#6 夢か現か
目が覚めると見慣れたベッドの上で寝転がっていた。
「あら、目が覚めたみたいね…」
戸口から耳慣れた声が聞えてきた。
「ココア淹れたけど…飲む?」
頷いて、ココアを一口飲んだ。
「どう美味しい?——そっか良かった」
ホッと一息ついて、ココアを淹れた彼女をまじまじと見つめた。
「え?髪色?思い切って変えてみたんだけど…どうかな?似合うかな?」
彼女の髪は深紅のストレートだったが、今、目の前にいる彼女の髪は綺麗な青色に染まったいた。
「そう?ありがと!」
彼女が髪を何色に染めようが、それで彼女の魅力が下がることはない。
「今度の土曜日なんだけどさ、デートしない?駅前に新しくカフェがオープンしたみたいで、そこのパフェがすっごい美味しいらしいの!一緒に食べにいこうよ!」
彼女は、にこにこと楽しそうにパフェの話をしている。この光景は、おそらく夢だろうが、自分が描いていた未来の縮図でもある。
自分の隣には、綺麗で優しい彼女が居る。それだけ、たったそれだけが自分の願いであり、幸せである。
そんな幸福な未来は、ある日、唐突に失われてしまった。もう見れないと思っていた、幸せな生活が目の前に広がっている。できることなら、覚めない夢であってほしいと願った。
「——それでパフェを食べたら…って、ちゃんと話聞いてる?」
感傷に浸っていたせいで、彼女の話を聞き逃してしまったようである。
「もぅ…どうしたのボーッとして、何か悩みごと?」
彼女に話しても良いのだろうか、君と別れたことが悲しいと、戻れない幸せな日常に恋焦がれていると——しかし、彼女に打ち明けたとしてなんになるというのだろうか、結局は状況を悪化させるだけにならないか、頭の中がグルグルする。
いや、やめておこう。どうせこれは夢なんだ、夢を見ている時くらい幸せになってもいいだろう。
「——そういうところがいけないんだぞ」
彼女が言ったことの意味が分からず、思わず聞き返した。
「そうやって一人で何でも抱え込む癖、治した方がいいよ」
彼女は真剣な顔でこちらを見つめていた。
「君は優しいから、相手に心配をかけたくないって、そうやって抱え込むんだろうけど…それは逆効果だよ」
ふわふわとした雰囲気で楽しそうにパフェの話をしていた彼女と同一人物とは思えぬほど、キリッとしていた。
「一人で抱え込むのは、お互いに良くないよ、もっとわたしのこと頼ってよ」
彼女のその一言で長年溜まりに溜まった不満が爆発した。何で別れのか、どうして僕じゃダメなのか、どうして相談してくれなかったのか―—次から次へと彼女に対する不満が出てくる、自分でも自分を止めることができない。
ありったけの不満をぶつけてスッキリした——それと同時に罪悪感が襲ってきた。その不満を彼女にぶつけて何になるというのか、今、目の前に居る彼女は夢に出てきた空想の産物に過ぎないというのに。
「…」
彼女は、うつむいたま何も喋らない。その沈黙が僕にはどうしようもなく耐え難いものに感じた。
頭の中がグルグルして上手く考えることができない、感情に吞まれてしまった自分は泣くことしかできない。
そんな自分を彼女は優しく抱きしめてきた。
「ごめんね…君は優しいから…いつもわたしのことを一番に考えてくれる。それはとっても嬉しいことだけど、時々すごく辛くなることがあるの」
どう返したらいいか分からず、彼女の言葉に黙って耳を傾ける。
「わたしのことを大事にしてくれるのはとっても嬉しいけど、同じくらい自分のことを大事にしてあげて。君はもっと幸せになっていいんだよ」
彼女に優しく背中を撫でられながら、泣いた。泣いて泣いて泣いた。その間、彼女は何も言わずに側に居てくれた。
「スッキリした?——そっか…ごめんね…偉そうに言ってるけど、君をここまで追いつめたのはわたしだからね…今さら何を言っても遅いかもしれないけど…君の幸せを願っているよ」
彼女の手が頭に伸びる。
「よしよし…辛かったよね…よく頑張ったよ、君は。こんなにボロボロになってもわたしのことを想ってくれている―—でも、もういいの…わたしのことは忘れて、前を向いて」
彼女は優しく語りかけてくるが、自分にはできない。大好きな彼女を忘れることなんて…。
「——大丈夫。君ならできるよ、君なら幸せになれる。それに…君には支えてくれる人が居るでしょ?」
聞き慣れた声が聞こえて、ふと顔を上げると綺麗な銀髪が良く似合う女医が居た。
*
「——いかがでしたか?」
パチパチと
夢に彼女が出たことを女医に話した。
「彼女?——そういえば、いらっしゃいましたね。たしか…数か月前に別れたんでしたよね―—その…元カノさんが何か?」
女医の元カノのイントネーションに微妙な違和感を感じたが、気にせず話を進める。
今になって考えてみると、夢に出てきた彼女は不自然だった。彼女じゃないというか、彼女らしくない感じがした。まるで誰かが彼女のフリをしているような…。
「へー…彼女のフリをする誰か、ね…」
彼女は興味なさそうに手帳をペラペラとめくりだす。
そういえば、女医の発言に少し引っかかる箇所があったので、思い切って質問をぶつけてみた。どうして僕に彼女が居ることを知っていたのか、そして彼女と別れたことをなぜ知っていたのか、と。
ページをめくっていた女医の手がピタリと止まる。
僕は彼女が居たこと、彼女と別れたことを女医に話したことはない。つまるところ、女医は彼女を知っている、何かしら彼女と関わりのある人物、そうであるのならば、みすみす逃すわけにはいかない、彼女のことを知っているのか、と女医を問いただした。
女医は手帳をパタンと閉じると、クスクスと笑い声を上げた。
「あなたは本当に面白い人ですね…そこまでわかっているのなら―—もう全てご存じではなくって?」
女医は自分の髪をガッシリと掴むと、力任せに引っ張った。深紅のストレートな髪を見せつけけながら、女医はポツリと呟いた。
「この髪を他人に見せるのは何年ぶりかしらね…」
女医の足元には脱ぎ捨てられた、銀色のウィッグが転がっていた。
「わたしの本名は——
気品に溢れた知的美人という
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