第2話 開催! 市長選討論会

 例えば原子力発電所とか、あるいは米軍基地の問題とか。

街を二分する政治的な問題でもない限り、地方都市の市長選投票率なんてたいして上がらないものだ。関東地方の大都市に隣接するここ明日登呂市でも、八日後に控えた市長選の投票に向けて盛り上がる気配は、市民の間にほとんど見られない。市営の多目的ホール「アストロプラザ」では三人の候補者を迎えての市長選討論会がまさに始まろうとしていたが、集まった聴衆はせいぜい会場の三分の一を埋めるにとどまっていた。


「別に構わないわよ。今日の目的は集客じゃないから」

 入りが少ないなあ、とぼやいた甲斐元治に、黒のタイトスーツに身を包んだ大川玲奈があっさりと答えた。

「ライブ映像はネットで配信するんだし、地元マスコミも呼んであるからまずはそれで十分よ。状況は明日の告示日から変わっていくわ」


「そりゃそのつもりだけどさあ」

 緞帳の端から会場を窺う甲斐は、少し残念そうな表情を浮かべていた。感染力の高いウイルス性疾患が世界的に流行して以来、人の集まるイベントは開催が難しくなっている。出入口に消毒液を設置してマスク着用を義務づけ、さらに座れる座席を一つおきに制限しているため、会場はたとえ満席になったとしても通常の半分だ。

金色ラメのジャケットに赤く大きな蝶ネクタイを締め、同じく真っ赤なボストンメガネ。バラエティ番組の司会をする時代遅れの漫才師のような格好だ。


「革命は案外密やかな波から始まるものよ」

「ちょっと、またそんな過激な」

 何か言いたげな甲斐を無視して、玲奈は無線のヘッドセットマイクに向かい、準備はいい?と呟いた。

「OKです。じゃ、始めますよ」ヘッドセットから男の声が返ってくる。続いて三、二、一、とカウントダウンが聞こえ、会場に勇壮なファンファーレが鳴り響いた。テレビの討論番組でよく耳にする類の、高揚感のある行進曲だ。


 集客、と玲奈は言った。そう、今までの地方選挙に欠けているのは、有権者を”客”として認識する視点だ、と彼女は考えている。投票に行くのは市民の権利だ、棄権するのは国民の義務の放棄だ、といくら正論を説いたところで、関心を持たない人々は投票所に足を運ばない。日々の仕事や生活は忙しく、やらなければならないことは他にいくらでもある。選挙なんかに興味を持つのは時間に余裕のある高齢者か、一部の「意識高い系」と言われるヒマ人たちくらいのものだ。


 多忙かつ刺激に飽いた人々を反応させるには、もっと新しい面白そうな仕掛けを用意しなければならない。選挙そのものを人々の関心の真ん中に位置付け、ことによると自分の投じる一票が結果を左右するかもしれない、というわくわくするような手ごたえを実感させなければならない。

市民有志が設立した「明日登呂の未来を考える市民の会」定例ミーティングに突如現れた玲奈が、選挙にはエンターテイメントが必要だと力説し、一連のプランを開示した時から、会のメンバーは市民を客として市長選挙に惹きつける方策をずっと考え続けてきた。その手始めが今日の討論会なのだ。


「よっしゃ、行くか」

 自らに気合を入れるように甲斐は両手で頬をぴしゃりと挟み、ラメのジャケットを照明にきらめかせながら舞台へと進み出て行った。

「大変長らくお待たせいたしました。ただいまより明日登呂市長選挙・立候補予定者による討論会『ザ・トークバトル・オブ・アストロシティ!』を開催いたします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る