第10話 魔力量だけが取り柄のヒーラー(河本side)
「そ、そんな……エイジさん……」
俺の組を潰した女が嘆き悲しんでいる。
エイジとかいう男に寄り添っているが、もうどうしようもない。
男の胸に銃弾を撃ち込んでやった。
即死していなかったとしても、いずれ死ぬだろう。
「悲しむことはない。お前も、そいつの後を追うんだからな」
邪魔が入ったが、それも数秒の誤差の範囲。
平野鏡はここで命を散ることになる。
「嫌っ」
「そうだろうな。自分が死ぬのは嫌だろうな」
「これ以上、私の前で誰かが死ぬのは嫌だっ!!」
絶叫した平野鏡の周りに魔力の奔流が沸き上がる。
大きな風によって桜の花びらと土埃が巻き上がり、俺は思わず両腕を眼の前に持ってきた。
魔力の余波だけで、まるでちょっとした旋風だ。
「な――んだ、この魔力量はっ!!」
平野鏡はFランクの探索者だったはずだ。
しかも経験は浅く、Eランク程度のダンジョンで壊滅する程度の魔力量しか持っていないはず。
だが、この魔力量。
俺も魔力量については詳しくはないが、CかBランクの探索者以上の魔力量を放っているように思える。
「エイジさんっ!! エイジさんっ!!」
可視化できるほどの濃い密度の魔力を、撃たれて倒れている男に注ぎ込む。
だが、男はピクリとも動かない。
「どうして、なんで、治ったはずなのに!!」
「……そういえば、ウチのヒーラーは遠藤が落ちこぼれとか言っていたな」
平野鏡が自身の中に持っている魔力量はパーティの中でもピカイチだが、それをスキル運用するだけの器用さはない。
そう遠藤が愚痴を溢していた気がする。
ヒーラー。
それはパーティ内で回復役を担う役職名だ。
攻撃スキルが苦手な代わりに、傷ついた前衛の傷を癒す後方支援の役目を持つ。
だが、平野鏡はそれが極端に苦手だ。
治療しようにも、魔力を放出することが不得手だ。
だから仲間を癒すことはできない。
ヒーラーとしては失格だな。
同じスキルであっても効果や使用条件は異なる。
それは使用者の力量によって変化するからだ。
だからこそ、この女は落ちこぼれの烙印を押されていたのだろう。
ただ、女が自分だけを癒せる理屈はすぐに見当がつく。
魔力のコントロールは放出するよりも、自分の身体の内で使用する方が遥かに簡単だからだ。
だから、自分の傷は癒すことができる。
他人の傷はまともに癒せない癖に、あまり傷つかない後衛職のヒーラーだけが傷を癒している。
そんなことを繰り返していたら、必ずパーティ間で摩擦が起こる。
この女がいいように使われているのも納得の話。
要は宝の持ち腐れというやつだ。
だが、この女の価値を俺達は見出すことができた。
そう。
異世界人への奴隷だ。
異世界には奴隷制度がある。
そこで娼婦だろうが、労働力としてだろうが、いいように使ってもらうつもりだった。
だが、そんな生温いことはもう考えていない。
こいつは俺が自ら引導を渡しやる。
「な、なに?」
空地の入り口に通行人が通りかかる。
しかも一人じゃない。
家族連れだ。
今は異変に気が付いておらず、疑問を口にしているだけ。
死体は茂みに隠れていて見えていないだろうが、近づいてきて男を見つけたら厄介だ。
「ちっ。一応、触っといて良かったな」
「えっ?」
今、人が集まって来るのは得策じゃない。
だからすぐに俺は場所を移動した。
瞬時に数百メートル離れた場所まで移動した。
本来は自分一人しか移動できない。
だが、腕を掴んでいたので、女も一緒だ。
「――瞬間、移動!?」
少し違うが一々否定するのも億劫だ。
俺は自分の位置と、手で触れてマーキングした物体との位置を交換することができる。
所謂『チェンジ』のスキルを使用できる。
ただ俺には使用条件がいくつかある。
場所を交換できるのは、それなりの質量を持った『物体』であり、そして、数キロ先などの遠い場所を移動することはできず、それから、事前にマーキングできるのは一つだけという条件だ。
つまり、無制限にいつでもできるという訳ではない。
必ず手で触れて近距離、しかも、人間と場所を交換することはできない。
その辺の石ころを拾って移動できるという訳でもない。
とまあ、色々と制限がついている。
位置を移動できるスキルは珍しい。
そういう希少価値のあるスキルには、厳しい条件がつきものだ。
ヒーラーの治癒スキルよりも貴重なスキルだ。
だから、このぐらいの条件は当然といっていい。
俺達が移動した場所には、埃やら小銭が落ちている。
古びた自動販売機があった場所だったからだろう。
幸い、人はいないようだ。
「このスキルさえあれば、ダンジョンから異世界へ移動できるのも容易いってことだ」
俺のスキルで異世界への橋渡しが容易だった。
だから重宝されていた。
甘い汁だって一杯吸ってこられた。
なのに、全部こいつのせいで台無しだ。
「さてと。俺にしては随分手間取ったが、今度こそ――」
「――っ!!」
暗い路地に平野鏡を連れ込んで、銃を突きつける。
相手は目を瞑って撃たれるのを覚悟するだけ。
終わりだ――
「がっ!!」
そのはずだったのに、銃が爆発した。
暴発?
いや、違う。
真横からの衝撃によっていきなり銃が爆発した。
この射撃の精密性は……。
「……生きてる?」
「誰だっ!!」
懐から代わりの銃を取り出す。
武器もそんなに持ち出せなかった。
焦りながらも銃口を向けた相手は視認して、平野鏡が呟く。
「アンダー……ドッグの仮面の男……」
組を潰した張本人のご登場だ。
あの仮面の柄は間違いない。
このままでは勝てない。
組の連中が瞬殺されたのだ。
俺一人で普通に戦闘を開始しても結果は覆らないだろう。
一瞬でそう判断した俺は、平野鏡を盾にする。
「クソッ!!」
「あっ!!」
こんなの盾にしたところで、無意味だ。
女ごと撃たれる。
「…………?」
だが、男の動きが止まった気がした。
仮面越しであるが動揺しているのが伝わってくるようだ。
俺は銃の引き金に手をかける。
「くたばれ!!」
俺の放った銃弾はひらりと躱され、俺の拳銃は爆発する。
「うっ!!」
女の人質が通用したのは気のせいだったのか。
そう思っていたが、一瞬動きが鈍ったのは確かなようだった。
俺の放った銃撃は仮面を掠めていたようだ。
男の仮面は割れて地面に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます