蟹の契り

佐々木 煤

三題噺 「夢の中」、「蟹」、「契る」

 学校は思考が読めない有象無象の集まりだ。小学5年生になると人格とノリで地位が決まる。集団の空気感について行けない僕はいじめられるようになった。はじめはちょっとした悪口だった。友達だと思っていたクラスメイトの3人から物を隠されるようになった。クラスメイト全員からいじめの標的と見做され、教科書に落書きされたり文房具がゴミ箱に捨てられたりした。

 親と先生には情けなくて言えなかったし、6年生になったらクラスが変わる。それまでの我慢だ。だから、夢の中に逃避した。小さい頃から夢をよく見る。動物と話したりビルの壁面を歩いていたり、脈絡のない夢が癒やしになっていた。

 今日も嫌な現実から目をそらすために眠る。ふわふわした浮遊感に身を包まれる。水色のベールがいくつも漂っている中に血の様に赤く車より大きい蟹がいた。

 「そこの子よ、ちこうよれ」

蟹ははさみをゆらゆら揺らしながら話しかけてきた。

 「ここに人間が来るとは久しいのぅ。この老体の話し相手になっておくれ」

蟹に近づくと嬉しそうな声で蟹の身の上話を始めた。自分は神であるが、めっきり人が信仰してくれなくなったから力が弱まってしまい、たまに人の夢に出てはこうして話を聞いて貰いなんとか体を維持しているらしい。話を聞いて欲しいのは僕も同じだ。蟹は昔の栄光を話し終えたころ、真剣な声で切り出した。

 「お主、何か悩んでおるのではないか?こうなっても一応は神故、多少なりとも力になれるぞ。」

 「実はクラスメイトにいじめられてて…。夢を見ることが僕の幸せなんです。」

 「そうかそうか、見知らぬ神の話を聞いてくれるような良い子をいじめるなんて悪い奴らだ。わしがこらしめてやろう。」

 「そんなこと蟹さんにできるんですか?」

 「できるともできるとも。だが、この契りが証拠として、主の机に毎晩コップ一杯の水をおいてはくれぬか?」

 「任せて下さい。必ず水をおいておきます」

 「そうかそうか、安心してお目覚め」

蟹がはさみをゆらゆら揺らしたところで目が覚めた。

 翌日から毎晩自分の部屋の机にコップ一杯の水をおいて寝るようになった。不思議と朝起きるまでにコップの水は全てなくなっていた。蟹さんが毎晩水を飲んでいるのかな?

 夢を見てから一週間後、友達だと思っていた、最初にいじめを始めた友達3人が交通事故にあった。噂によると指が数本切られたように取れてしまったらしい。クラスが不穏な空気に包まれた。また一週間後、主体的にいじめを行っていた子が工事現場の事故に巻き込まれて、右の手首から先がなくなってしまったらしい。ほかのクラスメイトも事故ではないが、指を怪我したり手を怪我したりして登校しなくなる子も増えていき、自然といじめはなくなった。僕が契りを交わしたのは本当に神様だったのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蟹の契り 佐々木 煤 @sususasa15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