第24話 シジスモンディ家
ゴブリンの巣穴で日本史と学生鞄を発見してから数日が過ぎた。
あの日からしばらくの間はAmazonsで商品をぽちり、コロネ村と迷宮都市ガルザークを往来するだけの日々を送っている。
現代と異世界を往来するのが俺だけではないと知った以上、これまでよりも一層慎重に行動しなければならない。相手が友好的なら何の問題もないのだが、そうでなかった場合を考えると、以前のように好き勝手行動できなくなる。
「で、調べられた?」
アマプラでゲーム・オブ・スローンズを観賞中のゆかなは、呑気にポップコーンを頬張りながら聞いてくる。
「吉原先生は今も高校で教壇に立ってるみたいだな」
「間違いないの?」
「フェイスブックに写真も載ってるから間違いないよ」
「なら違うのかな?」
ゆかなは2年4組の担任だった吉原先生が、異世界に行っているんじゃないかと見当をつけていた。俺以外に2年4組と深い接点を持ち、現在生きているのは当時担任だった吉原先生だけなのだ。
俺はそれだと学生鞄や教科書が落ちていた説明がつかないと言ったのだけど、ゆかなはそんなのはどうとでもなると言った。
吉原先生が生徒の遺品を異世界に持っていったのだと。
なぜ吉原先生が生徒の遺品をわざわざ異世界に持っていく必要があるのかと聞けば、先生はすでに転生した2年4組の誰かと接触しており、その生徒に持ってくるように頼まれたのだという。はっきり言って意味不明だ。
されど、そんなことを言っても彼女が不機嫌になるだけなので、とりあえず吉原先生の現在を調べてみた。SNSが発達した現代では恩師を見つけ出すことは実に容易い。
「今も教師をやりながら異世界に行ってるって線もあるんじゃない?」
「教師ってそんなに暇なのか? 俺のイメージだと教師って意外と忙しいイメージがあるんだけど」
「そうなの? 授業ない日とかは暇なんじゃない」
「授業するだけが仕事じゃないだろ」
「ならこの鞄は誰が、何のためにわざわざ異世界に持ってきたってのよ!」
「それは知らんけどさ」
「いい加減なんだから! そもそも本当に罰乃樹カオルは死んだんでしょうね!」
無茶苦茶なことを言いはじめる。
「あっ、ちょっと!?」
俺はゆかなが観ていたPCを奪い取り、別タブで15年前の事件を検索した。
15年経った今でも、ネット上には昨日の出来事のように詳細に事件の全容が記されている。俺はそれを見るように彼女に視線を投げた。
ゆかなは身を乗り出すようにして、記事に目を通している。
「イジメられていた生徒がナイフと自作銃でクラスメイトを惨殺。その後加害者少年もその場で自殺……」
2年4組の生徒は全員で31名。うち29名は殺害されており、事件を起こした犯人――罰乃樹カオルも事件直後に自害していることが書かれている。
「これでもまだカオル君が生きてるって言えるのか?」
「……罰乃樹が死んだってのは信じるわよ」
耳朶を触りながら腑に落ちないって顔のゆかなだが、こればかりは信じてもらうしかない。事実なのだから。
「あんたに聞いてからずっと気になっていた事が一つだけあるんだけどさ」
「なんだよ?」
「貴方は異世界でやり直せる
それは以前俺が答えたアンケートの内容だった。
「どうって……そのままの意味だろ? それ以外に何かあるのかよ?」
「ならあんたが思うそのままの意味ってなによ?」
「そりゃニートの俺が異世界でやり直せるってことだろ?」
難しい顔をしたゆかなは、頻りに耳朶を触っている。
「それってやり直すってことなのかな?」
「というと」
「アタシが思うやり直すってのは、タイムリープとかで時間を逆行するってことだと思うのよね。もしくはアタシみたいに生まれ変わってやり直すとか? 少なくとも異世界を行き来することではないと思うかな。それにやり直す
彼女いわく、俺は15年前に戻れる
「15年前……俺が高校生に戻れるってのかよ? んっなの馬鹿げてると思わないか?」
