第11話 指揮官フクロウへの報告(流星side)

 被っていた仮面が落ちて素顔が顕わになった。

 視界が広くなったおかげで、状況が追い込まれているのがよく分かる。


「動くなっ!!」


 河本がドスを取り出して、カガミの首元に突き付ける。

 人質に取ったとみていいだろう。


 流石にヤクザだけあって、武器を多く所持している。

 異世界人が侵略してから武器が警察関係者以外にも流通するようになったとはいえ、こうも簡単に武器を持ち出しているとは。


 もう自分が助かる気はなさそうだ。

 つまり、こちらが不用意に動けば、脅しではなく本気で人質を殺すと考えていい。


「…………」


 ドスを持ち出しということは、もう飛び道具はないはずだ。

 ならこっちの方が圧倒的に有利だ。


 人質となっているカガミが変なことさえしなければ、スマートに依頼をこなすことができる。


「エイジさん? なんで……?」


 カガミは驚愕に満ちた瞳でこちらを見てくる。


 そうか。

 仮面が取れたせいで自分の正体がバレてしまったのか。


 アンダードッグは潜入捜査もする。

 正体を隠すために仮面をつけていたのだが、重要人物に顔を見られたのは失態だ。


「生きて? いや、それよりも、なんであなたがその仮面を被っているんですか?」

「俺がお前を利用していたからだ」

「――――っ!!」


 今俺の口から聴いてようやく理解したようだった。

 自分が裏切られたことを。


 全ては任務の為の演技。


 平野鏡という人間が夢を見てこの墓多市に来た愚か者だということは調べがついている。

 だからその能天気さを利用して近づいたのだ。


 俺の姿を見てすぐに察せない愚鈍さからも、こいつの頭の悪さが滲み出ている。


「俺の任務は人身売買組織を潰すことだ」

「だから、私に近づいたんですか!? どうして!?」


 異世界へ人的資源を密輸する組織が亀終組であることは分かっていた。

 だが、証拠がなかったので今まで壊滅させることはできなかった。


 証拠を見つける為に、警戒の少ない人間を監視することになった。

 それが亀終組と繋がりのあった外部の人間である遠藤という男だった。


 遠藤を常に『アンダードッグ』の下の人間達がマークし続けていた。

 そして、パーティが壊滅する危機の知らせを聞いた俺は、何か証拠が出てくると思い出動した。


 そして、平野鏡という人間と接触したのだ。


 遠藤の姿はダンジョン内にいなかった。

 このままではまた捜査は振り出しに戻ってしまう。

 だから平野鏡という人間を餌にして、遠藤、そしてその背後にいる亀終組を釣ることにしたのだ。


 彼女の信頼を得る為に偽の人格を形成し、近づいた。

 そして彼女の行動を誘導したのだ。


「お前が一番利用しやすかったからだ」

「なんで、他の人は……なんで私の仲間を殺したんですか……」

「あいつらは共犯者である可能性があった。実際に奴等は人身売買に協力していた。生かす意味はない」

「でも、そうじゃない可能性だってあった!! 何も知らない可能性だって!! なのに!!」


 桐山、そして遠藤を殺したことに対して憤っているのか。

 自分が彼らに殺されかかったことを忘れているらしい。

 純粋にかつての仲間を殺されたことが我慢ならないらしいな。

 だが、


「そんなこと俺にはどうでもいい」


 カガミの気持ちがどうなろうが知った事ではない。


 銃を撃つのに一々標的の気持ちになっていたら、引き金は引けない。

 そして犯罪者も裁けない。

 犯罪に加担している人間に同情していたら、その時間分、被害者は増え続けるだけだ。


 何の罪もない人間達が拉致され、異世界人にいいように使われている。

 そんな非道な真似を放置する方がよっぽど問題だ。

 それに、


「お前が強ければ、お前の仲間は死なずにすんだんじゃないのか」


 俺が悪いんじゃない。

 仲間を守れなかったカガミが悪い。

 当たり前の話だ。

 自分が弱いせいで生まれた犠牲を人のせいにしないで欲しい。


「それは……」

「強くなければ奪われる。だから俺達は力を手に入れなければならないんだ」

「それが異世界人の飼い犬になることなんですか」

「――手段の一つということだ」


 これ以上奪われない為なら、守るべき民衆から異世界人の犬と罵られようとも構わない。

 俺はそれでもこの世界を守りたいのだ。

 そのためには、害をなす奴は邪魔だ。


「おい、お前、その銃を下せ。こいつが死ぬぞ」


 いい加減、痺れを切らしたようだ。

 いつ刺してもおかしくない。

 河本の眼が血走っている。


「そっちこそさっきみたいに逃げたらどうだ? それとも逃げられない訳でもあるのか?」

「五月蠅い!! お前は早く武器を捨てろ!!」


 何度もワープが出来る訳ではないみたいだ。

 そんな便利なスキルがあったなら、もっと偉い地位にはいるか。


 スキルで逃げることができないのなら、追いつめたも同然だ。

