第36話 星条旗よ永遠なれ

 道路脇の小さな公園に移動したレンジャーの周りには、制服姿の高校生や、子供を連れた母親たちが集まってきていた。握手を求めてくる者もあれば、一緒に写真に写ってくれるようせがむ子供もいる。

「それが、こんな感じで。ちょっと今すぐは、動けないです」

レンジャーが見ている視界の景色は、バイザーを通して常時アストロノーツに送られる仕組みになっている。市民の象徴としてレンジャーが起動している間は、その行動を市民と共有するべき、という理念に基づいて付与された機能だ。ただし、市長に当選するまでは実験期間として、その視界動画へのアクセスに制限を設けている。

 リアルタイムでアクセスできる権限を持つのは、今のところ宇堂を含む、「市民の会」主要メンバーに限定されていた。

「なるほど。状況はわかりました。アストロノーツユーザーの一人が、服部事務所の様子を動画で投稿してくれたので、そちらに送ります。集まった皆さんもご一緒に、プロジェクターでご覧いただいたらどうでしょう」

 会話が終わると同時に、ARウインドウが開いて動画再生アプリケーションが起動した。

「レンジャー!あんた立候補したんだろ。何か話せよ」

 休日のサラリーマン、といった風情の男性が声をあげる。いつもは選挙にあまり関心を示さない人々も、レンジャーに興味を持ってくれているようだ。たとえ面白半分だとしても、注目度があがれば投票率の向上につながるかもしれない。いいんじゃないの、と思いながら、レンジャーはアストロボートのコンソールを操作した。

 運転席の屋根が開いて垂直に立ち上がり、その両側から翼のように薄い帆布が展開した。専用のモバイル・スクリーンだ。集まった老若男女から、おお、とどよめきが広がる。レンジャーはシートから降りると、自分を囲む人々の輪の中に入っていった。

「皆さん、こんにちは。アストロレンジャーです」

 正義のヒーローらしからぬ平凡な挨拶に、笑いがおこる。

「今回の市長選挙、必ず投票に行ってくださいね。実はいま、スタッフから連絡が入りました。本日、私と同じく市長選に立候補したはっとり十三氏の選挙事務所で、何事かあったようです」

左肩に載せたプロジェクターガンが駆動音を響かせて回転し、アストロボートの上に拡がったスクリーンに映像を投影し始めた。同時に、鎖骨のあたりに仕込まれた薄型スピーカーから音声が流れ出す。

 画面は、仮囲いで覆われた服部事務所を真正面からとらえていた。薄い布を通して「はっとり十三」の文字が読み取れることを除けば、どこかの工事現場のようにも見える。と、その一部が扉のように開き、中から同じ服装をした男たちが何人も飛び出してきた。皆一様にダークスーツを着用し、黒いサングラスを掛けている。市役所前で目撃したのと同じ、SPを模した姿なのだろうが、大勢いるため、まるで映画「マトリックス」シリーズに登場する、増殖したエージェント・スミスのようだ。

 仮囲いの上空で、どん、どどん、と数発の花火があがった。それが合図だったのか、オーケストラの奏でる大仰な音楽が辺りに鳴り響いた。画面を見つめる聴衆の一人が「星条旗よ永遠なれ、だ」と呟くのが聞こえた。

 黒スーツ部隊が仮囲いに取り付き、一斉に横に動かしていく。下に車輪がついていて、スライド可動式になっているのだ。

「うわっ」

 囲いが取り除かれ、中から「ホワイトハウス」が姿を現した。

 言うまでもなく、かつて大統領だったトリンプが任務を執り行っていた、かの国の中枢を成す歴史的建造物だ。ミニサイズに縮小されたホワイトハウスは、本物と同じように四本の白く太い柱が正面に再現され、独特の形状をした三角屋根の天辺には星条旗が翻っている。三角屋根の左右からは、小さな窓が並ぶアイボリーホワイトの壁が、両翼のように伸びていた。

 映像は徐々に近づいていき、三角屋根の上に設けられたテラス部分に立って手を振る、赤ら顔の大統領らしき姿をズームアップした。今朝会った時と同じ服装、これは服部十三だ。どこから連れてきたのか、ご丁寧に長身の白人女性まで傍らに伴っている。観衆は完全に呆気に取られていた。

「やりすぎだ」

 バイザーフォンから聞こえてきたのは、甲斐の呆れ声だった。彼も宇堂と同じく、どこかでこの映像を観ているのだろう。

「皆さん、この度大統、ごほん、明日登呂市長選挙に立候補した、私がはっとり十三で、あります。さあそれではどうぞご一緒に。いざ、グレートアストロ!」

 ホワイトハウスの前には、赤いキャップを被った群衆が集まり、ほぼ全員がスマートフォンをかざしていた。少なくとも四、五十人はいる。ただ、服部の発したグレートアストロの音頭に合わせて唱和する声は、あまり多くなかった。

「すげえな、こりゃ」

 プロジェクターで投影された映像を眺める人々の誰かが、放心したように呟いた。

「どうするレンジャー、強敵だぞ」

 口の脇に右手を添えた先ほどのサラリーマン風が、囃し声をあげる。聴衆と一緒に画面に見入っていたレンジャーは、その声で我に返った。

「はっはっは、さすがは我が好敵手、トリンプ服部。相手にとって不足はない!」

レンジャーは右腕をスッと伸ばして、画面の服部をまっすぐ指差す。よし、決まった。

「アホウ!お前の敵は米田だろがっ」

 田野親方の野太い叫びが、バイザーフォンを通してレンジャーの耳をつんざいた。

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