「それを言ってしまえばすべてが馬鹿げてるわよ。あんたの部屋の押し入れが異世界とつながった事も、アタシが異世界で生まれ変わった事も全部」
「仮にお前の言ったことを信じるとしてもだ、その試練ってのは何なんだよ?」
「それは……」
黙り込んでしまったゆかなが、何かを閃いたように眉を持ち上げる。
「前にあんたも言ってたわよね。アタシ以外にも向こうの世界で生まれ変わっている元2年4組の生徒がいるんじゃないかって」
「言ったけど、それがなんだよ?」
「全員に会えば何か分かるとか?」
「全員って……もしも本当にゆかなみたいに転生していたとしてもだな、みんながみんなお前みたいに前世の記憶を取り戻しているとは限らないだろ? 取り戻してない奴がいたらどうやって見つけ出せばいいんだよ。顔も名前も知らないんだぞ」
「だから先ずは記憶を取り戻してそうなのから会いに行けばいいんじゃない?」
「そんなやつ何処にいるんだよ!」
言ってすぐに「あっ!」俺は先日マルコスから聞いた隣国の賢者の話を思い出す。
「そうね。一人だけめちゃくちゃ怪しいのが居るわね」
ドヤ顔を決める彼女は大人気コミカライズ作品【転生したら賢者でした!】を掲げていた。
どうやら俺が寝ている間に読んでいたらしい。
◆◆◆◆◆
「さて、困りましたね」
腕を組み頭をひねるのは、商業ギルドブルーペガサスの商人マルコス。
「で、どうする?」
ギルド長席にどっしりと腰を下ろし、髭を蓄えた壮年の男はバルトロメウス・ヴェルザー。一代で商業ギルドブルーペガサスを築き上げた大商人である。
「取り引き相手の情報を開示することは出来かねますね」
一度はマルコスの言葉に鷹揚とうなずき返すバルトロメウスだが、一呼吸置いた後、「しかし」と言葉を続ける。
「相手は公爵令嬢。それもユリアナ・ブレッタ・クローズド・フォン・レイズリー第二王女の騎士でもある」
大空蒼炎から仕入れた摩訶不思議な飲み物コーラを、マルコスは部下の商人達を通し、レイズリー王国内でも有力とされる貴族達へ優先的に売っていた。
国内の有力貴族達の間で評判になれば、コーラの値打ちはさらに上がると予想しての行動だった――が、ここで思わぬ事態へと発展する。
とある貴族に販売したコーラのうち数本が国王陛下に献上されてしまったのだ。しかもそのうちの一本がグルメで知られるユリアナ第二王女へと渡ってしまう。ユリアナ王女殿下はコーラを甚く気に入り、コーラを製造している製造者に直接会いたいとブルーペガサスに使者を向かわせた。
その使者というのがユリアナ王女殿下の側近として知られる女騎士――フローリア・シジスモンディ。
シジスモンディ家といえばレイズリー王国でも指折り屈指の大貴族、公爵家である。
ユリアナ第二王女殿下の側近騎士であり、公爵家のフローリアを無下に追い払ったとなれば、さすがのバルトロメウス・ヴェルザーも不敬罪に問われ兼ねない。
「やむを得ませんね。蒼炎さんが商品を納品しに来てくださり次第、至急確認してみましょう」
「すまんな。フローリア公爵令嬢にも事情を説明しておく。しばらくは待ってくれるだろう」
◆◆◆◆◆
「ソウエン・オオゾラ様ですね」
いつものように迷宮都市ガルザークにやって来ると、関所を通過したところで見知らぬ男に呼び止められた。見るからに商人といった出で立ちの男だ。
「そうだけど、あんた誰?」
警戒のためにサングラスを掛け直す俺の隣で、ゆかなはこれでもかってくらいにフードを引っ張っていた。荷馬車の下から覗かれたら耳が見えると思ったのだろう、その仕草が可愛かった。
「申し遅れました、わたくしは商業ギルドブルーペガサスの商人でございます。マルコスに言われてソウエン様をお迎えに参りました」
「迎え……?」
妙だな。
これまでマルコスの元に何度も商品を届けているが、彼が迎えを寄越したことなど一度もない。関所を通ったところで待ち伏せているところからしても、怪しい。
