第7話 新天地の三人
「よっ子、仕事どう?」
3人はそれぞれ新天地で活躍の場を見い出してから2ヶ月ぶりに絢音に集合した。
「お二人はどうなんですか?」
絢音はカウンター5席と座敷にテーブル3席のこじんまりとしたお店で、3人は座敷の真ん中の席の壁側に明那、テーブルを挟んで真由子、真由子の隣によっ子が座っている。真由子の身体が大きい分よっ子はテーブルから少しはみ出して動くたびにテーブルの角にお腹があたる。
揚げ出し豆腐、肉じゃが、煮しめ、枝豆、おでん、ポテトサラダ、焼きおにぎり、どれも二倍の量の料理が並ぶ。
お食事処絢音は、お袋の味が売りの店で長い間、絢音が切り盛りしていたが、年季の入った女将の足は既にガタがきて最近は奥の部屋でテレビを見ている事が多くなった。今はその娘の絢香が店を引き継ぎ、客をもてなしている。
清水町には南町商店街と名物と言われている北町商店街が商業ビルを挟んで並行しているが、それぞれ趣はまったく異なっている。
南町商店街の正式名称は、南町銀河通りである。四車線の中央分離帯には宇宙空間に存在する星たちのオブジェが設置されており記念日やイベントにはそのオブジェが点灯され、街灯もブルー一色になり銀河系のように美しく彩られる。
その道路沿いには大型店舗が並び地下駐車場かパーキングエリアに車を停めて来店する形式で、飲食店も名の知れたチェーン店が連なって比較的若い者たちが集まってくる街である。
一方北町商店街のアーチ型の屋根の下は歩行者天国になっている。二軒長屋の店が立ち並び近所の住人が徒歩で来て店主と直接やりとりして買い物を楽しむような親しみある商店街で賑わっている。テレビでも紹介されたことのある商店街で近隣から県を跨いで来店する客もいるほどだ。
そんな絢音は北町商店街から少し入った所の裏路地にあり、静かに過ごしたい大人たちが集う店として常連客が足繁く通う。
3人はそういう所を好む同士としても気が合い、明那にしては、週に3日ほど絢音に通っている。この絢音はよっ子が高校生の時バイトをさせてもらっていたお店でもある。
「私は受付嬢をしながら祥子先生の雑用係みたいなもの『なんでもできるようになって』って言われてさあ、なんだかんだ忙しくて、帰って一息つくと知らないうちに寝落ちして、気づくと朝だったり、そんな感じで、最近映画も全然観てないわ〜」
「明那先輩の弁護士事務所って大きいんですか?」
真由子はそう聞きながら生ビールのジョッキを一気に飲み干した。
「他を知らないから何とも言えないんだけど、とにかく毎日なんらかの案件で祥子先生は走り回ってる感じ、で、もう一人、一本島先生っていう人がいて、この先生も忙しい人、まあ弁護士事務所が暇だったら私なんていらないわよね。弁護士先生が二人いる事務所が大きいのか小さいのかよくわからないけど、私のほかにスタッフは五人いる。一人は祥子先生のお父様、お父様も弁護士なの、現在は相談役みたいな事をされてる。で、二人は専門的な作業、所謂、助手。私ともう一人の男の子はなんでも屋みたいにこき使われてる。思っていた以上にハードよ。考え甘かった」
とか言いながらも充実してる感じが表情に滲み出ている。明那はグラスのビールを飲み干した。よっ子はすかさずビールを注ぐ。
「明那先輩、楽しそうですね。前みたいにおっさんぽくないし、元々綺麗だけど、磨かれてる感、すごいします」
「よっ子、あんた!可愛い事言ってくれるじゃない、祥子先生がさあ、また綺麗でさ、洗練されてるっていうか、カッコ良くって、負けてられないじゃない。頭の中身は追いつかないけれど、若さだけが取り柄だし、そう若くもないけどね。だけど、なんだか、よっ子、あんたものすっごく男っぽいんだけど」
「たしかに、よっ子、ヘアースタイル変えちゃって全然別人じゃん。ストレートロングをバッサリ切ってウェーブパーマなんか、かけたりして、そのせいなのか顔つき鋭くなった気がする」
「やだ〜そんなの嫌です。本部がどんな所だか知ってます?」
