第19話 魔法の書と転生者
「ずいぶんと奇妙な恰好をした二人組だな。旅芸人か?」
奇抜すぎた恰好が災いしたのか、俺達は関所の兵士に不審な眼を向けられていた。
「異国からこちらに来たばかりでな」
「まずは素顔を見せろ」
「これを……」
俺はマルコスから貰っていた取引証を提示。取引証には商業ギルド――ブルーペガサスのエンブレムが描かれている。これを持つ者はブルーペガサスと正式に取引をしている生産者であるとされる。
「これは!?」
迷宮都市ガルザークはその名の通り迷宮によって利益を得ているのだが、商業ギルドブルーペガサスが毎年収める莫大な税の前では、天恵も霞んでしまう。
ガルザークの領主はブルーペガサスに数多くの特権を与えており、彼らと取引をする生産者にもその恩恵は多少なりとも与えられる。取引証はその恩恵を得るためのアイテムなのだ。
「失礼した」
取引証を見せた途端に居住まいを正す男を見て、この街において商業ギルドブルーペガサスが如何に強大な権力を握っているのかが窺える。
「商業ギルドと取引してるだけでこんなにも対応って変わるものなのね」
「結局世の中は金だからな」
生産者がへそを曲げて取引しなくなればブルーペガサスは損失を被る。商業ギルドは売上の数%を税として街に――領主に収める必要があるため、そうなれば領主が得る税も当然減少。
領主は税の一部を国に収めなければならない。その税が多ければ多いほど国から評価されるシステム。稀に出世することもある。ここで云う出世とは、陞爵のことである。逆に税が少ないければ降爵・褫爵の可能性もゼロではない。要は無能な貴族は国に不必要ということだ。
金を稼げず国に貢献できない無能を切り捨て、国は新たに優秀な者を叙爵させる。
この世界の男爵に大商人と云われる者が多いのもそのためだ。
「要はみんなお金が大好きってこと?」
「まあそうだな」
国とはまさにチェスゲーム。
チェスで大切なことはキングの死守。
ポーンな平民は存外に扱われることが多い。ナイトな貴族の代わりも案外多いものだ。無論替えの効かない優秀な貴族も中にはいると思うけど、そうゆう連中は大概どんなラノベでも優遇されているもの、金を積まなければ正当に評価されない者は、所詮その程度の価値しかないということなのだから。
「貴族も意外と大変なのね。ふんぞり返っているだけだと思ってたわ」
「貴族って言えば聞こえはいいけどさ、異世界社畜って言えば幻想も吹き飛んでしまうだろ?」
「それめちゃくちゃ聞こえ悪いんだけど」
「国とは大企業で貴族ってのは役職持ったリーマンなわけ。んっで平民は平リーマン。みんな
優秀な貴族ほど平民に厳しいが、その分安全な街を提供する。だから平リーマンな平民は文句を言いながらもそれを知らず識らずのうちに受け入れている。逆にオールドマン家のような甘い上司に当たると楽だが、必ずあとで頭を抱えることになる。その先に待っているのは破滅の二文字なのだから。
問題は破滅コースまっしぐらの村に俺の家があるということ。
が、今はそんなことはどうでもいい。
南の商業地区を荷馬車で進めば豪華な建物が見えてくる。
商業ギルドブルーペガサスの本拠地である。
荷馬車を停めた俺はゆかなを連れて受付に向かった。ボインなお姉さんにマルコスへの取り次ぎを頼むと、彼はものの数分でやって来た。
「昨日の今日ですごい量ですね。正直驚きましたよ」
荷馬車の積荷を見たマルコスは瞠目しながらも、積荷をすべて商談室に運ぶよう部下達に指示を出している。
「そちらは?」
マルコスはゆかなを一瞥。次いで俺を見る眼が説明を求めていた。
「妹です。一人だと何かと大変なので、妹に手伝ってもらうことにしたんですよ」
「……そうですか」
素顔を隠していることに対してマルコスが言及することはなく、俺達は商談室に通された。
温かい紅茶でもてなされる一方、それ以上なにも聞いてこないマルコスに奇妙な違和感を覚えた俺は、自らそのことについて言及した。
すると、
「わたしは商人ですから」
マルコスは目を細めて微笑んだ。
どういう意味だろう。
わからないと眉根を寄せる俺に、マルコスは「商人の武器は情報です」と付け加える。
「情報……か」
要はマルコスが最初に発した「そちらは?」この質問は俺がゆかなのことをどういう扱いにしたいのかを問うものだったといこと。
