第16話 媚薬ドリンクえちえちな~る!

「全部で177975円になります」


 じんじんと痛む頬を擦りながら、俺は駅前の質屋に来ていた。あれ程までに不機嫌だったゆかなは店内に入ると少し機嫌を直したようで、今は店内を物色している。


 にしても177975円か……。

 やはり金の価格は変動が激しい。

 この間テレビで観たときは1gあたり8700円くらいだった。それが今は1g8475円。金貨1枚の売却価格は59325円。

 これは予想よりも少ない。


 異世界での金貨1枚の価値が10万程なので、単純計算で約12万程のマイナス。

 2億の借金を背負う俺にとってはかなりの痛手だ。


 しかし売らないことには何も始まらない。

 マルコスに売るための商品を仕入れるためにも、ゆかなの下着や生理用品を購入するためにも現金化は必須なのだ。


「宜しいでしょうか?」

「あっ、はい。お願いします」


 金貨3枚を日本円に変えた俺は、店内を物色するゆかなに声を掛けて店を出た。


「……」


 店を出ると、彼女は無言で手のひらを差し出してきた。金を寄越せと催促してくる。まるで取り立てである。


「会計をする時に俺が払えばいいだけなんだから、渡す必要ないだろ?」

「は? あんたまさか付いて来る気じゃないでしょうね?」

「そりゃ付いて行くに決まってるだろう」

「無理よ!」

「は? なんでぇっ!?」

「ここからは別行動。アタシが下着やら服やら必要な物を買ってる間、あんたは借金返済に役立ちそうな物資を仕入れる。そうね、余裕をもって15時に此処――駅前に集合。5時間もあればなんとかなるでしょ」

「嫌だ!」


 金だけ払って俺はゆかながどんな下着を買うかも知ることができないってのか、そんなのただのATMおじさんじゃないかっ!

 いやだ、いやだ、いやだ、いやだァッ!

 そんなのは絶対に認めない。


 だというのに――


「あーっ! よせっ、やめろ! 返せ、返してくれっ!」


 強盗ムーブで俺から財布を奪い取ったゆかなが、福沢諭吉を5人ほど誘拐。その後「ほら」もう用済みだと言わんばかりに財布を投げ返してきた。


「待て、頼む! せめてランジェリーショップだけでも一緒に連れて行ってくれ!」


 去りゆく背中に手を伸ばした俺を一瞥したゆかなが、「キモっ」吐き捨てて消えていく。


 しどいっ!

 こんなのはあんまりだ。

 金を出させるならせめて一着くらい俺に選ばせてくれてもいいじゃないか。それが嫌ならせめて「これはどう思う?」「ええーTバックとか穿いたことないしなー」「これは穴空いてるしちょっとね」隣で相談してくれてもいいだろ。それが支払ったものに対する礼儀であり感謝だと思うのだ。

 

「くそぉぉおおおおおおおおおっ!!」


 蝉の声が鳴り響く駅前広場でみっともなく叫んだのは、ひょっとしたら「もー分かったわよ」苦笑しながら彼女が戻ってきてくれるのではないか、そんな風に期待したからだ。

 けれど、小さくなって遠ざかる彼女は振り返ることなく、ショッピングモールに入っていった。


「……マジかよ」


 彼女があんなに恩知らずの薄情者だとは思わなかった。


「とりあえず百均行くか」


 ――以下省略。




 ◆◆◆◆◆




 ということで百均やらスーパーやら行って異世界で売れそうな物資を数点購入した俺は、約束の時刻には駅前の噴水広場でゆかながやって来るのを待っていた。


 え、何々……省略せずにちゃんと空白の5時間を語れってか?

 果たして31歳のおっさんが一人で百均やらスーパーに行ってただ無言で買い物しているだけの光景を、一体誰が見聞きしたいというのだろう。映画ならその間はトイレ休憩に使い、漫画なら流し読むか飛ばすね。

 よって却下!


