第22話 そこにあってはならないモノ

「ヒィッ!?」


 ゴブリンをすべて倒した俺はもう大丈夫だからと彼女達に歩み寄ったのだけど、その彼女達は俺から逃げるように壁際まで後退。ガタガタと震えながら身お寄せ合っている。


「……?」

「あんたが怖いのよ」


 イメージしていたリアクションとの違いに首をかしげていると、疲れた声でゆかなが言った。


「俺が、怖い……?」


 全裸のお姉様方からヒーロー扱いされてちょっぴりえっちな抱擁を交わすならいざ知らず、避けられて怯えられるのは意味がわからん。これでは助け損ではないか。

 彼女達を助けるために此処へ来たわけでも、ゴブリンを倒したわけでもないのだが。


「眼の前であんなに楽しそうにゴブリンを斬り刻んでいたら、そりゃ普通は恐怖を覚えるわよ。あとそのガスマスクが悪魔みたいで不気味なのも原因かもね」

「え!? 普通に格好いいだろ」

「どこがよ!」


 スチームパンクっぽくてエモいと思ったのだが、どうやら女子には不評のようだ。


「うわぁ、臭っ!?」


 ダメだこりゃ。

 女の子に嫌われるくらいならいっそ外してしまえと思ったのだけど、強烈な死臭とメタンガスに鼻がもげてしまう。


「本当に軟弱なんだから」

「いやいや、俺はお前達と違って敏感鼻なんだよ!」

「敏感肌みたいに言ってんじゃないわよ! ったく。ここはもういいから、あんたは念のため周囲を警戒。彼女達のことはアタシが対応するから」

「………」


 少しもったいない気がしてすぐに返事ができない。なんたって相手は全裸なのだ。

 こんな機会でもない限り、女の子の全裸をじっくり拝見する機会など訪れない。


「いや、俺も一緒に」


 魔剣を鞘に収めると同時に、俺のエクスカリバーがもっこり聖光を放ちはじめる。できれば間近でみたいと願うのは純粋なスケベ心から。


「あんたは来なくていいから、奥にゴブリンが残ってないか確認して」

「でもっ!」

「怒るわよ」

「俺も彼女達が心配なんだよ! 嘘じゃない!」

「そんな怪しげな笑顔で言われてハイそうですかって信じると思う?」

「マスクしてるんだから見えるわけないだろ!」

「目が思いっきり笑ってんのよ! この変態っ!!」

「わ、悪かったよ!」


 逃げるようにその場を離れた俺は、ゆかなに言われた通り奥のスペースを調べることにした。


「気味が悪いな」


 奥には大量の骨が山のように積み重ねられている。中にはひょっとしたら人間のものもあるかもしれないが、パッと見は動物のものが殆どだと思う。


「……ん?」


 そんな中、俺のヘッドライトはあり得ないモノを照らし出していた。


「なんで……ここにこんなものがあるんだよ?」


 俺は慌ててそれを手に取った。

 日本史と書かれた教科書を……。


「異世界に日本史……? あるのか!? ――いや、さすがに日本史なんてあるはずない!」


 しかし、これは確かに日本史だ。それだけじゃない。学生鞄も発見した。

 かなりボロボロになっているが、それは間違いなく学生鞄。


「……なんで……」


 ボロボロの学生鞄には九泉高校と書かれていた。

 それは俺達が通っていた高校名だった。


「なんでこんなモノが異世界こっちに存在するんだよ」


 まさか、こちらの世界とあちらの世界を行き来している奴が、俺以外にも居るっていうのか。


 そもそもなんで俺だけだって思い込んでいたのだろう。

 俺の部屋の押し入れと異世界がつながったのは、間違いなくあの広告とアンケートが原因。だとすれば、俺以外にもあの広告をクリックしてアンケートに答えていた奴がいたとしても何ら不思議ではない。いや、むしろいない方がおかしいまである。


 でも、だとしてもやはりおかしい。


 九泉高校は今から10年前に合併しており、現在は小泉高校という名前に変わっている。

 仮にこの学生鞄の持ち主がこちらの世界に来ていたとしても、なぜ10年前になくなったはずの九泉高校の学生鞄を持っているのだろう。


「……10年前、あるいはそれより前に来ていたということか?」


 そんなことがあり得るのか。


「なにもないなら一旦外に出るわよ」

「すぐ行く」


 もう少し調べたかったが、傷ついた彼女達が一緒なので仕方ない。発見した教科書と学生鞄をリュックサックに詰め、ゆかな達と合流する。


「あ……」

「残念だったわね」


 ボロボロの衣服を肩から掛けた彼女達を一瞥した俺に、ゆかなはフードの下で口角をあげた。


「そ、そんなんじゃないから。第一俺はお前以外興味ないしっ」

「はいはい。そういう事にしておいてあげるわよ」

「怒った環奈! 許さない環奈!」

「何よそれ。意味がわからないんだけど……」


 う〜ん……やはりこのギャグはまだ早かったか。


 洞窟を出ると辺りはすっかり暗闇に包まれていた。松明を掲げたソフィア達と合流した俺達は話もそこそに移動を開始、村へと帰還した。ちなみに救出した彼女達はコロネ村からほど近い場所にある、ポックリ村の出身らしい。




