第6話 出馬!4人目の候補者登場
「会場の皆さんとは後ほど質疑の時間をとりますので、今はお控えください。では続いて、」と討論会の進行を促そうとしたそのとき、客席の後方から突如としてシュプレヒコールが沸き起こった。
「米田市長はアストロプラザの疑惑を説明しろ!」「ひだまりカフェの営業を再開しろ!」何人かが手分けして、ロール状に巻いた横断幕を客席最後部に広げていく。そこには、「ヨネダー市政を許さない!」という筆文字が、強い筆致で大きく書かれていた。
「わたしたちは、ひだまりカフェの再開を要求する市民グループです。市による一方的な契約解除は無効です。すみやかな営業の再開を求めます」
メガホンで口上を述べる痩せて背の高い女性を中央に、五~六人の集団が横断幕の前に並ぶ。
「そして、疑惑を説明する気のまったくない米田市長の、立候補表明撤回を求めます!」
甲斐の采配で落ち着きを取り戻していた館内が、再びざわざわし始める。壇上はと見れば、トリンプ服部はさも愉快そうに無責任に大笑いし、重戦車軽石は同じ姿勢のまま風呂敷包みの上から客席を睨みつけている。米田市長は「まったく・・」と小さくつぶやくと、うんざりした表情で肘をついた右手のひらで頭を支え、うつむいた。
混乱の事態を収拾すべきは主催者に、いまのところは司会の甲斐にその責がある。ところが、甲斐は舞台の袖上方に据付けられた、丸い壁掛け時計を呑気に眺めていた。
「おい。どうなってるんだ。さっさと連中を黙らせて、討論会を続けないか」
たまりかねた最前列の古株議員が椅子から立ち上がり、大声をあげる。
次の瞬間、パン、パパン!とタイヤが爆ぜるような大きな音が舞台の左右に響きわたり、巻きあがった煙の中から異様な姿の怪人が、悠然とステージ上に現れた。戦国時代の武将と西洋の甲冑を合わせたような風体に、鬼瓦によく似たマスク。頭上には銀色に輝く楕円形のオブジェが乗っかっている。怪人は全身黒ずくめの戦闘員二人を従え舞台の中央にゆっくり進み出ると、パネラーに背を向け観客に向かって大げさな身振りで話し始めた。
「ぐはははは。愚かな人間どもめ、聴いてはおられぬわ。こんなくだらない討論会など、何の役にもたたぬ。どうせそれぞれ勝手に言いたいことを言うだけだ。やめてしまえ、やめてしまえ。家に帰って寝ていたほうがいいぞ」
観客は呆気にとられている。観客だけではない。パネラーの三人も口をあけて、突如出現した怪人の背中を見つめていた。
「我輩は悪の権化、ゼロパー将軍だ。選挙なぞやるだけ無駄、ムダ。誰が市長になっても何も変わらん。市民の生活にはなーんにも関係ない。投票に行こうなどと考えている奴はいないだろうな。そんな奴には我輩の無関心光線をお見舞いして、やる気をゼロパーセントにしてやる。そして、投票率をゼロパーセントにしてやるのだ。ぐははははは。」
禍々しい装飾でデコレートされた剣を手に、怪人は舞台を上手から下手へと大きく歩き回る。その後を戦闘員の二人が、周囲を威嚇するように体を低くしたり飛び上がったりしながら付いていく。
「なんなんだこれは。まさかテロじゃないだろうな」
客席で突っ立ったままの議員がうろたえて、壇上の甲斐に見開いた眼を向ける。甲斐は「さぁー?」と無責任に首を傾けた。
そのとき、場内にオートバイのエンジン音と、ブレーキをかけて急停車する音が鳴り響いた。続いてホールの後方、観客席出入り口の観音扉が勢い良く内側に開く。暗い場内にロビーからの照明が逆光になって差し込み、そこに人の形をしたシルエットが浮かび上がった。
「な、何だ今度は」
