第33話 『強敵』と書いて…

「あらあ、見てみて!」

 車の助手席から、チューイを抱えた半田が甲高い声をあげた。指差す先に、木製の公設掲示板が見える。そこに市長選候補者のポスターが三枚、並んで貼られていた。

「おう、いいじゃないか。始まった実感が湧くな」

 路肩に車を停めて、運転席の親方が感慨深げに呟く。アストロボートに跨がったレンジャーも、脇に寄ると正面から三枚のポスターを眺めた。

 右端の下、番号二番の位置に貼られているのが自分のポスターだ。納品された時や、ゴン裏の秘密基地の壁などで何度も目にしていたから、図柄そのものは既に見慣れている。が、こうして公式に掲示されているのを見ると、また違った趣が感じられた。

ステージの中央に立つレンジャーを、多くの人々がとり囲んでいる。十二年前、市内で行われたイベントで撮影したスチール写真を、メインビジュアルに使用したのだ。ミスターが個人的に保存していた一枚で、ネガは残っていなかった。手札サイズのプリントをスキャナーで読み込み、レイアウトしたものだから、画質精度はさして高くない。しかも集合写真だったから、レンジャーの姿は一般的な選挙ポスターの常識ではあり得ない小ささだ。けれども、レンジャーの周囲に集まる人々は、大人も子供もみな輝く笑顔に溢れている。

 写真の他には、一番上に大きな文字で「みんなが市長だ!アストロレンジャー」と書いてあるだけ。実にシンプルなそれは、選挙ポスターのセオリーをまったく無視している。逆に言えば、その「らしくなさ」が掲示板の中で異彩を放っていた。

 見た目ではわからないが、レンジャーのポスターには実はもう一点、他と大きく異なる特徴がある。それは使用している素材だ。通常、野外に貼ることを前提としたこの種のポスターは「ユポ」という合成樹脂系の特殊紙が用いられる。雨や水に強く、破れないという特性を持つためだ。だが、レンジャーのポスターはユポではない。石灰石を原料とした新素材紙だ。

 近年、石油由来の合成樹脂を原因とするマイクロプラスチック汚染が深刻化している。様々な対策が立てられているが、新素材の石灰石紙もその一つだ。生分解して土に還り、再製品化も容易で森林資源保護にもつながるこの石灰石紙を開発したのは、宇堂と田野の同級生が勤めるベンチャーだった。石灰石紙の弱点は、コストである。小さな設備による少量生産のため、コスト低減が進まず一般に普及していないのだ。バロ研の二人はレンジャーの選挙ポスターにこれを用いて実証実験とし、宣伝に寄与する見返りとして安価で原紙の提供を受けた。広く市民の賛同が得られれば、自治体の掲示媒体など公的ポスターの素材として採用することも視野に入れてのことだった。

 ふいにアラート音が鳴り響き、マスクの額部分、明日登呂市章を象ったパーツに仕込まれたカメラが反応した。バイザー内のスカウターアプリケーションが自動的に立ち上がる。四角形のフォーカスウィンドウが、レンジャーのポスターの真上、一番の掲示位置に大きく掲げられた服部十三の顔を絞り込むように捉えた。

 濃紺のジャケットに深紅のネクタイ姿は、さきほど会ったときのスタイルと同じものだ。真正面を向いて人差し指を突き出しているのも、またお馴染みのポーズ。左右に大きく分割された背景は、左半分が青地に散らばった白い星、右側は紅白のボーダー柄。下に大きく「MAKE ASTRO GREAT AGAIN」。「はっとり十三」の名前がなければ、まんまトリンプ大統領のポスターと見間違える。

 スカウターの数値は324を示して停止した。これは、レンタルAIを使って弾き出した数値だ。政治家データベースの情報に、マスコミ各社の事前予想が加味されている。

 スカウターはさらに、もうひとつのターゲットを捉えた。左隣の三番の位置、現職市長米田なおきのポスターだ。400、500、数値がぐんぐんと上昇していく。米田は眼鏡の奥で目を細め、柔和な笑顔を湛えている。この街の未来を、ひたすらに。控えめだが自信に溢れた、三枚の中で最も選挙ポスターらしい威風を備えているものだった。

 スカウターは、なんと1642という数字を記録した。三度の選挙を乗り越え、いまだ強力な地盤を有する米田の底力を表す数値だった。

「流石ですね、米田さん」

 ヘッドフォンから、宇堂の声が届いた。実はスカウターシステムは、レンジャー単独では起動しない。バイザーのカメラで捉えた画像がバロ研のサーバーに送られて、顔認証システムと政治家データベースがリンク、該当した人物を選び出すと、レンタルAIが数値を自動演算してバイザーに送り返す、という擬似的な測定装置だった。当然、宇堂も選対本部でモニターしている。

「今回も米田市長は本命中の本命。手強い相手だね」

 宇堂の声は、常と変わらず落ち着いたものだ。物静かだが明るく、耳に心地よい。

「『強敵』と書いて『てき』と読む!」

「阿呆。そのまんまじゃねえか。じゃ、俺たちは行くぞ。がんばれよ」

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