第5話 合併! アストロシティ誕生秘話
「ありがとうございました。ということで以上三人のパネラーの方々が示された方針、このようになりました」
「はい、映像切り替え。フリップ文字出して」
ディレクターの指示で、スクリーンが中継映像から文字表示に切り替わる。その文字を甲斐が読み上げた。
「敬称は略させていただきます。米田『政策の一貫性、連続性、継続性』、服部『パブリック・さあバーンと宣言』、軽石『不正一掃、透明な政治』。三者三様の主張となったようですね。ではここからは、自由討議と致します。発言なさりたい方は挙手をお願いします」
全員の手が一斉に挙がった。甲斐がまず米田を指名する。
「先ほどのお話の中で、私が政権に固執しているかのような指摘がございましたが、これは大変な誤解であります。誰が市長になるのかを決めるのは、有権者の皆さまです。任期中の市政が評価されれば再選続投となりますし、逆に支持を失えば、職から退くことになります。世間では多選に対する批判が少なからず存在することは承知致しておりますが、私は必ずしも悪いことだとは考えておりません。ほかならぬ市民が『続けて市政を任す』と望むのならば、その声に応えることこそが民主主義というものです。現に、私の前任市長は五期二十年にわたり明日登呂市を支えてきた。大いなる功績を残されましたが、時代と人々の要請にしたがって、私、米田にバトンが託されたのです」
「そうじゃあないな。埋立地の開発が一通り終わって土建屋出身の前市長が引退、利権集団にとって御しやすいアンタが、次の駒として代わっただけなんじゃないのかね」
「ふざけたことを言ってはいかん!根も葉もない中傷はやめていただこう」
上からものを言うようなトリンプ服部の不規則発言に、珍しく米田市長が声をあららげた。
服部が言うように、明日登呂市は面積のおよそ半分が埋立地から成っている。市域のほぼ中央を国道が貫いており、それを挟んだ北側が長い歴史を有する旧市街、南側が埋め立てによってできた新市街地だ。そして国道に対して直角に、ちょうど十文字のような形で一級河川の明日川が流れ、これが市域を東西で分けている。以前は川の西側が芦川町、東側が登呂町という名を持つ二つの町だった。両町が合併して新生「明日登呂市」になったのは、三十年も前のことである。
もとは芦川といったこの川の下流域一帯は、江戸時代から農産物・漁獲物の生産地として、また人口の集中する近隣都市部への海上物流拠点として栄えてきた。戦後も芦川河口で獲れる豊富な海の幸を主産業としてきた二つの町に、あるとき突如として災厄が見舞った。上流に位置する化学工場が大規模な廃液流出事件をおこし、川の水質が全面的に汚染されてしまったのだ。豊かだった一次産業は壊滅的な影響を受け、ついには漁業権の全面的放棄を余儀なくされた。
これを機に、街は大きく変貌した。汚染された芦川は県と国の補助を受けて水質改善が進められ、未来に希望をつなげる願いを込めて明日川と改称された。川を挟んだ二つの町は経済の回復と発展を目指して合併することになり、明日登呂と名前を変えて市に昇格した。
主産業を失った街は、代替策として近隣都市部のベッドタウンとなるべく宅地開発を進め、リゾート観光にも力を入れていく。その原資となったのは、莫大な賠償金と国からの交付金だった。国道に沿うようにして広がっていたかつての海岸線は埋め立てられ、おりしもバブル経済期を迎えて分譲マンションやホテル、物流基地などが立ち並ぶ未来型ビーチシティが新しい土地に出現した。発展の裏側で、降って湧いたカネの争奪戦が繰り広げられ、また埋立地には海中の土砂だけでなく日本中からひそかに産業廃棄物が持ち込まれ、埋められたとまことしやかに噂された。前市長の治世二十年とは、そんな時代であった。
一方国道の北、特に内陸側に位置する旧芦川町の駅前地域は、発展から取り残されたように衰退していった。水質汚染事件以前、地域の中心として賑わっていた芦川駅前のアーケード商店街は人影もまばらとなり、シャッターを下ろしたままの空き店舗が目立つようになっていく。埋立地の整備と時を同じくして、川の東側に明日登呂の名を冠した新駅が造られ、商業の中心がそちらに移行した事も大きかった。生まれ変わった明日登呂市の中で、旧市街のアーケードだけが、古い名称のまま残されたJR芦川駅と共に、止まった時の中に今もなお存在している。
