第18話 ボニー&クライド
「蒼炎様! 帰っておられたのですね。アニーに聞いて急いで駆けつけてまいりました」
荷馬車に積荷を積み込んでいると、コロネ村の村長が駆け寄ってきた。
「先日は広場でお待ちしていたのですが、一向にお見えにならないので先に帰ってしまい、申し訳ありません」
村長は迷宮都市ガルザークに俺を置き去りにして、自分だけ帰ったことを気にしているようだ。そもそも日が暮れるまで待ち合わせ場所に現れなかった俺が悪いのだから、気にするようなことではないのに……。
却って申し訳ない気持ちになる。
「そう言って頂けると助かります。して、そちらの御方は?」
目深にフードを被ったゆかなを見やり、村長は疑問符を浮かべていた。
「妹だ!」
「御兄妹ですか」
「先日たまたま生き別れになっていた妹とばったりガルザークで再会してな、喜びのあまり待ち合わせ場所に行くのに遅れてしまった。こっちこそ申し訳なかったな」
「そういうことでしたか。コロネ村の村長です、よろしくお願いします」
「………」
「?」
ゆかなはフードをぎゅっと引っ張り、人に慣れていない猫のように素早く俺の背後に隠れた。
「い、妹は極度の人見知りなんだ!」
「さようですか。顔だけでも拝見してもよろしいですかな?」
ゆかなは無理だと言うように、俺のジャージをグッと引っ張った。
「……妹は、その……幼い頃にひどい火傷を顔に負ってしまってな。あまり人に素顔を見られたくないんだ」
「そのような事情がお有りでしたか……」
嘘ばかりついて申し訳ないが、この世界ではハーフエルフは忌み嫌われる存在なので仕方ない。
「話はそれだけか? なら積荷を積み込む作業に戻りたいんだけど……」
「実はその、蒼炎様に折り入ってお願いがあるのです」
「お願い、とは?」
「実は先日、ガルザークに厄災の魔女が出現したとの情報が出回っているのです」
「え……」
「しかも厄災の魔女はとても狂暴な従者を引き連れているというのです。嘘ではございません。厄災の魔女は人目もはばからず、従者に露店通りの屋台を破壊させたのです!」
「痛っ!?」
「どうかされましたか? 蒼炎様」
「い、いや、なんでもないっ」
背後でゆかなが俺のお尻をムギュッと抓っていた。地味に痛い。
「そ、それで俺にお願いとは?」
「厄災の魔女は従者と共に東門から街を出たらしいのです。その後の消息は不明とのこと。しかし森のモンスターが活発に動きまわっていることから、恐らく厄災の魔女は近くに身を潜めていると考えられます。そこで我々はモンスターから村を守るべく自警団を設立。蒼炎様にも是非我が村の自警団に参加してもらえたらと思いまして」
うわぁ……。
糞めんどくさそうな話じゃん。
「し、仕事があるからなぁ〜、どうだろうなぁ〜」
何とかはぐらかせないものかと思案するも、「村の者達も蒼炎様がいるから安心しているのです!」なんて頼られてしまったら、無下に断ることなんてできなかった。
「では、夜の見回りで」
「はは……あっはは………」
どうしよう。
糞めんどくさい上に夜の見回りまで頼まれてしまった。いくら魔剣があるとはいえ、本当にモンスターなんかと戦うハメになったらどうすりゃいいんだよ。さすがに怖すぎるだろ。
しかも、ハーフエルフを見つけたら追い払ってくれとまで言われてしまった。
そのハーフエルフを村に連れてきたのが俺だって知ったら、村長やコロネ村の人達はどう思うんだろうな。先のことを考えるだけで憂鬱だ。
「あんな安請け合いしちゃってどうするのよ」
御者台に座って手綱を握る俺の隣で、怒ったように目を細めるゆかなに詰問される。
「お前の言いたいことは分かるけどさ、村の男はみんな自警団に入って夜の見回りをするってのに、俺だけしないわけにはいかないだろ?」
「それは……そうだけど。アタシがあの村にいる限りモンスターは確実に襲って来るわよ」
「だったら俺がモンスターを一匹残らず蹴散らす。誰にもお前のせいだなんて言わせない」
「……なんでそういう時だけカッコいいのよ」
「ん……なんか言ったか?」
「別になにも言ってないわよ」
またフードを被ってそっぽを向いてしまった。
