第32話 MAKE ASTRO GREAT AGAIN
アストロボート。中古の電動バイクを、VAROM研究所、略してバロ研の二人が改造した、レンジャー専用の乗り物のことだ。以前はピザの配達に使用されていた物らしい。シートはキャノピーで覆われ、後部に大きめの収納ボックスが付属している。改造前と違うところは、レンジャーのコスチュームに合わせて塗装し直したメタリックシルバーのカラーリングと、電子通信系の装備一式だ。GPSで現在地を把握できるのはもちろんのこと、高解像度のドライブレコーダーを備え、遠隔地からもリアルタイムでモニターできる。バッテリーとは別に、ソーラーパネルを使っての蓄電も可能だ。
もちろん、選挙運動につながるような表示は一切表示していない。公職選挙法には色々細かい規定があり、自動車と船舶以外の乗り物は選挙運動に使用できないことになっているのだ。ほんのちょっとした認識違いが選挙違反になりかねない。アストロボートはあくまでも単なる移動手段であって、選挙カーの代わりではないのだ。
車とアストロボートを停めた駐車場へ行こうと、市役所ロビーに差し掛かると、先ほど出て行ったはずのトリンプ服部が、演説をぶっていた。記者らしい女性からマイクを向けられている。
「すなわちこの国難に臨んで憲法を改正し、我が国も本気で核武装を検討せねばならん、と私は思う。しかるに、だ。この市庁舎前庭には、十年一日の如く『非核平和宣言都市』などというぬるま湯のようなモニュメントが掲げられている。私が当選したら、こんなものはまず真っ先に撤去だ」
なんだか凄いことを言っている。小さな街の市長選とはとても思えない。大統領選挙にでも出ているつもりなのだろう。
後ろに立った黒メガネのSPが、いや実際にはただの選挙スタッフなのだが「候補。そろそろ出陣式のお時間です」と服部を促す。
おおそうか、と頷いた服部は「出陣式での第一声は明日登呂駅前で九時半から行う。必ず来てくれたまえ」と女性記者の肩に手を置き、にこりと微笑みかけた。笑った顔は意外と愛嬌がある。
すかさずSPが赤いベースボールキャップを手渡すと、服部は女性記者の頭に無理やりそれを被せた。キャップには白いゴシック体で「MAKE ASTRO GREAT AGAIN」とプリントされている。AGAINって、過去に一度でも明日登呂がグレートだったことがあったのだろうか。
前後をSPにガードされながら出ていく服部を見送り、記者はキャップを脱ぐ。書かれた文字を無言で一瞥すると、改めて一歩たち一行に向き直った。今朝のニュースを担当した、地方新聞の選挙取材班だと名乗り、彼女はレンジャー姿の一歩にマイクを向ける。
「地域ヒーローそのままのお名前と衣装で出馬されたわけですが、本気で明日登呂市の市長になろうとお考えなのでしょうか」
マスコミ各社には、昨日の討論会を終えた時点で、プレゼンテーションの資料と出馬表明コメントをメールで送信している。記事を掲載してくれた記者は、当然それを読んだうえで質問しているはずだ。
「どういう意味でしょうか」
「センセーショナルな出馬表明でしたが、投票率八十%を目指す、とも仰ってましたね。磐石の米田候補を相手に当選を狙う、というよりは、型破りな出馬で市民の注目を集めて市長選への関心を高め、同時に今後市政に対する市民の影響力を強めようというのが、隠された意図なのではないですか?」
「とんでもない。市民の皆さんに関心を持っていただきたいのはもちろんですが、象徴首長制による市長への就任を本気で狙っています。そのための、目標投票率八十%です」
「しかし八十%という数字は、これまでの市長選挙からすると二倍です。残り一週間はあまりに時間がないと思いますが、実現するための具体策はお持ちなのでしょうか」
「勿論です。それについて本日四時より、会見を予定しております。どうぞ芦川神社境内、特設会場までお越しください」
思わせ振りな笑顔で甲斐が答えた。
「芦川神社、ですか?神社を選挙事務所にしているんですか」
「はっはっは。事務所ではありません。民設の選挙総合案内所とでも言いますか、まあとにかく一度来てみてくださいよ」
女性が相手だと、甲斐は口調が少しばかり芝居がかったものになる。
芦川神社は芦川駅のほど近く、駅前商店街から少し離れた旧海岸線の小高い丘の上にある、古い産土神だ。昔、洪水で芦川の上流からここに漂着し、祀られたという伝説がある。祭神は弥都波能売神と大綿津見神の二柱、境内からは市内のほぼ全域を見渡すことができる。今でも年末年始や縁日には、参拝客で賑わっている。
定石通りの選挙運動をやるつもりのない玲奈は、最初から選挙事務所の看板を掲げないと決めていた。代わりに、そこに来れば市長選に関する情報がすべてワンストップで得られる、選挙情報ステーションの設置をメンバーに提案したのだ。
「誰に入れたらいいか分からない。候補者の違いが分からない。そんな人が多いんですよ。でも毎日忙しいのに、いちいち調べて政策を見比べたりなんて、しないですよね」
差し出されたマイクに向かって甲斐が続ける。
「本来なら選管がやるべきなんです。市長を選ぶイベントなんですから。各候補者が発行するチラシやパンフレットだけじゃなく、市政資料に予算案、議会報告、広報あすとろのバックナンバーと、あらゆる情報資料を公平公正に集めて、市民の皆様をお待ちしております。投票先選択の参考に、どなたでもご自由にご利用ください。そうそう、ひだまりカフェも復活しますよ」
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