第34話 米田、出陣。

 親方がアクセルをふかし、四人を乗せた車が遠ざかっていく。「がんばってねえー」と半田が助手席から身を乗りだし、リアウィンドウから依田のばあちゃんと甲斐が手を振るのが見えた。

「ポスター貼りは順調に進んでいる、と報告が入っています。ただ、やっぱりどこでも米田陣営が先に来ていますね。それと、軽石さんのポスターはまだ一枚も確認されていません。おそらく届け出もまだなんだと思います」

 討論会の後から軽石の影が見当たらないのが気になったが、とにもかくにも選挙戦はスタートした。玲奈が立案した戦略に基づいて、一週間を戦わなければならない。

「まず、アストロプラザ経由で明日登呂駅まで向かいましょう。ちょうど米田市長が出陣式を終える頃合いです」

 強力な人的組織を備える米田陣営に対し、「市民の会」は情報力で対抗する構えだ。アストロノーツβ版には、今日までに150人余りが会員登録を行っている。そのうちのアクティブな一群が、各陣営の目撃情報をライブで送って来ているのだ。スマートフォンで伝えられるコメントには、位置情報が添付され、それがそのままアストロノーツ上に図示された市内マップに反映される。どこでどんなことが起きているのか、クリックひとつで分かる。

 バイザーに表示されたマップを確認すると、アストロプラザで米田の出陣式が二十分ほど前に始まった、とコメントがあった。野次馬を含め、百人も集まったようだ。

レンジャーはスロットルを絞ると、自らを鼓舞するように「アストロレンジャー、出動!」と叫んでアストロボートを発進させた。

 大通りに出てしばらく進むと、ガラス張りのアストロプラザが見えてくる。そのすぐ隣、普段はレンタル駐車場になっているスペースにプレハブが建てられており、『米田なおき』と大きく書かれた看板が掲げられていた。

「それでは皆さま、現職市長米田なおきが、これより七日間の選挙戦に出陣して参ります。どうぞ拍手でお見送りください。」

 ウグイス嬢のアナウンスが聞こえると同時に、米田が集まった支援者に向かって大きく手を振り、選挙カーに乗り込もうとする姿が見えた。道を隔てた反対側にアストロボートを止める。支援者の何人かが、レンジャーに気付いた様子だ。

 その時、勇壮なマーチ風の音楽が周囲を圧倒する音量で近づいてきた。

「おはようございます。こちらは、グレートアストロ、グレートアストロ推進協議会です」

 聞き覚えのある音楽は、遠い銀河を舞台にした有名なスペースオペラの挿入曲だ。しかしそれよりも、スピーカーを搭載した車の異様な姿が目を引いた。

 車体は、ワゴンの上部に四方を囲う看板を取り付けた、よくある選挙カーのスタイルそのものだ。しかしボディ全体にド派手なラッピングを施している。フロント部分には青地に白の星々が、側面ドアから後部にかけては赤と白のボールドストライプが描かれていた。誰が見ても星条旗をモチーフにしていると一目で分かる。

 看板部分には片仮名で「グレートアストロ!」の文字が大きく書かれていた。その看板の真ん中から、何かが膨れ上がって行く。それはやがて、2メートル以上はあろうかと思われる、巨大な服部十三の姿になった。独特のヘアスタイルは金色に輝き、濃紺スーツに赤ネクタイがしっかり再現されている。ビニール製で、空気を入れて膨らませる仕組みらしい。開いた右手を上に挙げ、左手を本の上に乗せている。服部の名前はどこにもないが、服部陣営の選挙カーであることは一目瞭然だった。

