第20話 狙われたコロネ村
マルコスとの商談を終えた俺達は商業ギルドブルーペガサスをあとにした。
街に長居するとろくなことにならないので、そそくさとコロネ村に帰還する。
「帰ったらゲーム・オブ・スローンズ一緒に観ないか?」
「なによそれ?」
「アメリカのダークファンタジードラマなんだけどさ、これがめちゃくちゃ面白いんだよ。絶対にゆかなも気にいると思う」
「それもいいけどクレープ買いに行かない?」
「えぇー」
「そのあと観ればいいじゃない」
「駅まで行くのめんどくさくないか?」
「そんなんだから怠惰な剣に選ばれんのよ」
「……」
「アタシと一緒なんだから我慢しなさい」
「へ〜い」
帰宅後の予定を立てながら荷馬車を降りると、慌てた様子のアニーがこちらに向かって走ってくる。俺はできることなら見なかったことにして、さっさと家の中に入ってしまいたかった。
「大変です! 大変ですよ蒼炎様っ!!」
息を切らすアニーに落ち着くよう言い、俺は彼女が息を整えるのを待ってから「どうした?」声を掛けた。
「殺されたんです!」
「殺された!?」
聞き慣れない言葉に一瞬理解が追いつかなかったけれど、すぐに背筋が寒くなる。
「………っ」
反射的にゆかなへ顔を向けると、彼女は顔を隠すようにフードを引っ張りうつむいた。
「殺されたって……誰が」
恐る恐る尋ねると、アニーは「村長さんの……」言いかけて顔に暗い影を落とす。
おそらく村長の身内がモンスターの被害に遭ったということなのだろう。
「とにかく一緒に来てください!」
「――あっ、ちょっ!?」
アニーに引っ張られる形でやって来たのは、村長宅の裏手にある厩舎。小屋の入り口を取り囲む形で村の住民達が集まっている。
「通してくださいっ!」
大きな声を響かせながら人混みをかき分けるアニーに続き、俺も厩舎に足を踏み入れた。
真っ先に目に留まったのは、派手なゴシックドレスを身にまとった銀髪ツインテール、ソフィアの姿だった。近くにはガックリと膝をつく村長の姿もある。彼の傍らには目を覆いたくなるほど酷い姿で横たわる家畜がいた。それも一匹や二匹ではない。家畜小屋にいたと思われる牛や馬は一匹残らず死んでいたのだ。
「なんだよ……これ」
鼻腔を満たす強烈な死の臭いに気持ち悪くなり、帰ってくる途中に食べた菓子パンやサンドイッチが喉元まで迫り上がってくる。
俺はとっさに後ろ腰に提げた魔剣に手を伸ばす。したらば瞬間で吐き気は収まり、心の奥にぽかっと火がともるみたいに胸のつかえが下りる。
「アニーに蒼炎か……ん? そっちは誰だ? 見ん顔だな」
「俺の妹だ」
「ふむ、そうか」
ひどい厨ニ病を患っているソフィアも、この時ばかりは真面目な顔をしていた。
俺は厩舎内をサッと見渡す。何かを引きずった血の跡がべっとり地面についていた。それに無数の足跡がある。
「家畜だけか」
殺されているのが家畜だけであることを確認した俺は、内心ホッとしていた。
「もう、終わりだ……」
俺とは違い、この世の終わりみたいな声を発しているのは村長だ。彼は倒産した経営者みたいな顔をしている。
「彼奴の収入源の大半はチーズの原料となる牛乳だったからな」
収入源の牛が一匹残らず殺されたのだから、倒産した経営者のようになるのも無理はない。
「村長には悪いが、被害が家畜で済んだのは不幸中の幸いというやつだな」
これが家畜ではなく人だったら……そう考えると身の毛がよだつ。
「でも早いところ何とかしないと、次は村人がやられてしまいますよ」
「うむ、足跡からして群れで襲ってきておるようだしな」
厩舎内の至るところに真っ赤な足跡が無数に残っている。サイズは18cm程と小さく、人間で言うところの6歳〜8歳くらいの子供と同じくらいだと思われる。
「足跡、それに手口から見てゴブリンだど思うわ」
ゆかながそっと耳元でささやく。
「手口……?」
「ゴブリンは生き物を殺すとああやって、臓物を辺りに撒き散らすのよ」
たしかに殺された牛や馬の内臓が厩舎内にばら撒かれている。
「何のためにそんなことするんだよ?」
「詳しくは知らないけど、一節には人間に恐怖心を植えつけるため、あえて残虐にするらしいわよ。他の生き物に縄張りを主張するためってのもあると思うけど、ゴブリンに直接聞いたわけじゃないから本当のところは誰も知らないのよ」
さすが長年山奥に住んでいただけあり、ゆかなはこの手のことには詳しいようだ。
「ゴブリンが襲って来たときに気づかなかったのか?」
「分かりませんでした」
アニー曰く、昼間はみんな農作業をしていたのだという。畑と村長の厩舎の位置が離れていたため、気づけなかったらしい。
俺は地面にべっとり付いた血の跡を辿り厩舎の外に出た。ナメクジが張ったような血の跡は森へと続いている。
「獲物を巣に運んだようね」
「牛を丸々一匹持ち去ったってことか」
「だと思うわよ」
