#4 天使
「今日はわたしが傍についてますから、安心してお眠りください」
治療で使う硬いベッドではなく、ふかふかのベッドに横たわる。
「今回は催眠ではなく、本気で眠ってもらいます——まだ治療を始めて2日目ですが、早い人は効果が現れ始めている頃です——では、はじめていきますね」
ひんやりとした手にぎゅっと手を握られる。首を動かすとにっこりと笑みを浮かべる女医と目が合った。
「人というのは、手を握られると安心する生き物なんですよ」
確かに手を繋いでいるだけで不思議と安心できる。瞼を閉じるとすぐに眠気がやってきた。
*
「ようやくお目覚めですね」
目を覚ますと、ふかふかのソファーに座っていた。
「ここですか?ここはわたしの家ですよ」
目の前には美しい女性が立っていた。
「ずいぶんと長く眠っておられましたね。よっぽど疲れていらっしゃのでしょう…」
なぜ自分はここに居るのか、あなたは一体誰なのか、聞きたいことは山ほどあるが混乱する頭とは裏腹に体は素直だった。
「あらあら…大きな音ですね。作っておいて正解でしたね…お口に合えばいいのだけれど…」
女性に導かれてテーブルまで連れていかれる。テーブルには美味しそうなスープが入った皿とパンが置かれていた。
「えぇ、召し上がってください。あなたのために作ったので」
にこやかに微笑む女性に促されるまま、テーブルに着いて食事を摂った。
「お味はいかがでしょうか?―—そうですか!良かった!おかわりはたくさんあるので、遠慮せずにどんどん食べてくださいね」
特に食欲はないが、不思議と食が進んだ。これが現実の世界ではないということも影響しているのだろうか、本来の自分は病院のベッドに横になっているはずだ。
「まぁ!完食してくださったのですね!あんなに美味しそうに食べる姿を見せられたら、また作りたくなっちゃいました…フフッ」
気づいたら食事を平らげていた。
「食事も済んだところで、おそらくあなたが一番気になっているであろう、わたしのことについて、お話しましょうか」
女性は真っ直ぐにこちらを見つめて話始めた。
「あなたの推測通り、ここは現実世界ではありません。ここはあなたの深層心理によって生み出された仮想世界。簡単に言えば夢の中にあなたはいます」
予想はできていたから、大して驚かなかった。しかし、ここまで鮮明な夢を見るのは稀だ。
「わたしの名前ですか?——残念ながら、わたしに名前はありません。通名はありますが…」
そう言うと女性は少し寂しそうに笑った。
「…とはいえ、呼び名がないと何かと不便ですから、わたしのことは皆さんがわたしのことをそう呼ぶように天使と、お呼びください」
天使、か…天使は綺麗な真っ白な翼があって、天使の輪がついているイメージだが、目の前にいる天使は何というか、人間にしか見えない。
「天使っぽくない?——フフッ…皆さん、そう言われますがわたしは天界で神に仕える天使とは別の存在なんですよ」
天使はおかしそうにクスクス笑った。
「人間は誰しも心に天使と悪魔を飼っています。わたしはその天使です」
天使はゆったりと近づいてきて、手を握ってきた。
「あなたは彼女と別れたことによって、心に深い傷を負ってしまった。あんな酷いフられ方をしたのに、それでもあなたは彼女を愛している。それほどあなたは優しい。しかし、その優しさがあなたを傷つけている」
天使が優しく抱きしめてくる。
「今のあなたに何を言っても響かないでしょうが、これだけは言っておきます…彼女を忘れろとは言いません、彼女との思い出をなかったことにしろとも言いません…ただ自分をもう少し大切にしてあげてください。あなたは頑張りました。あなたが彼女の幸せを願うように、あなたも幸せになって良いんですよ」
天使の身体の温もりと優しい言葉に、涙が自然とこぼれた。
「よしよし…辛かったでしょう、心細かったでしょう…好きなだけ泣いて良いんですよ。わたしが受け止めますから」
天使の腕の中で、わんわん泣いた。こんなに泣いたのは久しぶりだ。
「少しはスッキリしましたか?——そうですか、それは良かったです。では、お眠りになってください。大丈夫ですよ、側についてますから安心してお眠りください」
天使に手を引かれて、ソファーに座るとブランケットをかけられて眠りへと導かれる。
「しばし、お眠りください…またどこかで会いましょう…」
眠気はすぐにやってきて、あっという間に眠りに就いた。夢の中でも眠るというのは変な気分だ。
*
「あら…起こしてしまいましたか?」
眠い目をこすって、灯りがついているテーブルに目をやると女医がパソコンに何やら打ち込んでいた。
「すみませんね、研究のレポートをまとめていたんですが…煮詰まってしまいましてね…そろそろ休憩しようと思っていたんです。どうですか?眠りの調子は?」
女医に夢の中で天使に会ったことを話した。
「…なるほど、天使に会ったと…」
何やら神妙な顔でブツブツ呟くと女医は、にこやかに話しかけてきた。
「今日から第3ステップに移りましょうか」
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