第9話 私が私でなくなる空地(平野鏡side)


「雨、すぐに止んで良かったですね」


 エイジさんは私が落ち着くまで頭を撫でてくれた。


 そして、しばらくしてから私達は公園を飛び出した。


 エイジさんといつの間にか手を繋いでいる。

 お互いに照れていないから、私達の距離は近くなった気がする。

 嬉しいけど、やっぱり不安だ。

 エイジさんの背中に声をかける。


「私、どうすればいいんでしょう?」

「警察に行きましょう」

「でも、証拠が……」

「ああ、それなら『アンダードッグ』が押さえているので大丈夫ですよ」

「そう、なんですね……」


 それもそうか。

 あの組の現場まで踏み込んできたのだ。

 アンダードッグが色々と証拠になるものを押収していることは、少し考えれば分かるはずだ。


 彼らだって行政側の人間だ。

 私を見つけても、もうすぐに殺すことはしないはず。


 残る懸念点は組の人間だ。

 後何人残っているのか分からない。

 けど、アンダードッグの人達がしっかりと彼らの動きを把握していれば、私が襲われることはもうないはず。


 これで私の身の安全はかなり保障されてきているといっていい。


「この辺怖いですね……」


 さっきからジメジメして暗い道を通っている気がする。

 夜のお店なんかもあって、どこか私には近寄り難い。


「ええ。でも、裏路地を通らないと亀終組に見つかる可能性がありますから、もう少しだけ我慢してください。もう少しでカガミさんは自由になれますよ」


 自由。

 本当にそうなんだろうか。


 警察に行けば、私の疑いは晴れるんだろうか。


「私、捕まらないですよね?」

「捕まらないですよ。事情を聞かれるだけだと思います。亀終組の人間に命を狙われたんですから、容疑をかけられることはないと思います」

「そう、ですか……」


 エイジさんにそう言われると、どんどん不安が紛れてくる。

 良かった。

 今度こそ私はついていく人を間違えなくて済んだみたいだ。


「やっぱり、私、エイジさんがいてくれて良かったです」

「え?」

「私ひとりじゃ、どうすればいいか何一つ分からなかったと思います」

「そんなこと、ないですよ。俺、何もできていないですから」

「うんうん。やっぱり、私、エイジさんのこときっと――」


 開けた場所に辿り着いた。

 そこは空地のようで、


「わざわざひと気のない所に来てくれるとはな」


 河本とかいう組の人間がそこにいた。

 他には誰もいない。

 だから助けを求めることはできない。


「か、亀終組の……」

「よう、お嬢ちゃん。お互い生きていて良かったな」

「どうして、ここに?」

「少し尾行させてもらってな。それから先回りさせてもらったよ」


 ずっと後ろにいた?

 どこから?


 全く気が付かなかった。

 それは横にいて焦っているエイジさんも同じだろう。


「お前のせいで散々な目にあった。まさか、お前が囮だったとはな。一杯食わされたぜ。そのせいで俺等亀終組は終わりだ。だが、異世界に高跳びする前に落とし前だけはキッチリつけさせてもらおうか」


 懐から取り出したのは拳銃だ。


 拳銃の先には、映画とかで見たことがあるサイレンサーがついている。

 発砲音が抑えられる筒状のものだ。

 音を消して、他に人が集まって来ないためのもの。

 つまり、


「俺等は舐められたら終いなんでな」


 私をここで殺すつもりだ。

 拳銃を私に向けてきた。


 震えながらもエイジさんは、私を庇うように射線上に出てくる。


「に、逃げてください、カガミさん」

「で、でも――」

「早く!! もうすぐ警察署です!! そこに行けば保護してくれるはずです!!」

「でもっ!!」


 私はもう逃げたくない。

 後悔したくない。


 私がここで逃げて、今度こそエイジさんが死んでしまったらどうなる?

 もう、誰も私は失いたくない。

 この人が死んでしまったら、もう私は私じゃなくなってしまう。


「なんだ、お前。そいつの何だ? 恋人か? まあ、いいか」


 河本は引き金に指をかける。


「俺の邪魔をするなら、死体になっておけ」


 小さい銃声。

 それが聴こえたと思ったら、エイジさんが弾かれるように後ろに倒れる。


「――あっ」


 エイジさんと私、どちらが呟いたのか分からなかった。

 スローモーションで倒れていく中、エイジさんと私の眼が合った。

 必死に手を伸ばそうとするが、届かなくて、眼を見開いたエイジさんは地面に倒れてしまった。


「――エ、エイジさんっ!!」


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