2人は首を横に振り続ける。
「あの、その首振り人形みたいなのやめてください」
「大体検討つく!あの川越さんだっけ、あんたの相棒、めちゃ疲れそう、それにあの泰って言う奴、なんとなくアホそう、それに金さんだっけ、めちゃくちゃ怖そう、登板さんおっかないでしょ。この間、口の利き方気をつけろ!ってすっごい剣幕で怒鳴られて、泣きそうだった。もう怖い人そのものなんだもの!祥子先生が止めてくれなかったら私、どうなってたかしら、ぐらい凄かったの、もう!あの人苦手!本当、登板さんは無理!あの無口な運転手もいるだけで怖いし!あの中でマシな人って一文字哲也さんだけよね」
「先輩、好みなんでしょ」
明那と真由子は持ってるグラスとジョッキをカチンと合わせた。
「そのうちゲットですね」
「よっ子!彼のこと調べなさいよ」
「はい」
返事をしたものの、あの人たちはそんなに悪い人達でも馬鹿でもないと言いたかった。
川越先輩はあのように大雑把で口が悪く態度も大きくて底抜けに馬鹿ぽいのだが、社長を尊敬し命をかけて守という忠義を尽くしているし、大介さんを立てる所もちゃんとしている。さりげなくレディファーストなところはちょっとかっこいいと思ってる。
泰さんはおっちょこちょいで手のかかる人だけど小さな事にもよく気がつくし歩道に落ちているゴミは必ず拾うし、会社のゴミの分別は徹底的にやってくれる。
東山の金さんこと金太郎さんは背中に龍の彫物してあって根っからのヤクザだけど、弱い人にはとても優しい、歩道橋で困っていた老人を背中に背負って向こうまで送り届けたり、小さな赤ちゃんを連れたママの買い物台車を押してあげたり、泣く子を見るとあやしたりする。でもほとんどの子供がもっと大泣きしてしまったりするけど、優しさが溢れ出ているおじさんだ。
運転手の宮原丈治さんは一日のほとんど、誰とも口を聞かず、黙って他人を観察する所がある。暇さえあったら事務所の片隅で、腹筋を鍛えたり腕立て伏せをしている。腕立て伏せをする時よっ子は背中に座らされる。
よっ子26歳にして公園のシーソーに乗ってる気分に浸らしてもらう。
そして登板大介さんは、統制を図り妥協を許さずいつの時も厳しい、社長以外に自分を名を呼ばせない主義を通しているが、この間、社長につられて、つい、大介さんと言った時『なんだ』と返事をしてくれて怒られなかった。試しに翌日、大介さんと言ってみたら、また『なんだ』と返事をしてくれた。
背も高く男前で喧嘩も強いらしく、硬派で彼女がいない。とにかくキャバ嬢にモテる。
集金に行く店では、いつも大介の事を聞かれるよっ子、けれど、何も言うなと言われているため黙っていると。キャバ嬢たちに、
『このブス』と言われる。
すると一輝は、『こいつはブスじゃあねえ、ペチャパイだ』全然、嬉しくない助け舟。
そして一文字さんはいつも気にかけてくれる優しい兄さんのような存在だ。体調が悪い時さりげなく気づいてくれる『ちゃんとご飯食べてるのか』と言って、ヨーグルトを買ってくれるし、ハーゲンダッツが好きだと言ったら必ずコンビニに買い出し行くメンバーに『ハーゲンダッツ!ストロベリー』と言ってくれたり、極め付けはちょっぴり酔ったとき手を繋いでくれたりと、よっ子ふと胸を押さえる。
『外見じゃない。みんな素敵な人たちなんだよ。だけど、恋は絶対にしてはいけない』
次郎丸時貞はよっ子の歓迎会を催した。その時社長に耳打ちされた。
『いいかよっ子、ここの連中とは恋愛禁止だからな!わかったな』
よっ子は『はい』と返事をしたものの、じゃあどこで男を見つければいいのだろうかと考えた。会社にはいろんな男の背中がある。
けれど、その背負ってるものはただひとつ、
「清水次郎丸時貞を命を懸けて守る事」
軽くなんて生きてないことは、共に過ごしていれば分かる。
見た目も怖くて、話し方も恐ろしくドスがきいていて、すぐにカッとなって喧嘩祭りを興しそうだけど根っからの悪人の集合体ではない。本部勤務になって2ヶ月、よっ子はその目でしっかりとみんなを観察してきた。
