第23話 カイゼル総統

 一歩はコーヒーを噴き出しそうになるのをこらえ、真向かいに座るミスターの顔を見た。

「ああ、お越しになられましたか。こちらにお通ししてください」

 ミスターが事も無げに応えると、諏訪部の後ろに立っていた影が狭い扉を抜けて、ずい、と室内に入ってきた。

異世界の軍服と甲冑をミックスしたかのような風体の、酷薄そうな鋭い視線を殊更に強調した青白い顔の大男が姿を現す、という妄想を一歩は一瞬、頭に浮かべた。妄想に反し、そこにいたのはまさに普通の、としか言い様のないただの好青年だった。ベージュのコットンパンツにグレーのボタンダウンのポロシャツを着て、ショルダーバッグを抱えたその青年は整った顔をほころばせ、どうもご無沙汰しております、と丁寧にお辞儀をした。

「遠いところをご足労いただきまして、ありがとうございます。彼がアストロレンジャーになる、大須賀一歩です」

 ミスターは椅子を立って青年と握手を交わし、来客に一歩を紹介した。

「はじめまして。ジャッカー帝国の星野と申します」

彼が両手で差し出した名刺には「株式会社ジャッカー帝国 代表取締役総統 カイゼル星野」と書かれていた。どこから突っ込んだらいいのかわからず戸惑う一歩の後ろで、甲斐がうしゃしゃしゃ、と笑った。

「彼はね、ヒーローショーの専門家だよ」

 ああ、と一歩は理解した。直前まで行っていたミーティングで、一歩扮するアストロレンジャーが登場するタイミングを話し合っていたところだったのだ。討論会が始まり、市長選の立候補者がひと通り意見を出しあったあとで、聴衆に投票へ行くよう促すためのヒーローショーを差し挟む。その流れのまま、アストロレンジャーの出馬宣言につなげる、という段取りが玲奈から告げられていた。

「私ども株式会社ジャッカー帝国は、全国各地のご当地ヒーローをサポートする会社なんです」

 席に着いたカイゼル総統は、コーヒーカップを運んできた宇堂に会釈をすると、一歩に向かって話し始めた。

「公式か非公式かに関わらず、地域で活躍するローカルヒーローというのは手作りで運営されるのがほとんどなんです。予算も限られていて、新規立ち上げの場合はノウハウの蓄積もありません」

 そういう不慣れなご当地ヒーローのアドバイザーとなり、場合によってはプロデュースまで請け負うのが自分たちの仕事だ、とカイゼルは説明した。

「中でも、悪役の派遣は重要な事業です」

「悪役の派遣?」

「ええ。ヒーローを作ったはいいが、戦う相手が設定されていない、というケースが意外と多いんです。敵が不在では、ヒーローの存在意義も半減します。実は、そこが我々の出発点でして」

 ジャッカー帝国というのは、彼が設定した架空の悪の組織なのだそうだ。世界征服から交通違反、ご近所の揉め事まで、依頼に応じて様々なレベルの仮想世界で悪の限りを尽くす。戦闘員から魔人怪人、幹部まで取り揃え、敵キャラクターのセミオーダーも受注する。そう聞いて、一歩は奇怪な社名や肩書きに納得がいった。

「カイゼルというお名前も、芸名というか、ステージネームですか?」

「ええ。本当は星野和之というんですが、普通すぎるでしょ。ジャッカー帝国総統にふさわしい名前をつけました。昔好きだったテレビ番組のヒーロー名にちなんでるんですけどね」

「それじゃ、明日は星野さんのところで敵役をやっていただけるんですね」

「はい。ただし今回来たのは私一人で、あとは怪人と戦闘員の衣装だけです。怪人には私が、戦闘員はこちらのスタッフに入っていただきます。株式会社とはいえ、社員数名の小所帯なもんで」

 今回悪役として登場する怪人は、選挙啓発という目的に合わせ、投票率ゼロ%を画策するその名も「ゼロパー将軍」という。星野が見せたタブレットには、頭の上に巨大なゼロを載せた異様な姿が写っていた。

