第17話 バイト代は月5万円!?

「お、おはよう。ヒール掛けてくれたんだな、さんきゅー」

「………」


 押し入れから部屋に戻った俺は、できるだけ明るく振る舞い昨夜のことをなかったことにしようとしたのだけど、声を掛けた彼女の顔には表情というものがまるでなかった。まるで鋼鉄の仮面でも付けているかのようだ。


 つまり、彼女はめちゃくちゃ怒っている。


「きょ、今日のファッションもめっちゃおしゃれじゃないか!」


 デニム地のミニスカートにクロップタンクトップを合わせており、上からはグレーのパーカーを羽織っている。きっと異世界で特徴的な耳を隠すためのフード付きパーカーなのだろう。


 機嫌を直してもらうためにファッションを褒めてみるが、全然ダメだ。クスリとも笑わない。


「ふ、風呂入るか?」

「もう入ったわよ」

「え……バレなかったのか?」

「窓から三人が出ていくのを確認してから借りたのよ」

「あ、そうなんだ」


 すごく棘のある言い方だな。


「なら、朝飯食うか?」

「……」


 無言で部屋を出て行った。

 どうやら食べるということらしい。

 彼女のあとを追うように一階に降りると、俺宛の宅急便が玄関前に置かれていた。昨夜Amazonsで注文していた商品だ。


 俺達は朝食を食べてから異世界へと向かった。


「ふぅー、こりゃキツイな」


 自室から異世界の部屋に荷物を降ろすだけで、とんでもなく重労働である。なんせビルの10階から階段で荷物を下ろしているのと変わらないのだから。


「そろそろ機嫌を直してくれないか?」

「言うべきことを言うのが先なんじゃない?」

「……ごめんなさい」


 昨夜のことを素直に謝ると、彼女は小さく息を吐き出して、「しょうがないわね」と言った。どうやら赦してくれるようだ。


「で、この荷物を一体どうやって迷宮都市まで運ぶつもりなのよ?」

「それなら多分問題ない。少し待っててくれ」

「いいけど、何処に行くの?」

「ちょっと知り合いのところだ」


 オールドマン邸にやって来た俺は、百均で購入したサクラドロップスやスナック菓子などをソフィアに献上していた。


「ククッ、大義であるぞ蒼炎よ!」

「でも蒼炎様、本当にこれ全部貰っていいんですか?」

「なっ!? 返さないからな! 一度貰ったからもうウチのやもん!」

「返せなんて言わないって」


 お菓子程度でここまで喜ばれるなら、わざわざ買ってきた甲斐もあるってもんだ。この世界で飴は高級品なので、彼女達が喜ぶのも当然といえば当然なのだが。


「蒼炎よ、ちなみにこれは何なのだ?」

「ポテチとじゃがりこにおっとと。こっちはハッピーターンにうまい棒だな」


 サクラドロップスだけだと淋しい感じがしたので、日本の女子高生が好きそうなお菓子をいくつか見繕っておいた。


「どれも見たことありません。変わった食べ物ですね」

「まぁそう言わず食ってみろよ、美味すぎて飛ぶぞ」

「「――!?」」


 では一口と食べた途端、二人は雷に撃たれたかのように目を見開いた。どうやら日本のお菓子を気にいってくれたようだ。


「それにしても一体どこでこれ程の物を?」

「あぁーいや……まあ、な」


 さて困った。

 異世界人からしたら高価な飴と未知のお菓子、これらをどこで入手したのかを考えていなかった。


「ククッ、我には分かっておるぞ蒼炎よ。貴様はアルセルティアに導かれてこれらを手に入れたのであろう?」

「え……ああ、まあそんなところだ」

「すべてはこの左眼に封印されし時空龍で分かっていたこと。ククッ――ワッハッハッハッ」


 腰に手を当て高笑いを響かせるソフィアの隣で、アニーが申し訳無さそうに頭を下げているのが印象的だった。


「つーか今日は二人に頼みがあって来たんだよな。これはその手土産みたいなもんでさ」

「頼みごとですか?」

「申してみよ」


 俺は迷宮都市ガルザークに本部がある商業ギルド、ブルーペガサスに商品を運ぶための荷馬車が欲しいことを説明する。


