第3話 登壇! 3人の立候補者

 演台に設置された透明アクリル板の向こう側から、甲斐が高らかに宣言する。と同時に、照明が明滅しステージ両脇から勢い良くスモークが噴き出した。 BGMが重低音の効いたヘビーメタルに変わり、甲斐が声を張り上げる。


「さあ、いよいよパネラーの登場だ。最初に現れたのは、おっと、現職三選歴戦のツワモノ、数々の業績を誇り群を抜くその存在感。まさに明日登呂最強伝説、鎧袖一触一触即発、ザ・ビッグマン。現職市長だ、米田なおき!」


 派手ではあるが意味のよくわからない絶叫コールにタイミングを合わせ、舞台右袖に設置された入場ゲートから再びスモークが噴出する。もうもうとした蒸気煙の中から姿を現したのは、不機嫌そうに眉を寄せ右手の指でメタルフレームの眼鏡を押さえた現市長の米田だ。市民の前に出るときはいつも笑顔を絶やさない米田だったが、プロレスのごとくショーアップされた過剰な演出をあまり歓迎していないのだろう。硬い表情のまま、ステージ中央に設けられたテーブル席に進み、自身の名が書かれた場所に腰をおろした。それでも、座る直前に観客席に向かって深々と一礼するのを忘れてはいない。会場の、特に前席を占める一団を中心に拍手が巻き起こる。


「続いての登場は、明日登呂財界の大立者にして市政に飽くなき情熱を注ぎ続けるこの男。燃やすぞ闘魂・不撓不屈のチャレンジャー、アイアンマン服部十三だ!」

スモークの中から、満面の笑顔を湛えて両手を大きく振った服部十三が登場した。米田と異なり、派手な演出のスタイルは彼の好みに合っているらしい。大柄な身体を上等そうな紺のスーツに包み、ひねりとねじれを複雑に組み合わせた不思議なヘアスタイルをした服部は、両手を掲げたままゆっくりと舞台を横切ると、ボクシングのファイティングポーズを真似て自席に着いた。そして慌ててもう一度立ち上がり、一礼してから座りなおした。着けているマスクはなんと星条旗柄だ。


「さあ三人目の登場だ。不正も秘密も許さない、無駄な税金使わせない、反骨の直言居士が市議の職を辞してついに市政に王手をかける。人呼んでデモクラシーの重戦車・軽石だいち!」

 紹介コールが済むのを待たずに、軽石が風呂敷に包んだ書類の束を脇に抱えて現れ、一直線に自分の席に突進する。タイミングを外したスモークが、空しく無人のゲートに噴き付けられた。会場に向けて軽く会釈をすると、軽石は風呂敷包みをテーブルにどさりと乗せて、強い眼力で前方を見据えて座った。米田に匹敵する大きな拍手が、今度は会場後方から響き渡った。


 BGMの音量が下がる。

「さあ、ついに始まりましたザ・トークバトル・オブ・アストロシティ。私は総合司会、『明日登呂の未来を考える市民の会』の甲斐元治と申します」

候補者入場ゲートの反対側、舞台向かって左袖近くのMC席に移動した司会の甲斐が言葉を続ける。

「換気と消毒、ソーシャルディスタンスに配慮してお送りしている本日の討論会の模様は、インターネットを利用した動画配信サービスの協力により、全国いや全世界に向けて生放送でお送りいたしております。皆様お手持ちのパソコン、携帯端末はもちろんのこと、市内公営施設に設置のハイビジョンモニターでもご覧いただけますので、ご用とお急ぎの方もどうぞご覧ください」


「はい、メインカメラ切り替え。司会をアップで」

 観客席中段には、音響や照明のコントロールパネルをしつらえたディレクター席が設けられている。そこに座った細身の男は、冒頭のカウントダウンと同じ落ち着いた声で、ヘッドセット越しにスタッフに指示を出した。甲斐の姿がステージ中央に並んだ候補者三名の後方、大型スクリーンに映し出される。動画配信クルーが撮影する討論会の模様が、プロジェクターを通してスクリーンに投影されているのだ。


「会場の皆様、そしてパネラーの皆様、ようこそお越しいただきました。明日登呂市長選挙は明日が告示日となりますので、立候補の意思を表明されているこちらの三名は、現時点ではあくまでまだ『立候補予定者』であります。そこで本日は一様にパネラーと呼ばせていただきます。明日登呂市の未来のために、有意義な意見交換ができますことを大いに期待しております」

 甲斐は自分の目の前に置かれた手押しベルを、チンッと一度鳴らした。

「公平を期すために、パネラーの皆さんの発言は時間を限って、私のベルの合図に従っていただきます。さて早速ですが、皆さんには自己紹介の代わりとしまして、ご自分の市政に関するビジョンを一言、フリップに書いていただいております。こちらについて、お一人二分の持ち時間でご説明をお願い致します。ではトップバッターの米田市長から、どうぞ」


 甲斐は再び机上のベルを叩いた。ステージ奥のスクリーンに、米田市長のクローズアップが映し出される。その表情は登場した際の仏頂面とはうって変わった、いつものにこやかな微笑に戻っている。

「米田でございます。はじめのご紹介でも触れていただきました通り、市民の皆さまのご支援を賜りまして、これまで三期十二年にわたり、様々な政策を展開することができました。特に二期目に作成いたしました『明日登呂市中期基本計画』では、過去に例を見ない三百人規模の市民委員会を招集しての提言、という偉業を成し遂げてのことでございました。これに基づき、わが市では子育ての支援、住環境の整備、市街地活性化、産業振興といった多くの施策を実施、市民の皆さまの福祉向上に資することができた、と自負致しております」

 会場から再び拍手が起こる。客席前方に陣取っているのは、どうやら米田市長を支持する後援会グループだ。


 スクリーンは米田が掲げたフリップをズームする。そこには「政策の一貫性、連続性、継続性」と書かれていた。

「市としての事業は、通常は単年度で予算化して進めて参ります。しかしながら、基本計画に示されるビジョンというものは、将来的な人口の推移や産業構造の変化など諸々の要素を見越しまして、中長期的にプランニングされております。そこには、現状を踏まえつつ年度を越えて先までしっかりと見通す視座が不可欠であります」

 三度の拍手。米田が話に間を置くとすかさず合いの手のごとく拍手が差し挟まれる。図ったような連携である。


「市長という職務は、四年に一度市民の皆さまから選挙という形で審判をいただきます。ここ四年の私、米田の舵取りは、過去から現在そして未来までを見据えたものであり、いまだ完成への道半ばでございます。もしこの流れをここで断ち切ってしまったら、これまで築いて参りました施策の効力が半減してしまいます。これは、市民三百人委員会の成果をも否定してしまうことにもなりかねません」

 ここで甲斐のベルが軽快な音を立てて鳴った。

「はい、制限時間いっぱいです。米田市長、ありがとうございました」

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