市が芦川駅前周辺の再開発に手をつけないでいるのには、もう一つ理由がある。この一帯は道幅が狭く、権利関係も複雑に入り組んでいるうえに、江戸時代から続く旧家や寺社が少なくない。それゆえに地域の合意や意見調整に手間がかかるのだ。米田市長体制になって十二年、『明日登呂市中期基本計画』のもと公有の遊休地が多かった東側エリアを中心に第二次開発が進められてきたのも、このためだったと言われている。服部が口にした利権とは、この開発にかかわる様々な利益誘導疑惑のことを指して言っているのだ。
「根も葉もないというが、市長。火のないところに煙はたたんぞ。アストロプラザの建設と運営を請け負った造田興産はアンタの強力な支援者だからな。昔は埋め立て事業で前市長と組んでずいぶん儲けたと聞いとる。その後アンタに鞍替えして、いまでも公共事業の常連だ」
「お言葉だが、一民間企業の実名を上げてご批判なさるのはいかがかと思いますよ服部さん。あなたは市内でコンビニエンスストアやガソリンスタンドなどいくつも経営なさっているから、利害関係でぶつかる企業さんもおありでしょうが、だからと言って名指しで中傷はよろしくありませんね」
米田市長は冷静さを取り戻し、落ち着いた様子でトリンプ服部に反論した。客席からも、そうだそうだ、と野次が飛んだ。
「ならば私が指摘した『ひだまりカフェ』撤退について説明していただこう」
重戦車軽石が横から、しかしルールに従って挙手をしてから早口で言った。
「確かに、ひだまりの契約は二年更新で見直すことになっていた。だが、開業以来多くの市民に愛され、親しまれていた彼らとの更新を打ち切る理由は何もないはずだ。利益が出ていないというが、赤字ではない。そもそも市とは営業スペースの賃貸契約なんだから、滞りなく家賃を支払っている以上落ち度はないはずではないか」
アストロプラザを訪れる人々に喫茶軽食を提供するサロン「ひだまりカフェ」は、全国規模で飲食サービスを展開している某企業に委託して運営されていた。障がい者雇用の推進にも一役買っており、駅に近いこともあって市民は特にプラザに用がなくとも待ち合わせに利用したり、ティータイムのひとときを過ごしたりしていた。
「ひだまり側は当然、契約が更新されるものと思っていた。ところがその意向に反して、一方的に打ち切りが決まった。いまガランと無駄に空いているその跡地に、またもや造田興産系列の事業者が店舗を開設するという噂が出ているが、このことをどう説明なさるのか」
客席にざわめきが広がる。ひだまりカフェでは閉店の直前まで、市民有志たちの手で存続を嘆願する署名運動が自然発生的に起きていた。署名数は数千にも上ったが、当局はその声を完全に黙殺した。「さよならカフェ」と題された最後の一週間にはのべ二千五百人の利用客が集まり、拍手のうちに営業が終了したのだった。その場にいた人々の何人かは、おそらくいまこの会場にも集っているはずだ。
ざわつく観客を前にしても、米田市長はまったく動揺する様子を見せなかった。
「ご指摘のアストロプラザ一階、当該遊休スペースの契約に関しましては、当初の契約事業者との間で滞りなく契約期間を満了致しました。その後については、白紙の状態から適切かつ合理的に利用法を決定すること、としております。所管部署で候補案が検討されておりますが、具体的にどうするか、はまだ決しておりません」
その通り、と客席前列から再び声がかかる。まるで歌舞伎の人気役者と大向こうの掛け声のようだ。
「何がその通り、だ。言いたいことがあったら堂々と言ったら良かろう。議会でろくに質問もせずバカみたいに野次ばかり飛ばして、ここでもまた同じ態度かアンタ」
掛け声の主、米田市長派と目される古参の市議会議員に軽石がかみつく。二元代表制に基づく地方議会では、国政と異なり本来的に与党・野党の区別は存在しない。しかし多くの自治体と同様に、市長に追随し事実上与党会派となる議員は明日登呂にも少なからず存在していた。軽石から野次をたしなめられた議員は、壇上に向かって「バカとは何だ、バカとは!行政の方針に何でもかんでも反対しおって。そっちこそ反対バカの一つ覚えだろうが」と激昂した。
「四次元フロシキだなんだと呼ばれていい気になっているようだが、どうでもいいことにいつまでも食い下がるおかげで毎度毎度議会が長引いて、肝心の審議がまったく進まないじゃないか」
「わっはっは。お前さんどうせいつも居眠りしとるじゃないか。たまに発言するかと思えば市長のヨイショだ。楽な商売をしとるなあ。そんなことだから痴呆議会、無能議会と言われるんだ」
よせばいいのにトリンプ服部が横から茶々をいれる。
「な、何を言うか。議会侮辱だぞ。取り消さんか、万年落選組のくせに」
チンチン、とベルを鳴らし、甲斐がストップをかけた。
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