めんどうなことになってきたなと頭を抱える俺の後方で、村人達が騒ぎ出していた。
「だから早いところ厄災の魔女を見つけ出して追い払わにゃならんと言ったんだ」
「これもすべて不幸を運んできた厄災の魔女の仕業だ」
どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
「気にすることねぇからな」
「……」
「お前が居ようが居まいが、遅かれ早かれこの村は間違いなくモンスターに襲われていたんだ」
「……あんたはアタシに甘いから」
「たしかに俺はお前にだけはメイプルシロップのように甘い。それは間違いない。断言してやる。でも、それだけじゃない」
モンスターが潜む森が目と鼻の先にあるというのに、この村の連中は柵すら建てていないのだ。こんなことを言えば反感を買ってしまうかもしれないが、俺から言わせてもらえば彼らの危機管理能力にも問題がある。
これではどうぞ襲ってくださいと言っているようなものではないか。
大体にしてこの村の連中はモンスターを舐め過ぎなんだ。
迷宮都市ガルザークのような外壁を作り上げろとまでは言わないが、せめて村を取り囲むように木の柵くらいはこしらえて置くべきだったんだ。
しっかり対策を講じていれば、今回の件だって未然に防げていたと思う。
何もかもハーフエルフのせいにする彼らに、俺は軽く嫌悪感を覚えてしまいそうになる。
「……!?」
村の連中のことよりも、俺はゆかなのことが心配だった。変に責任を感じてしまっているのではないかと思案すれば、居ても立っても居られない。無意識のうちに彼女の右手を握りしめていたのは、守りたいという強い思いからだった。
決して今なら自然に恋人つなぎができそうだったからとかいう、不純な動機などではない。
ギュッ、ギュッ――ラブノックでそれとなく俺がいるからアピールをしたことについては、不純な動機だったことを認める。
「……」
しかし、俺は同時に驚いていた。
というのもすぐに手を振り払われてしまうと思っていたのだけど、意外にも手を振り払われることはなかった。それどころか、彼女はギュッと俺の手を握り返していたんだ。
いじらしい彼女が可愛すぎて、俺はペテルギウス・ロマネコンティのように脳が震えていた。
その後、デュフフな俺になんの相談もなく、ソフィアが自警団を二チームに分けてしまった。村に残って警備を担当するチームと、ゴブリンを討伐する殲滅チーム。
当然のように俺は後者に振り分けられていた。
「ちょっと待て! なんで俺がゴブリンを討伐しに行かにゃならんのだ!」
俺はこのあとゆかなとクレープを買いに行き、二人で仲良くゲーム・オブ・スローンズを観賞する予定だったのに。
「一度村まで下りて来た以上、ゴブリンは必ずもう一度村にやって来ます。その前に倒さなければ犠牲者が出てしまいます」
「アニーのいう通りなのだ! 我の封印されし左眼――時空龍が視せたビジョンには、このままだと悲惨な結末が映し出されておる」
「村の人達はモンスターとの戦闘経験がないんです。わたし達は蒼炎様に頼るしかありません」
俺もモンスターと戦ったことなんてねぇよ! あるわけないだろ!
「アタシも行く!」
ゴブリン討伐を断るいい方法はないものかと考えを巡らせる一方、俺の手を強く握りしめたゆかながまさかの宣言。
「なんでだよ!?」
ゆかなは俺なんかよりもずっと強いかもしれないけど、俺は彼女を危険に晒したくない。
そのことを素直に伝えると、握られた手に一層力が込められる。
「ありがとう。でもね、やっぱりまったく責任を感じないなんてアタシには無理なのよ」
「いや、でもっ」
「今回は家畜だったからまだ良かったけど、これが小さな子供だったらって考えると……アタシはきっと立ち直れなくなる。たぶん、あんたの隣に立っていることすら苦しくなる」
「………」
俺は何も言えなかった。
「あんたの隣に居るためにも、アタシは戦う」
フードを目深に被った彼女の表情はうかがい知れなかったけれど、その声はとても真剣なものだった。
「しゃーねぇな。めんどくさいけどやるしかないか。嫁に一人で無茶させるわけにはいかないもんな」
「……ごめんね。それと、ありがとう」
「………お、おう」
てっきり誰があんたの嫁なのよ! 罵倒されるものとばかり思っていたけど、返ってきたのはまさかの謝罪と感謝の言葉。
予想外の反応に少しばかりリアクションに困ってしまった。それだけ彼女は真剣で、責任を感じているということなのだろう。
彼女のせいではないというのに……。
「心配すんな。言ったろ? 俺がモンスターを一匹残らず蹴散らしてやる。誰にもお前のせいだなんて言わせないって」
「……うん!」
村のためではなく、俺は彼女のために戦う。
俺は秘かに心に誓っていた。
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