第4話 激論! 政策提示
「おかしいじゃないか。そんなこと言ってたら政権交代など永久にできないことになる」
口を挟んだのはデモクラシー重戦車こと軽石だ。
「自分が市長をやり続けなけりゃ施策が中途半端になるだなんて、それこそ民主主義を否定した発言だ」
「ですから、四年に一度の選挙で審判をしていただく、と申し上げております」
軽石に反論しようとした米田を制して、甲斐がストップをかけた。
「申し訳ありません、まずはパネラーの皆さんからお話を一通りうかがってから討議に入りたいと思います。よろしいですか?ではパネラーのお二人目、服部十三さんお願いします」
服部は待ち構えていたように勢い良く起立した。
「レディース、アンド、ジェントルメン。私が、私が服部十三です」
六十代半ばの服部は、パネラーの中で最年長である。しかし豊かな頭髪と堂々とした大きな身体のせいもあって、実際の年齢よりも若く見える。
「これまでの選挙に続き四度目の出馬ということで、不屈のチャレンジャー・アイアンマンというニックネームを頂戴した。しかし、いつまでもチャレンジャーの立場に甘んじているつもりはない。そこで、私のことは『明日登呂のトリンプ・マクドナルド』と呼んでいただこう」
服部は左手を胸に当て、某国第四十五代大統領の名を挙げた。
「不動産王にして、はっきりモノを言い民衆に明確な道を示す政治家トリンプを、私は尊敬する。ま、本家と比べるとスケールは若干小さめだが、不肖服部もまた我が街明日登呂を拠点とする実業家であり、政治に多大なる熱意を持っておる。それに、聞くところによると、トリンプという言葉には本来『大勝利』という意味があるそうじゃないか」
服部はにやりと笑った。どうやら、複雑で珍妙な彼のヘアスタイルは、トリンプ大統領に倣ったものらしい。そういえば紺のスーツに赤いネクタイも、トリンプが大統領選で勝利宣言を行ったときと同じ服装だ。登場時からの大げさな身振りも、本家大統領を念頭に模倣しているのに違いない。
「さてそこで私が市長として掲げる一言だが、それはもうこの一言に尽きる」
不屈のチャレンジャー改め明日登呂のトリンプが立てたフリップには、大きく「パブリック・さあバーンと宣言」と書かれていた。
「市長は公職である。公職にあるものは広く民衆の声を聴いて、ビシッバシッと素早く判断をしていかねばならん。企業の経営と同じことだ。経営をやったことのない素人に、的確な指示はできない」
トリンプ服部は、隣席に座る米田に視線を移した。ただでさえ大柄な服部が座る米田を見下ろす形になり、その構図が大きくスクリーンに映し出される。意識してのことかどうかはわからないが、自らを優位に見せるビジュアル効果というものを服部は会得しているようだ。米田の方は黙殺を決め込んでいた。
「どこかの市長のように、自分の意に沿う意見しか聴かないようではダメだ。そこで、市内のあちこちに目安箱を設置する。市長室には、直通電話ホットラインを置く。市にやって欲しいことがあったら私に直接言っていただこう。さあ、バーンと言って欲しい。強力なリーダーシップで、さあ、バーンと解決しよう。道路がガタガタだ、よしすぐに埋めろ!公民館が狭くて困る、よしすぐにとりかかれ!この服部が、迅速的確に指示を出し、役所の現場の尻を叩いてドンドンやらせよう」
話しているうちに熱を帯び、服部は長い腕をオーケストラの指揮者のように振り回して演説する。
「そうだ、いっそのこと市長室を市役所の一階正面に持ってこよう。受付の隣に市長室。ドアが開いたら五秒で市長、だ。うん、これはいい。これが私の『パブリック・さあバーンと宣言』であります」
言い終わると、服部は決めポーズのつもりか力強く右腕を振り下ろし、前方を指差した。その瞬間、持ったままだったフリップが彼の手から離れ、客席にすっ飛んでいった。
「あ」
服部が声を上げると同時に、甲斐のベルがチンと鳴った。
「はい、服部さんありがとうございました。フリップはスタッフが回収いたしますのでどうぞお座りください」