 ド派手な車両は米田の選挙カーが公道に出るのを妨害するかのように、音量をあげたままゆっくりと前進してくる。

「市民の皆さま、日本と明日登呂を再びグレートに導く、グレートアストロ推進協議会でございます」

 米田陣営から、何人も支援者が道に走り出てきた。

「おい。人の選挙事務所前で何やってるんだ。さっさと通りなさい」

「そちらこそ何言ってるんですか。公道を法定速度で走っているだけで、何も違反はしてませんよ。もう選挙戦は始まってるんですからね」

運転席の、ブルーのウインドブレーカーを着た男が涼しい顔で応える。服部本人は車には乗ってはいないようだった。

「こういう時は相手陣営に敬意を表するのが礼儀だろう。ボリュームを下げて、とっとと行くか戻るかしたらどうだ」

 抗議する米田陣営をよそに、曲は映画で悪の暗黒卿が登場する際のテーマ音楽に変わった。悪役感十分である。

「あんた、こっちの出陣式のタイミングを狙って来たんじゃないだろうな」

 辺りはなんとも険悪な雰囲気になっている。周囲を行く人々も、何事かと歩みを止めて様子を見ているようだ。

 道の反対側から様子を見ていたレンジャーは、アストロボートに搭載されたマルチパネル画面を操作すると、表示されたボタンをタップした。アストロボートは始動キーもパネル画面も、システム起動したマスクを被った人間、すなわちアストロレンジャーにしか操作できないようになっている。

「ボップ!」

 音声と共にアストロボート後部に搭載されたボックスの蓋が開き、勢いよく物体が空中に打ち上げられた。物体は上空でアームを広げ、航空ドローンに変形した。

 射出を確認し、レンジャーはアストロボートを二台の選挙カーが顔を突き合わせている場所へと移動させる。バイザーのAR画面には、ドローンのコントローラが映し出された。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。アストロシティの正義と自由を護る、アストロレンジャー見参!」

 米田陣営の面々は、派手な色彩の電動バイクに乗ってやってきたレンジャーを見ると、露骨にイヤな顔をした。

「あんたもか。誰も呼んでないよ。大事な出陣式に余計な茶々を入れてくれるなよ」

「待ってください。茶々を入れるつもりはありません。政策は違っても、街を想う気持ちは同じ。選挙戦のスタートから揉めるのは見過ごせません。正々堂々と行きましょう」

 米田陣営のスタッフと、トリンプカー運転手の双方に向かうと、レンジャーは上空にホバリングするドローン“ボップ”を指差した。

「この場の映像はドローンで記録しています。まだ揉め事を続ける気なら、この動画をネットにリアルタイムで配信しちゃいますよ」

 トリンプカーの運転手は窓から顔を出して、上空にとどまったドローンの存在を確認すると「ちぇっ、しょうがねぇなあ。どきゃあ良いんだろ」とアクセルを踏み、大音量を流したまま走り去って行った。

「ささ、市長。出発してください。駅前広場での演説時間が迫ってます」

 後援会員に促されて、米田が選挙カーに乗り込んでいく。車のスライドドアに手をかけたとき、一瞬レンジャーに視線を向けた。眉を寄せ、神経質そうな銀縁眼鏡の奥に光る瞳を隠すように、瞼を細める。

「君。政治は遊びではない。市長とは、十二万市民の暮らしをその背に一人で負う存在なのだ。君には敗けん」

 そう言い残すと、米田は車のシートに身を預け、一転笑顔になって、集まった聴衆へ大きく手を振った。

「それでは皆様、米田が市内へと遊説に出発して参ります。どうぞ大きな拍手と、万歳の声援でお送りください」

 スピーカーから流れるウグイス嬢の放送を受けて、万歳の斉唱が始まった。百人の応援団に見送られて、米田を乗せた車はゆっくりとしたスピードで発進していった。

 アストロボートのモーターを始動させようとして、レンジャーは人垣の間から注がれる強い視線を感じとった。

 出陣式に招かれた来賓用の席なのだろう、選挙事務所の前庭に天幕が張られており、パイプ椅子がいくつも並べられている。その前列中央に座った年配の男が、レンジャーを鋭い眼光で睨み付けていた。

 上等の濃いモスグリーンのスーツに、白くなった髪をオールバックになでつけている。両手を膝に置き、じっとこちらを見ていた。眉が太く険しい顔つきだ。威圧的なその視線は、選管の淡路委員長とはまた違った、多分に敵意を含んだものだった。

誰だっけ、と一歩は思う。スカウターシステムが反応しないところをみると、政治家ではないようだ。記憶を手繰ったが、一歩の知った顔ではなかった。米田の後援者の一人なのだろう。トリンプカーの運転手と同じように、出陣式を邪魔しに来た不届き者、と思われたのかもしれない。睨み続ける男を無視し、一歩は運転席の操作パネルに視線を移した。

 上空にホバリングしているボップは、スーツに内蔵したマーカーを感知して、レンジャーを自動追尾することができる。後を付いてくるように設定を切り替えると、レンジャーはアストロボートを始動させた。

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