ジャッカー帝国が所有する怪人の衣装は、基本型をベースとして、目的と予算に応じてオプション改造が施せるシステムなのだそうだ。これにより、比較的低予算で個別の敵キャラクターを製作することができる。あるときは自動車魔人ムボーとして交通安全系ヒーローと戦い、またあるときは沈滞悪魔シャッターガインとなって、商店街振興戦隊を相手にするのだそうだ。

「星野さんには、ショーのサポートだけじゃなく、もうひとつ重要なお仕事をお願いしています」

 手にしたスマートフォンの画面をこちらに向け、玲奈が言った。

「カイゼル総統、すなわち星野さんはローカルヒーロー業界におけるインフルエンサーのお一人です」

「インフルエンザ?」

 ベタすぎるギャグを発した一歩を横目で睨んで、玲奈は画面をスクロールする。表示されたジャッカー帝国総統・カイゼルのSNSアカウントには、一万件を越えるフォロワーが付いていた。

「買いかぶりですよ。インフルエンサーなんてほどの影響力は持っていません。ただ、これまでの活動を通じて、日本全国のローカルヒーローやぬいぐるみキャラクター、そのファンや自治体の事務局担当者等の、ネットワークハブになれたかな、って気はしています」

 説明によると、カイゼル星野はSNSだけでなく全国のローカルヒーロー情報を集約するオウンドメディアを主宰しているのだそうだ。

「オウンドメディアというのは、企業や組織がネット上で自主運営する情報媒体のことです。インターネットが発達したおかげで、僕たちは大手マスコミに頼らずに自前で情報発信ができるようになりました」

 タブレットには「正義の巣窟・悪の巣窟」というタイトルのwebサイトが表示されている。

「テキストコンテンツを中心に、画像や動画を含めたコンテンツをカテゴリーごとにまとめています。ヒーローショー運営ノウハウ、造形ノウハウ、キャラ設定、ストーリー作り、公演告知、といった感じですね。」

 人々の行動はいまや、何においてもまずネット検索を前提とするようになっている。買い物をするにも、どこかに出かけるにしても、肌身離さず携えたデジタル端末にキーワードを入力し、価格や場所を調べたり、疑問に対する答えを求めたりするのが当たり前になった。

「例えば自分の住む地域のヒーローショーを観たいと思ったら、そのヒーロー名と"公演"とか、"ショー/場所"のようにキーワードを打ち込みますよね。その検索に対する結果として、表示される順位が上であるほどアクセスされる可能性が高くなります。このネット検索を意識したコンテンツ、記事の書き方をSEOライティングっていうんですが」

 SEOというのはSearch Engine Optimization、検索エンジン最適化という意味だ。ネットで調べたいことを検索すると、検索エンジンは「このサイトはどうですか?」と順位付きでおすすめ候補を一覧表示してくれる。検索エンジンそのものはアルゴリズムに基づいて自動的にwebサイト情報を収集するプログラムに過ぎないが、その精度は年々向上しており、ユーザーにとって有用と思われる情報をわかりやすく提供するコンテンツがこれまで以上に評価され、上位表示されるようになっている、とカイゼルは説明した。

「そういった視点で続けてきたコンテンツが、いま正義と悪合わせて約400点ほど蓄積されています。その中にはさまざまなキーワードが含まれているので、ユーザーが知りたい情報はたいてい見つかります。全国のヒーロー主催者がライターになって自分たちの公演情報を書き込んだり、ノウハウや背景設定について解説したりしているので、おかげさまでヒーローや悪役など運営する立場の側と、観客として楽しむ側の両方が集まるメディアに成長しました」

「そういうわけで、我々もカイゼルさんのサイトでアストロレンジャーの情報発信をしていきます。すでに明日の討論会に登場する旨のリリースは載せているわ。出馬の件はまだ伏せてるけどね」

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