とは言っても、やはり魔剣だけでは不安だよな。ゆかなの話が本当だとすると、この怠惰な剣は物凄い力を秘めているらしいけど、俺はその力をあまり引き出せてはいない。
やはり修行とかしないと本来の力を引き出せないのだろうか。
……めんどくさいなぁーと天を仰ぎ見てふと思う。
俺もゆかなみたいに魔法が使えないだろうか。もしも使えたらと想像する。
離れた場所から確実にモンスターを仕留めることができれば、怪我を負ってしまうリスクもいくらか軽減すると思う。ナイフでは超至近距離による近接戦は避けられないが、魔法は遠距離戦が可能なのだ。
そこで、俺は魔法のスペシャリストとも呼ぶべきエルフの血を継ぐ幼馴染みに聞いてみることにした。
「ゆかなの風魔法ってさ、俺にも使えたりしないのかな?」
「魔法の才能があれば使えるんじゃない?」
「マジで!?」
俺にも魔法が使える。
これは朗報だ。
「どうやって使うんだ! 教えてくれ」
「ただ全身に魔力を集めて呪文を唱えるだけよ」
「……それだけか?」
「それだけよ」
「全身に……魔力をか………」
全身に魔力を集めるって……どうするんだよ。
小学生の頃は授業中、人差し指に霊気を溜めて霊丸を撃とうとしたことは何度かあった。勿の論で成功しなかった。ちなみにかめはめ波もダメでした。俺には霊力を飛ばす才能も、気を飛ばす才能もなかった。ならばと今度は額に指を二本あてて瞬間移動を試したのだけれど、案の定失敗。
未だかつてこの手の類に一度も成功したことのない俺だけど、31歳にして再び挑戦することになるとは思わなかった。
しかし、今回は少しばかり期待している。
あの頃は実際に霊丸を放つ霊界探偵も、かめはめ波を放つ武天老師様も野菜の星人もいなかった。が、現在俺の横には実際に奇跡とも呼ぶべき魔法を何度も使用するハーフエルフがいるのだ。
憧れていた霊丸やかめはめ波が現実世界で実際に放てるかは今も不明だが、魔法は間違いなく
「ゴホンッ」
俺は咳払いを一つして気持ちを整えると、耳にこびりついたあの忌まわしき呪文を口にする。
「大気よ震え、風を起こし給え――ウインド!」
………しーん。
何も起きない。
上手く魔力を溜められなかったということか。
「すまんがちょっと手綱を任せていいか?」
「別に構わないけど……」
俺はゆかなに荷馬車の操縦を任せ、「よいしょっ」後ろの荷台に移動する。
そこで両手を広げて目を瞑り、全身に風を感じながら魔力を高め、集めていく。
こういうので一番大切なのはイメージだと思う。
血液のように爪先から頭の天辺に流れる魔力を、ゆっくりと頭上に掲げた右手に流し込み、集めていく。
それを言葉――呪文と一緒に一気に吐き出す!
「大気よ震え、風を起こし給え――ウインド!」
…………ちーん。
「大気よ震え、風を起こし給え――ウインド!」
……ヒュールル。
「大気よ震え、風を起こし給え――ウインド! 大気よ震え、風を起こし給え――ウインド! 大気よ震え、風を起こし給え――ウインド! 大気よ震え、風を起こし給え――ウインド! 大気よ震え、風を起こし給え――ウインド! 大気よ震え、風を起こし給え――ウインド!」
◆◆◆◆◆
「はぁ……はぁ……はぁ……なんでだよっ! なんでなんだよっ!!」
様々な角度やポーズで何度も風魔法ウインドを試みたのだが、ゆかなのような大気を揺るがすほどの風が巻き起こることはなかった。それどころかそよ風ひとつ起こらなかったのだ。
「できないじゃないかっ!」
「そんなことアタシに言われても困るわよ」
「せめてアドバイスくらいくれてもいいだろ! コツとかないのかよ」
「コツって言われても、アタシは物心ついた時にはできていたから……」
エルフの血が流れる彼女には、魔法の才能とやらがあったのだろう。
「一つ聞くけど、魔法を使えるのはエルフ族だけってことはないんだよな? ちゃんと人間も使えるんだろうな」
「使えるわよ。アタシのママは純粋な人族だったけど使えていたもの」
ではやはり修行が足りないということか。もしくは、日本人の俺にはそもそも魔力なんてモノがないのかもしれない。そうなると修行したところで意味がない。
どっちか分からないのは非常に困る。
せめて俺に魔力が有るのか無いのかだけでも知りたい。それによって今後の方針が変わる。