人型のシルエットは、舞台までまっすぐ伸びている階段中央のスロープを、びよーん、びよよーん、と大股でジャンプしながら降りてきた。電車のパンタグラフのような形をしたものが、足の裏側に付いている。場内の全員が注目する中、謎の人物はステージ直前で大きく体を翻して舞台の上に飛び乗った。着地する寸前に、足裏のパンタグラフが空中で折りたたまれて、ふくらはぎの後ろに収納された。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。アストロシティの自由と正義を護りぬく、アストロレンジャーここに推参!」
メタルホワイトに輝くマスクとボディ。細マッチョな体型に深紅のマフラー。ポーズを決めたその人物は、テレビ画面から飛び出したかのようなまぎれもないスーパーヒーローだ。
戸惑いの入り混じった笑いが場内に広がる。市長選の討論会を見にきたはずなのに、訳のわからない展開が次々と続く状況にほとんどの観客が付いていけないでいるのだ。あまり多くはいない子供たちと、大人ではひとりトリンプ服部だけが、大喜びで怪人とヒーローの対峙に反応していた。
「なにを、小癪なアストロレンジャーめ。貴様なぞ、いまさらお呼びではないわ」
自分もお呼びでないのを棚に上げて、ゼロパー将軍と名乗った怪人は剣を振り上げてアストロレンジャーに襲い掛かる。殺陣師の振り付けよろしく、アストロレンジャーは右に左にこれをかわすと、ゼロパー将軍の腹部を水平にキックした。吹っ飛ぶゼロパー将軍の背中を、戦闘員が両側から支えて転倒するのを防いだ。
「ゼロパー将軍、この会場を見ろ。選挙への関心が低いと言われている中、人々が市長に立候補しようという人物を自分の眼で見極めようと集まっている。悪いがお前の思い通りにはならないぞ」
十分なタメをとった派手なアクションで、アストロレンジャーが両腕を胸の前でクロスする。そのまま右腕を上方に伸ばし、手のひらを会場側に向けて開いた。
「さあ、みんなのパワーをオレにくれ。一人ひとりはたった一票しか持たなくても、集まれば大きなエネルギーになるんだ。いくぞ、アストロショット!」
伸ばした右腕を大きく振り回し、左腕と合わせて球体を作るような形で、アストロレンジャーは悪役の三人にアストロショットなる技を放った。眼には見えない衝撃波を食らった三人は予定調和的にひっくり返り、その勢いのまま舞台下手へと消えていく。去り際にゼロパー将軍が剣を手に「今日はこれで引き上げるが、投票の結果次第ではまた舞い戻るぞ。覚えておれ、アストロレンジャー」と捨て台詞を残していった。
「ありがとう、みんな。市長選挙の投票は八日後の日曜日。選挙権のある人は、アストロシティの自由と正義を護るため、必ずみんな、投票に行こう」
悪の将軍とその一味を撃退したアストロレンジャーは、ステージの中央でポーズをきめる。しょうがないな、というニュアンスを多分に含んだ拍手が、彼に寄せられた。
「はい、我らが明日登呂市の誇るスーパーヒーロー、アストロレンジャーのアトラクションでした。どうもありがとうございました」
それまで司会の役目を放棄していたかのような甲斐が、ここにきてようやく呑気なアナウンスで締める。
「いいかげんにしたまえ。何をやっているんだ、さっきから。選挙の啓発も結構だが、この場は候補者の討論会で主役は我々だ。君もいつまでそこにいるんだ。もういいからさっさと引っ込みなさい」
横道に逸れっぱなしの展開に業を煮やした米田市長が、机を叩いてアストロレンジャーを叱責した。
「お言葉ですが、引っ込む訳にはいきません」
思わぬレンジャーの反応に市長の顔が曇り、額の血管が米の字に浮き出る。
正面に向き直ったレンジャーは、聴衆を前に高らかに宣言した。
「私アストロレンジャーも、この度の市長選挙に出馬いたします」
「おい、今あいつ何て言ったんだ?立候補する、って言ったよな」
トリンプ服部が隣席の軽石に確認する。軽石は腕を組んだまま、むう、と一言だけ答えた。
「ついては投票率八十%を目指しますので、市民の皆さん、よろしくラジャー!」
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