 ◆◆◆◆◆




 帰還後は村長宅で今後についての話し合いが行われた。厄災の魔女がこの地を離れたという確証が持てるまでの間、村の警備を強化する方向で話し合いが進められる。俺はそんなことより村を囲う柵を作ることを提案したが、却下されてしまった。なんでもそんな人手はどこにもないらしい。


 昼間はみんなそれぞれ仕事があるので、とても柵を作っている時間などないのだとか。

 俺の発想はまさにニート的だったというわけだ。


「あ、あとこれ」

「いえ、しかしこれはっ」


 俺は腰袋から白金貨を1枚取り出し、村長に差し出した。


「それで牛や馬を買うといい」

「よろしいのですか!?」

「ああ、村長にはずいぶんと世話になったしな。俺からの気持ちだよ」


 というのは勿論建前で、本当はゆかながずっと気にしていたので、少しでも彼女の心が軽くなればいいなと思っただけだ。幸いこちらの貨幣ならばたんまりとある。借金もたんまりとあるのだが……。


「彼女達、大丈夫だといいんだけど」


 村長宅をあとにして自宅に向かうまでの道のり、ゆかなが心配そうにつぶやく。


「ゆかなのヒールで回復したんだし大丈夫だろ。それよりゆかなの方こそ大丈夫か? 魔法使いすぎてフラフラしてたろ」

「アタシは平気。それより彼女達よ」


 ゆかなさえ無事ならそれでいい、そんな風に思う俺は薄情者なのかもしれない。


「ヒールは肉体的な傷を癒せても、心の傷を癒やすことはできないのよ」


 ゴブリンに乱暴されたのだ、彼女達が味わった苦痛などとても想像がつかない。

 もしも俺がゴブリン(雌)にはじめてを奪われたら、想像しただけで身の毛がよだつ。

 きっと俺は人格崩壊を起こすだろう。

 そう考えると、確かにゆかなが彼女達を心配する気持ちも少しは分かる。


 しかし、彼女達のことよりも気になることがある。俺はそれをリュクから取り出してゆかなに差し出した。


「なによ……これ?」

「日本史だ」

「……あんたこんなの持ち歩いてるわけ? それもボロボロじゃない」

「持ち歩いてないし、もちろん俺のでもない」

「……どういこと?」


 一旦息を吸い込んだ俺は、不思議そうに見つめるその丸い青色の瞳としばらく目を合わせていて、そこで言うべき言葉を何度も逡巡し、さっき拾った。なんとかその言葉だけは吐き出すことに成功する。


「は?」


 当然彼女は何言ってんだこいつと俺の目を見つめ返してくる。正直俺も自分で何言ってんのか分からない。


「拾ったって……これ日本史よね?」

「そう書いてるな」

「………」


 フードを被っているので表情は見えないけど、教科書に視線を落としたまま動かなくなってしまった彼女は、明らかに困惑している。


「あとな、こんなのも落ちてた」


 俺はボロボロの学生鞄をゆかなへと差し出した。


「……うそでしょ」


 彼女のリアクションは正しい。

 ゆかなには母校(といっても卒業はしていない)九泉高校は10年前に合併してなくなっている事を伝えてある。その事を知っているからこそ、学生鞄の九泉高校という文字に当惑しているのだろう。


「ねぇ……これ」


 しかし、彼女が驚いていたのはそこではない。ゆかなは学生鞄の引き手部分についていた御守りに触れているのだ。


「……あ」


 ゆかなに言われるまで気付かなかったが、その色褪せた御守りには俺も見覚えがあった。


 俺達の高校はクラス替えがなく、一度クラスが決まると入学から卒業までの3年間同じクラスになる。それは高校入学したばかりの頃だった。西園寺アリサという神社の娘が、お近づきの印にと、クラスメイト全員に学業に関する御守りを配ったのだ。


 その御守りは特徴的で、袋に「西」という漢字が散りばめられてあった。

 まさに、今この学生鞄に付いているのと同じように。


「これ……2年4組の誰かの鞄なんじゃない?」

「………」


 そんな馬鹿なと思う一方、俺は鳥肌がとまらなかった。

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