「俺もコロネ村の住民だからさ、ちゃんと稼いでお前に税を収めないといけないだろ? そのためには荷馬車がいるんだよ」


 少しなら謝礼も払えることを付け加える。


「それなら村の人から使っていない荷馬車と馬を、大銀貨一枚程で譲ってもらえるはずですよ」

「本当か! それは助かる。できればすぐにその人の所まで案内してほしいんだが」

「かしこまりました」


 こうして俺はアニーの紹介で村の男から、大銀貨一枚で荷馬車と馬を譲ってもらうことに成功した。




 ◆◆◆◆◆




「あんた荷馬車なんて一体どこから持ってきたのよ!?」


 荷馬車に乗って帰ってきた俺を、ゆかなは驚嘆の声で出迎えてくれる。それが少しばかり嬉しくて、俺は得意気に鼻の下を人差し指でこする。


「俺って結構頼り甲斐のある男だろ?」

「……昔程じゃないけどね」

「どういう意味だよ!?」

「そういう意味よ。それより荷物積んじゃっていい?」

「手伝ってくれるのか?」

「一応アタシも自分の食い扶持くらいは稼がないとね。いつまでもニートのあんたにおんぶに抱っこってわけにもいかないでしょう? それにアタシもお金欲しいし」


 その心意気は素晴らしいが、ニートのあんたにってのは必要だったのかと、くちびるを尖らせてしまう。


「ちょっと待て! アタシもお金欲しいってなんだよ!」

「働くんだからその分の対価は貰うに決まってるじゃない。要はバイトってことね」

「は!? 2億も借金のある俺が人を雇う余裕なんてあると思うか!? つーか何のための奴隷なんだよ!? 奴隷にバイト代払うってどう考えてもおかしいだろ!」

「月5万でいいんだから安いもんでしょ。アタシだって服とかコスメとか欲しいんだから」


 冗談じゃない。

 こいつには日本円に換金することの大変さをあれほど説いたはずだ。異世界こちらの貨幣ならいざ知らず、毎月5万円は厳しすぎる。第一そんなに余分な金があるなら俺だって欲しいフィギュアとか買いたいんだ。


「バイト代は払ってやる。但し、異世界の貨幣か日本の紙幣かは約束できない!」

「なんでよっ!」

「なら金貨を質屋に入れて換金する、それ以外の方法で日本円を手に入れる方法を考えろ。それが出来なきゃ日本円でなんてとてもじゃないけど払えない!」


 不満気に頬を膨らませるゆかなに、俺は意地悪で言っているわけじゃないことを伝える。


「そりゃ俺だってお前の喜ぶ顔が見たい、できれば5万でも10万でも、バイト代だろうが小遣いだろうが渡してやりたい。なによりお前がお洒落して笑顔になると、俺もすげぇ幸せな気分になるんだ」

「………」

「でもな、だからってアホみたいに金貨を質屋に入れて換金してたら、絶対にいつか誰かに目をつけられる。そうなったら俺達は終わる」


 大きな力によって自宅を奪われるかもしれない。そうなれば二度と異世界には行けなくなる。最悪ハーフエルフのゆかながヤバい組織に連れて行かれ、人体実験にされるかもしれない。アニメや漫画の観すぎだと言われてしまえばそれまでだけど、用心に越したことはないのだ。


「俺は何があってもお前のことだけは守りたい! だから別の換金方法が見つかるまでは、絶対に払うって約束はできない。もちろん余裕があったら服代なんかは渡すつもりだ」

「……」

「それじゃダメか?」


 怒ってしまったのだろうか?

 真っ赤な顔でうつむいたゆかなが、顔を隠すようにパーカーのフードを被ってしまった。


「じゃあ、それでいい……」

「悪りぃな。なるべく早く、俺もいい方法を考えるからさ」

「うん。アタシも……わがまま言ってごめんね」


 だから突然しおらしくなるのは反則だろ。

 可愛すぎてキュン死にしちまうじゃねぇかよ!


「んっじゃあとっとと積み込むか」

「うん!」

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