第23話 コーラ

 大空蒼炎がゴブリンの巣穴で日本史や学生鞄を発見して数日が経った頃、レイズリー王国の王都から程近い街――マンスリー伯領内には衝撃が走っていた。


「なっ、なんだこの奇妙な飲み物は!?」


 ルブガルド・タルロス・マンスリー伯爵は、贔屓にしている商人から珍しい商品を入手したという一報を聞き、早速商人を自宅の屋敷に招き入れていた。


 応接室に入るや否や、小太りの商人はいつになく興奮した様子で木箱を取り出した。

 テーブルに置かれた木箱を開けると、そこには赤いラベルにコーラと書かれた350mlのペットボトルが一本収められていた。


「なんだ……それは?」


 不気味な黒い液体に、ルブガルドの眉間には険しい線が刻まれる。


「こちらはコーラという摩訶不思議な飲み物でございます。なんと一本白金貨1枚で入手した物にございます」

「なんと!? これが白金貨1枚だと!」

「さようでございます。しかも、今もその価格は上昇中とのこと。次に手に入るのは何時になることかは不明でございます。如何なさいましょ?」

「……いくらだ」

「今回は仕入れ値と同じ白金貨1枚で結構でございます」

「……仕入れ値と同じか……不気味だな」


 ルブガルドがそう思うのも無理はない。

 商人とは儲けを出してなんぼのもの。その彼が儲けを度外視するということは、何らかの裏があると思うのが当然である。


「マンスリー伯にお願いがあるのです」

「申してみよ」

「このコーラなる飲み物の製造元を探って頂きたいのです」

「貴様の事だからそうではないかと思っておったわ。して、このコーラなる黒い液体、それほどか?」

「まずは御賞味あれ」


 そういうと、小太りの商人は銀のグラスに黒い液体――コーラをゆっくりと注いでいく。

 すると、気圧や温度変化によって二酸化炭素が泡になる。


「なんだ、この泡は?」


 摩訶不思議な現象に目を瞠るルブガルドを、小太りの商人は得意気な顔でうなずいていた。


「原理は不明ですが、このようにグラスに注ぐと一部が泡となり消えるのです」

「……本当に飲んでも平気なのだろうな」

「ご心配はございません」


 顔に笑みを張り付けた商人の言葉を100%信用したわけではないが、この者に自分を騙すメリットがないこともルブガルドは十分に理解している。


 何より好奇心には勝てないのだ。


「匂いは……甘いな」


 グラスを傾け、葡萄酒の薫りを楽しむようにコーラの薫りを確認する。

 そして意を決したようにグラスに口をつけ、わずかにコーラを口に含んだ瞬間、ルブガルドの眼は大きく見開いた。


「なっ、なんだこの奇妙な飲み物は!?」


 ルブガルドは雷に撃たれたような衝撃にソファから立ち上がると、確かめるようにもう一度コーラを口にする。


「何かが破裂するような奇妙な感覚が口の中いっぱいに広がるのだが、不快さはまるでない。いや、それどころかこのシュワシュワは癖になる! そして何より品のある甘みは上質かつ濃厚な蜜のようではないか! それもただ甘いだけではない、まろやかなコクと風味がしっかりあり、何より後味が格別!」

「おわかり頂けましたでしょうか?」

「このような飲み物は飲んだことがない! 白金貨1枚というのも納得だ。して、これの製造元は何処なのだ!」


 新感覚の飲み物に興奮を抑えられない伯爵を見やり、小太りの商人は苦笑いを浮かべていた。


「そちらをマンスリー伯協力のもと、調べられたらと思っております。出来れば私どもとしましては、商業ギルドレッドファルコンにて独占販売をとも考えております。その暁にはマンスリー伯にも売上の数%をお約束致します」


 味わいながらコーラを飲み干したルブガルドは、今一度どっしりとソファに腰掛けた。それからテーブルに置かれた350mlのペットボトルに目を細め、思案する。


「製造者がすでに他ギルドと契約を結んでいたらどうするつもりだ」

「ですからマンスリー伯のお力を是非ともお借りしたいのです」

「なるほど、そういうことか」

「最悪コーラの製造方法を知る事ができれば、私どものギルドとしましては十分なのです」

「その時は元の製造者を暗殺……か。貴様のギルドは相変わらずだな」

「商売とは常に危険と隣り合わせなのでございます」



 時を同じくして、王都にあるレイズリー城でもグルメで知られる第二王女――ユリアナ・ブレッタ・クローズド・フォン・レイズリーもまた、摩訶不思議な黒い飲み物に魅了されていた。


「フローリアは居ますか! 至急この商品の製造元を調べてほしいのです!」

「かしこまりました」



 大空蒼炎が何となく異世界に持ち込んだコーラ、たかがコーラが自らの命を脅かすことになることを、蒼炎はまだ知らない。

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