「俺から魔力の波動的なものは感じるか?」
「波動……? 何よそれ?」
「ほら、よく漫画とかアニメであるだろ。この感じ、すげぇ気だ! とか、なんて霊圧だ。あの野郎バケモノかッ! みたいなやつ。つまり相手の魔力を探るみたいなやつだよ」
「あーぁ」
真剣な俺とは違って気のない返事のゆかなに、少しだけイラッとしてしまう。
「で、どうなんだよ。俺からは微力でも魔力を感じるのか?」
「まったく」
「まったく!? ちょっとくらい魔力を感じるだろ?」
「なにも感じないわよ」
「これっぽっちもか!?」
「これっぽっちもよ」
「………っ」
ダメだこりゃ……。
ガクッと項垂れていると、「そもそも魔力の波動なんて誰からも感じることないもの」吹けば消えてしまいそうな火ではあったが、かろうじて胸にマッチのような火が灯る。
「つまり俺に魔力が有るのか無いのかは、ゆかなにも分からないってことでいいのか?」
「そうなるわね」
安心したのも束の間、よくよく考えてみれば振り出しに戻っただけである。
やはり修行か……。
だが修行したところで魔法が使えない体質だったら意味がない。
「う〜ん」
そもそも怠惰な俺が修行なんて出来るのだろうか。御者台に戻ってどうしようかなと思案する俺の隣で、ゆかなが何と無しに口を開く。
「魔法の書があれば手っ取り早いんだけどね」
「魔法の書?」
その単語を決して聞き逃しはしない。
「それって魔法初心者のための教科書みたいなものか?」
「全然違うわね。魔法の書ってのは、読むだけで魔法を習得してしまう魔法の本のことよ」
「なっ!? 読むだけで誰でも魔法が使えるようになるのかっ!」
「うん。昔ママが言ってたから間違いないと思うわよ」
読むだけで魔法が使える……。
それならめんどくさがりな俺でも魔法を習得可能だ。
「で、魔法の書ってのはどこで買えるんだ?」
「さあ?」
「さあって……お前が言ったんじゃないか」
「そりゃ言ったわよ。でもあんた大事なこと忘れてるんじゃない?」
「大事なこと……? なんだよ?」
「アタシはベルフェゴールのところで奴隷になるまでずっと、ママと二人で山奥に住んでたのよ? そのアタシが魔法の書がどこで売られてるなんて知るわけないじゃない」
ちっぱいを張り上げていうことではない。
されど、素晴らしい情報を提供してくれたことには変わりない。素直に感謝を伝えておく。
「街に着いたらしらみつぶしに調べる?」
「村長の話だと俺達は結構有名になってるみたいだからな。万が一コロネ村の住民に例の件が俺達の仕業だと知られるのはまずい。街中では目立たないように行動しよう」
「アタシ達じゃなくてあんたじゃない。巻き込まないでよ」
「夫婦なんだから運命共同体だろ」
「誰が夫婦なのよ!?」
「またまた」
「うざっ!」
東の関所が見えてくると、俺はキャップを被り黒いサングラスを掛けた。
「なによそれ」
「変装だ。ちょっとアングラ系ラッパーみたいで格好いいだろ」
「どこが? はっきり言って全然似合ってないわよ。できれば恥ずかしいから隣歩きたくないんだけど」
「それなら安心しろ。座ってるだけだ」
「もっと嫌なんだけど」
彼女はフードを引っ張り目深に被り直した。
「で、魔法の書は探さないわけ?」
「俺達が今から向かう場所は街一番の商業ギルド――ブルーペガサスだからな。
「……嫌よ、そんなダサいの」
クラッシクな丸型サングラスを掛けるように差し出すも、2007年時点でファッションセンスがストップしている彼女はそれをダサいと一蹴。仕方ないので俺がロイド眼鏡を掛け、彼女がウェリントン型サングラスを掛けた。
「んっじゃまあ、関所を突破するか」
「面倒事はごめんだからね」
「大丈夫だって。僕、最強だから!」
「……はぁ……」
死んだ魚のような目を向けられた。
このネタは彼女にはまだ早かったようだ。
「アホなこと言ってないで前見なさい。もう関所よ」
「分かってるって」
俺達は「WANTED」されているわけではないのだけど、気持ちはボニー&クライド。俺たちに明日はない。
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