 ただ、追いつめられた獣は何をするか分からない。


「アンダードッグだあ? なら、俺達と同じようなもんだろうが!! 何故邪魔をする!!」

「お前らみたいな犯罪者と同じにするな。俺達は犯罪者を狩る側の人間だ」

「ふざけんな!! お前らは異世界人に尻尾を振った飼い犬だろうが!!」

「……俺達が飼い犬なら、お前らは異世界人に取り入って金を貰っている寄生虫だな」

「――いい加減にしろ」


 刃先を首元に突き付ける。


「――いっ」


 小さく痛みを訴えたカガミの首から、スゥ――と血が流れる。


「お前らお仲間かなんかなんだろうが!! さっさと銃を下せ!!」


 ここで銃を下しても事態は好転しない。

 そのことは分かっている。

 だが、任務の為には、彼女を生かした方がいいはずだ。


「エイジ、さん……私……」


 涙を浮かべるカガミの瞳には、信頼の光があった。

 まだ俺のことを信じているらしい。

 その気持ちが、


「本命は釣れた。もうお前に価値はない」


 本当に気持ち悪かった。


 俺は引き金を引いた。

 胸を撃たれたカガミはあっけなく倒れる。


「あっ……!」


 自分が撃たれたことを信じられないような眼で、ずっとこちらを見ていた。

 まるで殺した俺を呪うようだったが、もうそんな視線で見られることには慣れている。

 何も感じない。


「クソガアアアアアアアアアアアッ!!」


 河本の眉間に銃弾を撃ち込む。

 小さく何かを呟くとあっけなく倒れた。


 本来だったら生かしてもっと情報を吐かせたかったが、こいつの執念とスキルは危険だ。

 生かしておくと脅威になりかねない。


 ただ、こうなると色々と後始末をしてもらわなければならない。

 交通規制や情報操作は俺の担当じゃない。

 これからの仕事量に頭を抱えるのは上司の役目だ。


「ふー」


 嘆息を吐きながらスマホを取り出すと、数少ない連絡先から一人の女性のコードネームで指が止まる。


 階級は同じ大佐ではあるが、立場はあちらの方が上だ。

 俺達アンダードッグの指揮権を持っている人間。

 そいつに電話をかける。


「……終わったぞ」

『ご苦労様だね、流星。すぐに応援を呼ぼう。怪我は?』

「特にない」


 俺は防弾チョッキを着込んでいた。

 それに、俺のスキルのお陰で大きな外傷は受けづらくなっている。

 だから任務の際に大怪我をするのはそこまで経験がない。


 それに、


「あいつのお陰でな」


 例え怪我をしていたとしても、カガミのスキルで傷跡なんて残らなかっただろう。

 凄い魔力量だった。


 あれだけの魔力量を持ちながら、パーティ内ではお荷物だったとは信じられない。

 才能だけはピカイチだが、それを生かし切れていなかったとしか思えない。

 それともあれはまぐれだったのか。


『そうじゃない。平野鏡だよ。死んではいないだろうね?』

「…………」

『なぜそこで黙るんだ!! まさか殺していないだろうね!!』


 任務が始まる前に平野鏡は極力生かせと言う命令が出されていた。

 そんな命令は普段ない。

 だからこそ任務の難易度が上がったのだ。


 こちらの苦労を考えて欲しいものだ。

 せめて、いい加減理由ぐらいは教えて欲しい。


「その前に、何故この女を殺してはいけないか教えろ」

『君は上司への口の利き方がなっていないようだ。君がそうやって自由に振舞えるのは、私が上の連中宥めすかしていることを忘れないようにね』


 別に頼んではいない。

 自分がやりたいから勝手に面倒事を背負いこむだけの性分なのだ、こいつは。


「そうだな……」


 俺はカガミの身体を蹴って転がす。

 仰向けになった彼女を見ると、胸が上下している。

 呼吸しているようだし、それに、傷口が猛烈な速度で塞がっているのが視認できる。


「やはり、自分にだけはスキルを最大限使えるみたいだな」


 確証はなかったが、やはり銃弾で撃ったぐらいじゃ、こいつは死なないようだ。

 スキルを使い過ぎて体力がない状態だったならばここまでの回復量は見込めない。

 だからこいつが死ぬかどうかは一種の賭けだったのだが、生きていたらしい。


 これからのことを考えるとこいつは運がいいのか、悪いのか。

 どっちか分からないな。



『何か言ったかな?』

「生きているといったんだ」

『ならばいい。手筈通り、彼女に交渉を持ちかけたまえ。やり方は君に任せる』


 無理を言う。

 こいつは、いつだって現場にいる人間の苦労を分かっていないのだ。


「正気か? こいつはもう使い道なんてないぞ」

『それを決めるのは君じゃない。私だ』


 こういいだしたらもう言う事を聞かない。

 組織内だと長い付き合いなので、こいつのことはよく分かっている。

 だから言う通りにしてやろう。


「了解した。――『フクロウ』」


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