第31話 選挙ポスターを貼れ!

 七つ道具の箱を手にして、晴れて候補者となった一歩とわれらがアストロQ団一行は、市役所の出口へと向かって歩いていく。

「半田さん、凄いですね。オレ、通称使用はもうダメかと思いましたよ。よく商標登録なんてしてましたね」

「あらあ、ねえだってそんな昔の辞令書なんて当てになるかどうかわかんないじゃない?やっぱりね特許庁とか国の機関だから権威ある訳よ権威。書類が揃ってりゃお役所は文句ないんだから特に選管は選挙違反さえしなけりゃホントはそんなに厳しいこといわないのよねえチューイちゃんそうだニャー」

 ひとしきりしゃべると、半田はあそうそう、と思い出したように電話をかけ始めた。

「あもしもしー、ただいま無事届け出が終わりました。うんうん、そう大丈夫大丈夫そちらはどうですか?」

「お疲れ様です。宇堂さんから抽選結果の連絡があって、ポスターチームが先ほど出発しました」

 通話の相手は、司令本部が置かれた『ゴン』で待機している大川玲奈だ。

「レンジャー候補の届出順は二番。一番が服部候補、三番が米田候補です。軽石さんはまだ選管に現れていないようです」

 届け出順とは、文字通り立候補届けを出した順番のことだが、実はこれは先着順ではなく、なんとくじ引きで決まるのだ。

 明日登呂市の場合、告示日の朝八時半に各陣営の候補者または代理人が、まず先着順でくじを引く。そしてそこに書かれている番号が、立候補の「届け出順」となるのだ。運次第だが、新聞報道などではこの届け出の順に記載されるため、どの候補者も神経を使う。「考える会」からは宇堂が代理人としてくじ引きに参加していた。

 そして届け出順の番号には、もうひとつ重要な意味がある。それは、掲示板に掲出されるポスターの位置だ。

 市内228ヶ所に設置された市長選ポスターの公営掲示板には、あらかじめナンバーが振ってある。最も目につきやすい右上端のナンバーは1番だ。届け出順で1番を引き当てた候補者が、ここにポスターを貼ることができる。2番、3番も同様で、くじ引きの結果届け出順が決まった瞬間から、228ヶ所にポスターを貼る競争が始まるというわけだ。

 現地に着いたらポスターを取り出して、裏側の両面テープを剥がし、位置を決めて貼った上から四隅を画鋲で留める。一ヶ所あたりおおよそ二分の作業として、228ヶ所で456分。全速力でやったとしても移動を含めて延べ10時間はかかる。選挙の世界では、ポスター貼りの速さは組織の機動力を示す指標と言われており、なかなか貼り終わらない陣営は当選が覚束ないと見なされかねない。単純だが、意外に重要な作業だった。

 望ましい選挙を行うために、あまねく広く、公平迅速に候補者情報を告知するのは、本来的には公の仕事である。公報と同じように、228ヶ所のポスター貼りも選管が行うべきなのだろうが、なぜか候補者任せになっているのが現状だ。

 昨日の討論会が終わった後、玲奈は他の候補者にポスター貼りを共同で行うことを持ちかけた。228ヶ所の掲示板を四陣営で手分けすれば、それぞれ57ヶ所ずつの作業で済む。貼るポスターが一枚から四枚に増えたところで、さして手間は変わらない。浮いた人手を本来の選挙活動に回すことができ、全員が得をする。玲奈の口からこのアイデアを聞いたとき、どうして今まで誰も考えつかなかったのだろう、と一歩は不思議に思った。

 話を聞くと、すぐにトリンプ服部が「そりゃあいい」と同意を示した。

「経営資源は無駄なく有効に使わにゃならん。お前さん、いいセンスしとるな。うちに来んか」

 さすがにビジネスマンだけあって、合理的と判断したら決断が早い。早速お互いのポスター交換と、担当エリアの割り振りに関する段取りを決める。

 米田陣営は、例の最前列にいた市議会議員が応対したが、こちらは「何で対立候補のあんたらに協力せにゃならんのだ」とけんもほろろだった。自前で十分な組織を構える米田陣営にとって、協同ポスター貼りは少しも魅力的な提案ではなかったようだ。

残る重戦車軽石もまた、芳しい反応を見せなかったのは意外だった。軽石本人が難しい顔をして、話を聞いてもしばらく腕組みをしたまま黙考を続け、ようやく「ちょっと考えてからご返答しましょう」と答えた。

 結局、届け出順が決まっても、協同のポスター貼りに同意したのは服部だけだった。両陣営はそれぞれ朝のうちに車にポスターを積載して、明日登呂駅前で落ち合い、そこから東西に別れて既に作業を始めているはずだ。

 それにしても、軽石がまだ届け出に現れていない、というのはどういうことだろう。

「はいはーい、了解でーすじゃあこちらは予定通り今から全員芦川神社に向かいまーすあその前に私は一旦おうちに寄ってチューイちゃんを置いて来なきゃだわ」

「お願いします。レンジャー候補はアストロボートで市内を巡回。できるだけその姿を市民に印象づけてください。四時になったら神社に合流、それまで宇堂さんがナビゲーションに付きます」

 ツンデレナが初めて一歩のことを『レンジャー候補』と呼んだ。

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