実に怪しいと探偵物語の工藤俊作のようにサングラスをずらし、隙間から彼の顔を見やる。すると何かに気が付いたのか、男は胸に付けていたブローチを外し、それをこちらに差し出した。
「これは」
見覚えのある天秤が描かれたブローチは、商業ギルドブルーペガサスの商人であることを証明するもの。どうやら彼はれっきとしたブルーペガサスの商人らしい。疑って悪かったと謝っておく。
「いえいえ、警戒するのは当然です」
「で、何の用だ? 商品なら今から届けに行くつもりだけど」
「実はですね――」
男の話を要約すると、俺がマルコスに卸しているコーラは一部の貴族の間で話題になっているという。ただ話題になっているだけなら別段問題はないのだが、問題はコーラを巡り貴族間で軋轢が生じているというのだ。
要は貴族によるコーラの奪い合いが始まろうとしている。
そして現在、商業ギルドブルーペガサスには一癖も二癖もある非常にめんどくさい御仁が訪ねて来ている。目的はコーラの製造者である俺だという。
「なんで俺なんだよ? コーラが欲しけりゃマルコスと交渉すりゃいいだけだろ」
「相手はコーラが欲しいわけではないのです」
コーラが欲しくないって……ならなんで俺なんだ? ますます意味がわからない。
「分かりませんか? 相手は製造方法を知りたいのです!」
「なっ!?」
コーラの製造方法だと!?
そんなの知るわけないだろ。
こっちだってAmazonsでポチってるだけなんだから。
「御仁はすでにソウエン様のことも突き止めておられます」
「えっ!?」
「このままではソウエン様の自宅に使者が、あるいは御仁自らがいつ訪ねて来るやもしれません」
「それは非常にまずい」
押しかけて来られても、コーラの作り方なんて教えられない。一旦戻ってググればひょっとしたらコーラの作り方も分かるかもしれないけど、こっちに原材料が存在しなかったらどうする。
そもそもコーラを作れたとしても、樽なんかに入れて運んでしまえば、運搬中に確実に炭酸は抜けてしまう。そうなれば商品が購入者の元に届く時には、気の抜けた糞不味いコーラの出来上がりだ。
それを防ぐためには開封していないペットボトルが必要となる。そんなものここ異世界で作れるわけがない。
「どうすりゃいいんだよ!」
「落ち着いてください、ソウエン様! そのために私奴がいるのです」
「何か策があるのか?」
「しばらくの間、我々ブルーペガサスがソウエン様の保護をすることになったのです」
「……うーん」
有り難い申し出だけど、正直めんどくさい。
それならしばらくの間向こうの世界に戻って居れば済むだけの話なのだ。
なので申し訳ないが丁重に断らせてもらう。
「……っ」
「どうかしたか?」
申し出を断ると、男は焼印のようなしわを眉間に刻みつけた。
「あっ、いえ、でしたらソウエン様の口からそう仰って頂けないでしょうか?」
「……なんで?」
「わたくしのような下っ端がギルド長にそのような報告を致しますと、こちらの不手際でソウエン様の気を害してしまったと思われかねないのです」
「そういうことなら仕方ない。でもギルドには御仁とやらが居るんだろ? 何処に行けばいいんだよ?」
「街の西側で落ち合う予定でしたので、そちらに」
街の西側って、以前襲われた教会がある場所だ。あそこはスラム街だったはず、そんなところで待ち合わせるのか。
少し妙に感じたので直接尋ねると、
「だからこそ、丁度良いのです」
「……そうか」
木を隠すなら森、追われている者を隠すならスラムはうってつけなのかもしれない。
「少しスラムに行くらしいが、いいか?」
「仕方ないわね。さっさと行って帰るわよ」
「だな。んっじゃ案内を頼めるか」
男は笑顔で「もちろんです」と頷き、御者台に乗り込んできた。
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