第12話 癒し手から生まれる復讐の気持ち(流星side)
平野鏡が意識を取り戻した。
「え?」
小さく呟くと周りを見渡す。
コンクリートに囲まれている殺風景な風景が瞳に映っているだろう。
ここがどこだか分からないようだったので教えてやる。
「アンダードックの基地だ」
「エ、エイジさん……」
替えの仮面はあるが、今はつける必要はない。
素顔のままカガミと接する。
だが、今までと違うのは表情だ。
強張っていて、声質が硬い。
どうやらここに至るまでの事態を思い出したようだ。
ただただ優しいだけの理エイジは存在しない。
ただの幻の存在だったのだ。
俺は異世界人の犬。
冷酷に人を殺す男だ。
「私はどうなるんですか?」
「そうだな……」
周りをキョロキョロしている。
自分達以外の人間がいるかどうか探しているんだろうか。
他には人はいない。
だが、ガラス張りの向こうから姿が見えないように見ているメンバー、監視カメラを覗いている奴もいるだろう。
フクロウも観ているだろう。
奴の言う事を守るとするか。
「さて、お前の選択肢はそれほど多くない」
俺は拳銃を向ける。
選択肢を提示するが、そんなものあってないようなものだ。
「ここで俺に殺されるか。それとも、俺達の仲間になるかだ」
「仲、間?」
「俺の正体をお前は知っている。消されない為には俺達の組織に入るしかないが、どうする?」
「…………」
これが『フクロウ』から出された指令だ。
平野鏡を仲間に引き入れる。
いくら『アンダードッグ』の世間のイメージが最悪で万年人手不足といっても、カガミを入れてどうするのか。
それを末端の俺が考えを巡らせても無意味なことだ。
膨大な魔力量による類まれなる才能を見込んで、将来性に賭けているといったところだろう。
「もう、いいです……」
「何?」
「もう、疲れました。生きるのに疲れました」
二つ返事で仲間に入る選択をすると思っていた。
分かっていないのか?
これは脅しじゃない。
本当に殺さないといけない。
いくら『フクロウ』の指令とはいえ、秘密は絶対だ。
もしもこいつが俺の誘いを断るのならば、口封じは必ず行わなければならない。
横目でチラリと周囲の様子を伺うが、特に動きはない。
止めないということは、やはり上の考えも俺と同じようだ。
もしもこのままカガミが生きることに執着しなければ、俺が手を下さなければならない。
今、ここで。
「これで終われるならもういいです。私にはもう何も残っていない。生きる目的がない。だから死にたいです」
「……そんなに死にたいのか」
「私は死ぬのが怖いから生きていただけですよ。飛び降りたり、自動車に轢かれても死なないかもしれない。生き残ってしまったら、それだけ痛みに耐えなきゃいけないんですよね? だったら、その拳銃で頭を撃ち抜かれたら苦しまずに死ねるんですよね?」
自ら死のうとして助かってしまうケースは多い。
日々医療技術は日進月歩している。
それに、スキルが発現するようになってからは、通行人が気軽に他人を癒すようになった。
そのお陰のせいか、事故での死亡率は近年下がっているらしい。
余計に自殺しづらい世の中になった。
「死ぬ目的はあるような口ぶりだな」
「ありますよ。これは復讐です」
ずっと死ぬことを考えていたかのように目的がすぐに口をついて出て来た。
生きることに普段から絶望していたんだな。
「私が死ぬことで親が少しでも動揺したらいいんです。できれば、親の束縛のせいで自殺したって遺書を残したかったんですけど、それも無理そうですね。私が死ぬことで親に復讐できるなら、それが私の死ぬ目的になれます」
親と仲が悪いから家出した。
そんな風に調べがついている。
だが、これほどまでに親との溝が深いとは。
普段は普通の人間なのに、親の話になると狂気じみている。
「これでやっと私は、私の人生に意味を持たせることができます」
晴れ晴れとしていた顔になっていた。
死ぬのが怖くない。
むしろ、嬉しい。
そんな顔をしている。
無知で頭が悪い子どもの戯言に、俺は無性に腹が立った。
「餓鬼が。甘えるな」
「なっ――」
俺はカガミの首を絞める。
ミシミシッと骨が軋み、思っていたよりも細い。
力を入れ過ぎるとうっかりと折ってしまいそうだ。
「死にたくなくても死んだ奴だっているんだ。死にたがるな。生きて、みっともなく生きて、どうしようもなくなってから死ね!!」
どうしようもなくなって、自ら命を絶つのだったらまだ同情の余地はある。
だが、こいつはまだ足掻ける。
生き残る道があるのに、勝手に絶望して、殺されることを望んでいる。
自分では死ぬ勇気がないから、引き金を俺に引かせようとしている。
そんな卑怯な真似をしている癖に、自分は一丁前に気分が良くなっている。
そんな良いとこ取りの綺麗な自殺なんて、自殺じゃない。
命が絶たれるってことは、もっと汚いもんだ。
「く、苦しい……」
「俺がお前を殺す時があるのなら苦しめて殺してやる。わざと急所を外して、お前が苦痛に満ちた顔になるのをずっと眺めてやる。楽に何か殺してやるもんか」
首を持ったままぶん投げるようにして、壁に叩きつけてやる。
そしたら、噎せて、必死になって空気を求めている。
生きようとしている。
「がはっ、がはっ!!」
死ぬことは駄目です。
親が悲しみます。
生きていればいいことがあります。
そんな寒々とした言葉はこいつには響かないだろう。
生きるってことは、苦しむってことだ。
俺がこいつを苦しめてやる。
「死にたいなんて弱いな。だが、お前の仲間も弱かったな」
「え?」
「弱い奴の仲間は弱いもんだ。ダンジョンでのあの死ぬ前の間抜け面面白かったな」
「…………」
「どうした? 不当な扱いを受けていたと聴いているぞ? 何故そこで怒る」
睨み付けてくる。
複雑な気持ちだろうな。
探索者のパーティは俺よりも付き合いが長い。
寝食を共にして死地を乗り越え、絆を深めていった。
嫌な奴もいただろうが、いい奴もいただろう。
そいつらが死んだのは全て俺のせい。
そうなったら、こいつはどうなる?
「俺が憎いか? 憎いだろ?」
「うっ」
服の裾を持ちながら、思い切り壁に押し付ける。
肩を強打したカガミは片目を一瞬瞑りながらも、俺を睨み続ける。
「――それでいい。俺を憎め。憎んで、憎んで。そして、生きて。いつか俺を殺して仲間の仇を取れるぐらい強くなってみせろ!!」
誰かを憎む気持ちであっても、それは生きる糧になる。
憎しみからは何も生まれないなんて、どうしようもなく幸福な人生を送っている凡夫は言うけれど、そんなことはない。
憎しみからは、生きる気力だって湧いてくるんだ。
「俺の寝首を取る為に、俺の傍にずっと居ろ。これは命令だ」
「め、命令?」
「俺がお前の上官になる。命令には絶対だ」
首を締めあげながら持ち上げて、顔を近づける。
記憶に刻み付けてやる。
この時の俺の言葉を。
そして、身体の痛みを。
「『癒し手』。それがお前の『アンダードッグ』でのコードネームだ」
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