャーなんてヒーロー、全国にいくらでも居るじゃないですか」
「その通りなんですが、僕のネットワークに入った放送関係者からの情報なので、おそらく間違いありません。しかも動きが早くて、明日には差し止めに関する記者発表があるようです」
「え何で何でそれって変じゃないだって偽物作って儲けようとしてるのとは全然違うんだし権利なんか侵害してないしさあ」
「どうして東王がいきなり出てくるんですか。今まではむしろ人気のバロメーターだからって鷹揚に構えて、ローカルヒーローは黙認。ていうか黙殺してたじゃないですか」
半田と甲斐が同時に喋り出したので、何を言っているのか他の者にはよく聞き取れない。
「静かに!」
ツンデレナのシャープな叱責が、全員の操作端末に響き渡った。
「想定内の事態です。いえ、どちらかと言えば、こちらの望むところだわ」
唇の両端を上げて、ツンデレナが微笑む。
「想定内。それは、どういうことですか」
いつものように宇堂は、動揺を顕にせず淡々とした調子で話す。
「このタイミングで、地方の名もないヒーローが大手から訴えられるなんて、裏があるに決まってるじゃない。米田陣営の差し金よ」
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