よっ子は今まで無縁だった違う世界の真っ只中にいる。そしてよっ子自身の心にも変化が起きている。自覚しつつある本心をまだ誰にも打ち明けていない。
「そう言えばさあ、よっ子の住んでるアパートってこの近くなんだよね」
「はい、すぐそこですよ。いずれ母さんは早乙女洋菓子店の上に住むんです。またケーキ買ってくださいね。あっ!明那先輩は酒飲みだから甘いの駄目ですね。真由先輩、よろしくお願いします」
「よっ子、私をこれ以上太らせる気!」
「いいんじゃない、もっと大きくなれば」
2人はまたグラスを合わせてカチンと音をさせる。
「ライバルなのよね」
「なにがです」
よっ子は明那のグラスにビールを注ぐ、
「サンキュー。っていうか、真由子、あんた仕事どうなのよ」
「私!聞くまでもないでしょ。にひひひ、最高!もうたまらん!この仕事天職!私、本当に三代目に感謝してるのよ。会社潰してくれたこと、お店には天使ちゃんがいっぱいいるし、店長もいい人だし、その旦那さんもいい人だし、しょっちゅう焼き団子食べらるし、美玲さんが作るケーキ食べれるし、知ってる美玲さんの作るケーキめちゃくちゃ美味いんだから!もう天国よ」
「それそれ、よっ子、よっ子は社長になにも言われてないの?洋菓子店のこと」
「なにも、なんの事ですか?」
「ほら、うちの店!やだ〜うちの店って言っちゃった。うちの店のびれんの前にある。ほら、二階にあるカフェ・ミレイ、あそこ、店長の妹さんがやってる店なのね。だからそこ以外のケーキは買ってないのよ。ていうか、買えないじゃない」
「北町は早乙女洋菓子店派、南町はカフェ・ミレイ派でしょ。これこそ清水町の不文律、まさか、あんた知らなかったの」
よっ子は人中をぐーんと伸ばした。明那はよっ子人中を抑えて、
「あんたって、ほんとに、なにも知らないのね」
「そんな不文律があるんですか?」
「多分その不文律はあんたのその、なんて言うの新しいお父さん?お兄ちゃんみたいなお父さんは知ってると思うわよ。その不文律!よくこの街で洋菓子店オープンしたと思うもの。ただ、あんたが今働いている所は知らないのよね。それが救いよね。あんたが勤めている会社知ったらどうなるのかしらね。さて、あんたの勤め先はどこですか?」
「清水商会、またの名を
「しかし、おっかない名前よね。身内じゃなかったらっていうか、今までなら全く関係なかった世界よね。私ら三人」
明那は誇らしげに言う。
「でも、今や!どっぷり浸かってますからな楽しい毎日ですわ、がははは!」
真由子は楽しげだ。話し声のトーンがひとつ上がっているし巨体が弾んでいる。
よっ子の初日は緊張しすぎてカチカチのまま1日が過ぎ、この先、本当にここに勤めて良いのか迷い、転職サイトを見ていたけれど、大介に『3ヶ月は耐えろ』と助言された。
その3ヶ月の意味がなんなのかわからないけれど言われる通り3ヶ月を
真由子の勤め先の資本主は清水次郎丸時貞で明那の勤める弁護士事務所のオーナーは清水祥子弁護士だがその夫が清水次郎丸時貞で
よっ子の勤める清水商会またの名を極獄組総本部のその組長が清水次郎丸時貞で、その存在は誰がなんと言おうと3人にとって後光降り注ぐ神である事は間違いない。
なんとなく過ごしていた人生に輝きと夢を与え希望を持たせてくれた。
明那の周りにはキラキラと輝く光が纏っているし、今まで見たことのない笑顔の真由子は人生を謳歌している。そしてよっ子自身今の仕事が自分の性格に向いてるような気がしてならない。
男の中で男勝りの仕事、女では入れない世界、そこは異次元だ。男として生まれていないよっ子には決して踏み込めない世界、普通と違うそこが自分に合っている。
3人は自然とグラスを持ってそれぞれにグラスを掲げて、3つのグラスをカチンと合わせた。
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