「市長への手紙制度も、公聴パブリックコメントの制度もすでにちゃんとあるんですよ。ご存じないとは驚きです。市庁舎1階のガラス張り市長室だって、既に前例がある。目新しくもありません。よくそれで立候補を決められましたね」
やや高めの良く通る声で、呆れたように米田が言った。
「しかもパブリックサーバント、公僕というものを勘違いしておられるようだ。市民の頼みをハイハイと聞くだけの御用聞きなど、今の時代の政治家がやる仕事ではない」
「な、何だと。独裁市長が何を言うか」
「はい、そこまでです。議論は後ですよ」甲斐が間に入ってとりなす。
「それでは三人目、前市議の軽石さん、どうぞ」
隣に座った服部の巨躯に比べ、軽石の体格は小柄だ。しかし猪首気味の顔の中心に光る両の眼が、エネルギーにあふれている。公職選挙法に基づき、自動失職する前にあらかじめ市議を辞したという彼が取り出したフリップには『不正一掃、透明な政治』と書かれていた。達筆とはお世辞にも言えないが、その眼と同じく力強さを感じさせる太い筆致だ。
「市の業務は、公の財産を使って執り行われる。重要なのは、そのプロセスが公正かどうか、だ」
軽石は手にしたフリップボードで机をタンと叩いた。
「私は今期、市議を辞める直前まで不正を追及し、議会で数々の質問を行いました。特に重視したのが、公共事業の入札と、業者の選定です。我が明日登呂市においては、市の進める公共事業のほとんどが指名競争入札で行われ、平均入札率は実に九十七パーセント以上という結果になっている。どうですか。談合がなされているとしか思えない。」
軽石は客席前列に陣取る集団を一瞥した。
「そもそもこの会場、アストロプラザの建設経緯にしてからが、疑惑だらけであることは市民の皆さんもご存知でしょう。ここはもと県有地であった土地を、二十年前の鉄道駅整備の際、病院建設を前提として市に払い下げられた。その後隣接自治体と共同運営の広域病院ができたため土地の利用が宙に浮き、一時的に駐輪場ビルが建てられた。問題はその後です」
軽石の手元に置かれた風呂敷は、彼が議会に出席するときも常に傍らに携えているものだ。議会答弁の際にはそこからあらゆる資料を引き出して、当局の矛盾を細かに突くところから「四次元フロシキ」の異名がつけられていた。
「前回の選挙で米田市長が三選された直後、どういうわけか地元の造田興産という私企業にこの土地が格安で提供された。アストロプラザ建設計画の始まりです。四十億円の総工費のうち、駐輪場の解体費用と建設費の一部にあたる二十五億を市が負担した。その上、市はアストロプラザの賃借料として向こう二十年間、造田興産に家賃を支払い続けるという。その額なんと年間一億四千万円。いったいどういうことなのか」
正当な手続きを踏んでいるんだ、何の問題もない、と客席前列から声が飛ぶ。
「ではどうしてこの件で資料開示請求をかけると、当局から真っ黒に墨塗りされたノリ弁状態でしか出てこないのだ。契約に関する核心部分の議事録は残されていないのだ。それだけじゃないぞ、一階に入っていた『ひだまりカフェ』に難癖つけて、市は一方的に追い出した」
甲斐の手元でベルが鳴らされた。だが、これまでに比べて音が弱い。
「人聞きの悪いことを言うな。契約更新にあたって委託先を変えただけのことじゃないか。民間の福祉事業者といえども、業績のあがらないところに継続して任せるわけにはいかないからな」
最前列で腕組みした男が悪びれずに応答した。こうなるともはや野次ではない。ステージの上と下で議論が始まりそうになったところで、ようやく甲斐が発言を制止した。
「はい、時間オーバーです。軽石さん、一旦収めてください」
「最後にひとつ。そういうわけだから、何よりもまず情報公開を進めて意思決定のプロセスから見えない部分をなくす。これが私の政策方針だ」
それだけ言うと軽石は四次元フロシキの上に手をおいて、前のめり気味の姿勢で自席に腰をおろした。
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