第11話 お父さん……
「おい、大介、ありゃあ、ちと飲み過ぎじゃあねぇか」
みんながカウンターのよっ子を見やる。よっ子の手の動きが漫才師のように動いて、見るからに酔っ払っている。
ホステスたちも「あらら」という眼差しをして眺め、カウンターテーブルにはビール瓶が6本転がっている。ママもかなり泥酔の様でよっ子の横に座って何度もグラスを重ね合わせ2人で盛り上がっていた。
「真澄さん、ママ、すごく酔っぱらってるけど、大丈夫かしら」
時貞の横に座るレイナが後方のボックス席に座る先輩ホステスの真純に言う。
「哲也さん、ごめんなさい」
と、膝に置くハンカチを握って哲也の肩を掴み立ち上がるとカウンターに歩み寄って、
「ママ、大丈夫?よっ子ちゃん顔真っ赤よ。大丈夫、椅子から落ちないでね。ねえ、社長、二人とも目がすわってるわ」
時貞に振り向き、転がるビール瓶を片付けた。大介は直ぐにカウンターのよっ子のそばに寄って頭を掴んで顔を覗き込み、
「お前、大丈夫か?」
と言った。よっ子は、大介の顔を見上げて、
「だいしゅけさん、本当、男前!」
「本当!もう、登板さんたら、男前過ぎて
どうしましょうか!よっ子ちゃん」
ママもよっ子と二人して大介を見上げてにやりとり笑う。
「そうかそうか、ありがとな」
よっ子は大介の腰に手を回し抱きついた。
「おい!」
「だいしゅけさん、私酔ってますか?酔ってなんかいましぇーんよ」
大介の手はよっ子の頭上にのっけられている。よっ子は嬉しそうに大介の腹に顔を埋めたり顔を見上げたり子供のようだ。
その様子を見ていた哲也は駆け寄って大介に絡めたよっ子の手を外そうとしているが、
「哲也しゃん、ダメでしゅ、大介さん硬い」
「硬い?」
哲也は大介の顔を見て2人揃って首を傾げる。
「あの三人はなにをやってんだ?」
時貞はレイナに問うと振り返って背部にいる一輝の顔を見た。
「ああぁ、親父、あいつ、酒癖悪くないっすか」
一輝は時貞の肩越しに顔を覗かせる。
「おめえの相棒だろうが、面倒みろ」
「お断り致します」とニシシと笑って隣に座る弥生の肩にもたれかかた。
「親父、やっぱ女にはオッパイがないと」
と弥生のドレスの胸元をチラリとみる。
弥生はスタイルも良く大きな胸元から腰のラインが男心をそそる。一輝はその細い腰に手を回し大きな膨らみに谷間をじっとみて引き寄せた。
「もう、川越さーん」
弥生は甘ったるい声で肩にもたれかかる。
「一輝!てぇめ!女をオッパイで判断するんじゃあねえ!一輝!てめえ、それでも!極獄組の組員なのか!このヤロー!」
よっ子は巻き舌で毒を吐きまくる。哲也は呆れてよっ子を抱えた。
「奥のボックス席に行くぞ」
千鳥足のよっ子を奥のボックス席まで連れて行くとそこに座っていた安藤裕介、鎌倉吾郎、木之下龍也の3人が素早く立ちあがって身体を壁に寄せた。よっ子を座らせ、哲也もそのまま横に座った
「お前ら空いた席に座れ」と大介は3人に向かって言った。泰はグラスに氷を入れて水を注ぎ入れ哲也に渡しながらそのまま椅子に座った。
「よっ子、水だ」
哲也はよっ子にグラスを持たせる
「水、水なんかじゃだめです!お酒ください
「ビール6本飲んでこれか!よっ子!おめえはまだまだやな」
金太郎はウーロンハイを飲みながら立ち上がり次郎丸時貞の前を横切りよっ子の前に座るとよっ子の持った水のグラスに自分のグラスをカチッと合わせた。
「乾杯や!」
金太郎はウーロンハイを一気に飲み干すと
「おめえさんも、それ飲めや!」
「はい!金さん、いただきます!」
水を一気に飲み干した。
「ぶは〜。ねえ、東山の金さん、私!極道になれますか!」
「よっ子が極道か?」
テーブルの上のナッツを五、六粒口に放り込みカリカリ噛み砕く、
「はい!一輝くらいにはなれますよね」
「はあ?おめえが俺様のようになれるわけねえだろ!馬鹿じゃねえのか」
一輝は立ち上がりよっ子を見下ろしす。
よっ子は立ち上がって一輝を睨み返す。裕介は金太郎が座っていた席に素早く座り確保した。
「組長、すみません。自分ここに座っていいっすか」
「おう」
吾郎と
「おめえ、くっつくなよ!」
一輝は龍也を尻で押し床に落とした。
「兄貴、俺、座るとこないんです」
龍也はそのまま床に座ったまま、すがる眼差しで一輝を見上げていると、
「おい!一輝、龍を座らせてやれよ」
背後から大介の声がして、
「仕方ねえな」と弥生にそっちと指で示し皆で席を詰めあって龍也が座る席を作ってやった。龍也は嬉しそうに一輝に抱きつく、
「やめれ、龍也」
「俺、どこ座ろうか」
吾郎は壁に沿って立ち尽くす。真澄はボックス席のテーブルを素早く見て灰皿の交換をしようとした時、カランコロンとドアの真鍮の鐘がなる。