つまり早い話が、マルコスは俺の隣でフードを目深に被っている少女がハーフエルフだということを知っている、暗にそう言っているのだ。その上で俺に「そちらは?」と尋ねたのは、取引相手である俺との関係を良好なものにするため。恐るべき異世界商人。
「……いいんですか?」
「レイシストな商人なんて三流以下の四流ですよ。それが希少価値のあるものなら、我々商人は山奥で暮らす少数派部族とも取引を行います。それが商人という者です」
その話を聞いて安心した俺は、帽子とサングラスを外してから苦い紅茶で喉を潤す。
多少緊張していたこともあり、喉が渇いていた。
ゆかなにも外していいぞと伝えると、彼女は意外にすんなりとサングラスとフードを外した。
「警戒して取らないかと思ったよ」
素直に気持ちを口にすれば、ゆかなはこの人からは一切敵意を感じないからと言い、ティーカップに口をつけた。
「早速ですが商談に入らせて頂いてもよろしいですか?」
「では、そちらの商品から説明させていただきますね」
俺はマルコスの部下によって運ばれていた商品の説明を一つ一つ丁寧に行う。必要に応じて試食をしてもらうのは、少しでも買い取り額を引き上げたい下心から。毎月白金貨5枚という超高額返済を行うためにも、銅貨1枚でも多く高値で引き取ってもらわなければならない。
「これはすごい!?」
コピー用紙や砂糖はもちろんのこと、ボールペンや胡椒などの商品をマルコスに査定してもらった俺はその結果に目を見張っていたのだが、なかでもマルコスが絶賛したものはAmazonsで今朝方届いたある品物。
「蒼炎さん! この未知の飲み物は革命がおきますよ!」
現代人なら誰もが一度は飲んだことがある飲み物、コーラだ。
「このコーラという飲み物はどの程度仕入れる事が可能ですか!」
マルコスは余程コーラが気に入ったのか、机に手をつきながら前のめりになって聞いてくる。
「え……あぁ」
俺は少し困っていた。
というのもコピー用紙に砂糖、胡椒、ボールペン、大学ノート、手軽に購入可能なこれらとは違い、コーラは中々数を買うのが厳しい。
量が増えるとかさばるし、なにより重たい。なのでスーパーでは購入せずにAmazonsで箱買いしていたのだけど、あまり買いすぎると家族に不審がられてしまう。
「数はそんなに期待してもらわない方がいいかもしれませんね」
「具体的にはどの程度ですか?」
「うーん……」
コーラは24本入り(350ml)で1864円もするので、一度に買うとなると一気に資金がなくなってしまう。円への換金方法が不安な今は、確実に仕入れることが可能な本数に設定しないと、信用問題に関わってくる。マルコスのような商人はその辺をしっかりして置かなければ、あとで契約違反だなんだ言われかねないからな。
仮に毎月10ケース、240本のコーラを仕入れるとなった場合、それだけで毎月18640円も掛かってしまう。
しかし、あまりに出荷本数を少なく設定し過ぎると、今度は却って生産性に難有りと判断されてしまう可能性がある。そうなれば食いつきの良かったコーラは生産性が確保されてから、なんてことにもなりかねない。
確実に仕入れることが可能な本数を頭の中で弾く。
「今のところは240本が限界ですね。少なくて申し訳ありません」
「いえいえ、それだけあれば中々ですよ。当面の間は一部の上位貴族だけにしか卸さなければ問題ないと思います」
マルコスはそう言ってくれるのだけど、俺は果たしてそうだろうかと思案してしまう。
自分で持ってきておいてなんだが、マルコスの反応を見た俺はコーラを
というのも、コーラは意外と中毒性が強い飲み物であるということ。その中毒性の高さから、大昔はコーラの原材料にコカインが使われているのではないかと言われたほどだ。
350mlのペットボトルを貴族が購入したとして、それを飲み干してしまうのはあっという間。新たなコーラを売ってくれと言われても、次に入荷するまでは一月。そんな事を言われてこの世界の貴族はおとなしく待ってくれるのだろうか? そこが唯一不安な点だ。
「コーラ一本大金貨1枚でどうでしょうか!」
「!?」
「い、今なんてっ、?」
「コーラ一本大金貨1枚でどうでしょうかと言いました。少なかったでしょうか?」
逆だ。
俺は飲んでいた紅茶を吹きかけてしまい、ゆかなは金額を聞いて目を皿のようにしている。