音がしたと同時に大介、哲也、丈二が立ち上がりドアに視線を向ける。
「あら、先生」
真澄がカウンターから急いで駆け足で出て客を向かい入れた。カウンターのママはうつらうつらとし今にも寝てしまいそうだ。客は顔を覗き込んだ。
「あら?ママ、かなり酔ってる様だね。珍しい」
大介はすぐに入り口まで出迎えた。
「こんばんは、先生」
「こんばんは、大介君、今日はお招きありがとう」
「いえ、先生」
大介が先生と呼ぶ客のコートを受け取り、真澄に渡した。時貞の横に案内し、
「裕介、先生の酒」
「はい、舎弟頭」
裕介は床に膝をつきグラスにウイスキー、氷を入れロックを作り、先生と呼ばれる男の前にコースターとグラスを置いた。
「裕介君、ありがと」
「うっす!」
頭を下げて椅子に腰掛けた。
「真澄!ボトル出してくれ」
「はい、社長」
「ママはどうしちゃったの?こんなに早く潰れるほど飲ませちゃったの?」
時貞は奥のボックス席を指差し、
「あれと飲んだみてえだ」
「あの子が例の新入社員の子」
「そうなんだけどよ。酒飲んじまって、あの状態だ。二人で飲んで二人ともあの様だ」
「女二人で酒盛したって事、面白いね」
「明日、軽井沢に帰るんだってな。あっちに腰を据える気なのか?」
「どうだろうね。仕事するならやっぱり自宅の仕事場がいいかもしれない、あの窓から見える庭園が私の作品に力を与えてくれるからね」
「それなら、さっさと帰って来い」
「だけど、軽井沢に家買ってしまったしね。もうしばらくいて考えようかな。まあ、あそこを別荘にしてしまったら、貞くんも休暇に使ってくれればいいんだしね」
「そうだな。いつ頃、帰ってくる気なんだ」
「うーん、そうだね。香子さんもこっちに戻りたいみたいだから。それに
「てめえが金を払うわけでもねえだろう」
「眺める人間いないのに、綺麗にする必要あるの?って、あの子は誰の息子なんだろうね
そしたら、拳ちゃんが一言、ミツは掃除に意味ないとか言ってるって、何度、掃除機をかけろって言ってもかけないから、休日に拳ちゃんが掃除をしに来てくれてるんだって、もしかして拳ちゃんとミツは生まれるところ間違えたのかな」
「そうかもな、わしも拳次郎とは話しにくいが
「おい!一輝、てめえ、女はオッパイじゃねえからな!わかってんのかよ」
「おめえ!うるせっんだよ!静かに飲め!」
一輝は一番奥のボックス席に移動して金太郎の横に座った。
立ちっぱなしの吾郎は素早く開いた席に座った。
「おめえは男に生まれてくりゃあよかったんじゃねえ、可哀想には中途半端な女男のどっち付かずですな」
「うるせぇ!どっち付かずでも、私の根性はそこらへんの男より男らしいんだ!」
「わかったよ。よっ子、お前は、既にうちの組の者やさかい、なっ!心配すんなや」
「東山の金さん〜。ありがとう。どっかの馬鹿とは大違いだ!」
「どっかの馬鹿って俺のことか!」
「他に誰がいてますのやら」
「はあ?」
「組長!私、極道になれますか!」
「おい!よっ子」
哲也はよっ子の肩を抑えて大人しくさせようとするがよっ子は哲也の手を振り払い、時貞の背中に抱きついた。
「おい!やめねえか」
一輝も慌ててよっ子の腕を掴み時貞から引き離そうとするがよっ子は時貞の首に回した手を離さない。
「おい!苦し……」
「お父さん……」
うわ言の様にお父さんと呟いたよっ子。一輝もよっ子の腕から手を離した。大介も甘えるよっ子を見つめる。みんな息をひそめた。
「父無し子なの?」
客はよっ子の顔を覗き込む。
「ああ、そうだ。わかるか?」
「ずっと寂しかったんじゃないのかな。我慢して生きてきた子なんじゃないの、本当は誰かを頼りたいけれど、頼れる人がいなかったとか」
「ああ」
「そう、甘えたことないのかもしれないね。甘えたい時に甘えられない子って、やはりかわいそうだよね。無理して大人になってしまったところあるんでしょうね。君はこのお嬢さんのお父さんになったみたいだね。この子はいついちゃうよ。きっと、そして、ヤクザの親分はそこらにいる若衆たちと、変わらぬ愛情を注ぎ、いつか嫁に出す?出さない?出せない?僕、今度、こんな物語書いてみようかな。貞くん、この子のことちゃんと面倒見てやんないと、実子は貞くんの良さをわからないけれど、他所の子たちは、貞くんの良さがよくわかってる。不思議だね」
時貞の客はそこにいる若衆たちを見回した。
「おい、他人事みたいに言わんでくれや」
よっ子はそのまま時貞の背中で眠ってしまったのである。
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