なんたって350mlのコーラが一本50万で売れたのだ。そりゃそんな顔にもなる。
但し、疑問も残る。
たかが飲み物が本当にそんな額で売れるのかということだ。俺から大金貨1枚でコーラを買い取るということは、消費者が購入する際はそれ以上の金額になるということ。
俺なら絶対にいらないと思うのだが、マルコスは自信に満ちた顔で言った。
「絶対に売れます! わたしが保証しましょう! 場合によっては白金貨1枚、いや、それ以上出してでも買いたいと仰る貴族は必ずいます。このコーラという魔法の飲み物にはそれほどの魔力が秘められているんです」
コーラの魅力を熱弁するマルコス。
一流の商人たる男が言うのだからそうなのだろう。とそこで、俺の世界でもロマネ・コンティとかいうワインが200万とか300万という馬鹿げた値段で売られていることを思い出す。
きっと異世界人にとってのコーラはロマネ・コンティになり得る飲み物なのだろう。
コーラ1ケース24本で1200万も稼いでしまった。
ちなみに今回持ってきた商品、一つ辺りの買い取り額は以下の通り。
砂糖 大銀貨1枚
コピー用紙(500枚) 白金貨1枚、大金貨1枚、金貨3枚
ボールペン 大銀貨1枚
胡椒一瓶 金貨1枚
大学ノート(30枚) 金貨2枚
コーラ350ml一本 大金貨1枚
ベルフェゴールのおっさんのところの借金2億、ひょっとしてこれって思っていたより楽勝なんじゃないのかと思案してしまうほど、一つ辺りの単価が高い。
「ねぇ聞かなくていいわけ?」
テーブルに並べられた貨幣をにこにこ顔で数えていると、隣のゆかなが肘で脇を突いてきた。
「なにを?」
「はぁ……。あんた魔法の書が欲しいんじゃなかったの?」
あっ、そうでした。
重要なことを思い出した俺は魔法の書についてマルコスに尋ねた。
「魔法の書はその希少性から滅多に出回らないですね。仮に出回ったとしても、平民に話がくることはないかと。それに書の内容にもよりますが、とても高額だと聞きます」
「高額って、いくらくらいですか?」
「これはあくまで聞いた話なのですが、前回魔法の書が販売された金額は白金貨1000枚だったとか」
「白金貨1000枚!?」
日本円にして10億だと!?
ベルフェゴールのおっさんも真っ青のぼったくり価格じゃないか。
「自分で手に入れることはできないの?」
ショックで口から魂が抜け落ちてしまう俺の隣で、凛とした声が響いた。
「稀にではありますが、迷宮内で発見されることがあると聞きますね」
迷宮か……。
遠距離から安全にモンスターと戦いたいから魔法を得ようというのに、モンスターの巣窟に魔法の書を探しに行くというのは本末転倒な気がする。
「これはあくまで噂なのですが、隣国には魔法の書を製作できる賢者が居るとか居ないとか」
「えっ、魔法の書って作れるんですか!?」
「残念ながら不可能だと思います」
「え……」
落胆の色が隠せない俺とは違い、ゆかなは興味深そうにマルコスに尋ねていた。
「でも隣国には魔法の書を作れる賢者がいるのよね?」
「あくまで噂です。仮に本当だとしたらとんでもない事になりますから」
魔法の力は強大だ。
もしも王国の兵士全員が魔法を使用可能になれば、世界の力関係は一晩で変わってしまう。
「商人の眼から見て、信憑性は有ると思うのかしら?」
「まったくないとは言い切れません。火のないところに煙は立ちませんから。しかし、隣国が他国を牽制するために広めたデマという可能性の方が高いでしょうね」
やはり魔法の書は諦めるしかないようだ。
「ちなみに一つ聞きたいのだけど」
これ以上一体何を聞こうというのだろう。
「隣国の賢者って?」
「これも噂なのですが、賢者と呼ばれる少女は生後3ヶ月で言葉を話しはじめ、1歳の頃には読み書きを習得。さらに3歳の頃には魔法を扱えていたらしいのです」
おいおいおいっ!
それじゃまんまチートな異世界転生者じゃねぇかよ!?
「「その賢者の年齢はっ!」」
俺達は同時に声を張り上げていた。
「15歳だったと思いますよ」
「……」
「………」
俺達は口にしなかったが、たぶんお互い同じことを考えていたのではないだろうか。
隣国の賢者は元2年4組のクラスメイト、その誰かなのではないかと……。
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