 暇つぶしがてら脳内コミュニケーションを行っていると、大量の紙袋を両手に抱えた薄情な美少女がこちらに向かって歩いてくる。


「ずいぶん色々と買ったのね」

「そりゃどう考えてもこっちの科白だろ。一体何をそんなに買ったんだよ!」

「下着とか洋服? ほら、向こうの服って地味で可愛くないのばっかりだし、それに生地もゴワゴワしてて好きじゃないのよね。でもファッションに関しては完全に浦島太郎だったわ」


 余程久々のショッピングが楽しかったのか、興奮した様子で話が止まらない。


「店員さんを見てたらね、眉毛が毛虫みたいに太いの。前世だったら絶対にバカにされるレベル。あと前髪すいてる娘が多かったんだけど、今ってバブル時代のファッションとかが流行ってるのかな? そういうの見てるだけでも超楽しかった!」


 その辺の事情は引きこもりの俺にはさっぱりだ。なので「へぇー」とか「そうなんだ」と相槌だけ打っておいた。

 そんなことより俺は彼女がどんな下着を買ったのか、そちらのほうが気になって仕方がないのだ。


「ねぇ、久々にあれ食べたくない?」


 さっさと帰ろうと荷物を抱えながら歩く俺の隣で、ゆかながクレープ屋を指差す。


「クレープか……15年ぶりに食うのも悪くないかもな」

「……なんであんたまで15年ぶりなのよ」

「う、うるせぇっ。そんなこと言うなら買ってやらないからな」

「うそうそ、冗談だって。アタシと一緒に食べたくて15年間我慢してただけでしょ? ホントあんたってアタシのこと好きすぎー」


 ゆかなの顔には、今にも舌を出しそうな悪戯っぽい笑みがあった。

 予想外の言葉とリアクションにカッと顔が熱くなる。


「そ、そんなんじゃねぇよ!」


 下心全開で自分からグイグイ行く分には問題ないのだが、逆にあんたアタシのこと好きすぎとか言われると、何だかめちゃくちゃ恥ずかしくなる。


「そのリアクションが既にガチすぎなんだって」

「笑うなよっ」

「それは無理、おもろ過ぎるし。てかあんた何にする? アタシはイチゴスペシャル……あーチョコバナナも捨てがたいよね」

「全然おもろくねぇよ。つかゆかなは昔っからその二つで悩みすぎな」

「生まれ変わってもこれだけはね。しかも15年ぶりだと更に迷うから困るんだって」

「また買いに来ればいいんだしさ、そんなに悩むことないだろ」

「また……か」


 何か気になることでもあるのだろうか。ゆかなが耳朶を触りながらイチゴクレープを注文した。俺はアイスキャラメルミルフィーユを注文、二人で食べながら自宅までを歩いた。


「あんたの部屋の押し入れの階段ってさ、ずっとあると思う」


 唐突にそんな質問を投げ掛けられた。


「どういう意味だよ?」

「物事にはいつだって始まりと終わりがあるものじゃない? だとしたら、あんたの部屋の押し入れの終わりっていつなのかなって」


 終わり……?

 それって俺が異世界に行けなくなる日がいつか来るってことか? それは非常に困る。


 異世界輸入業で脱ニートを目指しているのに、行けなくなったら永遠のニートが確定してしまう。それにそうなってしまった時、ゆかながこちらの世界にいる保証なんてどこにもないじゃないか。

 もしもまた会えなくなってしまえば、俺は次こそ耐えられないかもしれない。


「それよりさ、帰ったらパリーボッターでも観るか? お前観たがってただろ?」

「観る観る。あの日も終業式が終わったら舞と最新作観に行こうって言ってたんだよね」


 パリーボッターと不死鳥の剣士が公開されたのは、奇しくも2007年7月20日。

 それは罰乃樹カオルによって29名のクラスメイトが惨殺された日でもあった。


 俺は臭いものに蓋をするように話を変えていた。



 帰宅後、ゆかなはNetflixでパリーボッターを観賞。俺は追加の物資をAmazonsで注文した。お急ぎ便なので明日の朝には届く予定。


 不死鳥の剣士を見終わったゆかなは、続けざまに真実のプリンスと死神の秘宝パート1.2を観ていた。夕食はスーパーで買っておいた弁当を食べた。


 明日の朝風呂に入るのは時間効率が悪いので、ゆかなには申し訳ないが一人風呂に入った。


「――――!?」


 風呂から上がって部屋に戻れば、彼女の服装がえちえちなものに変化していた。

 おへそ丸出しのクロップTシャツに、スワット素材のイルカショートパンツとラフな部屋着スタイル。

 控えめに言ってめちゃくちゃエロい。

 俺を誘っているとしか思えない破廉恥な恰好に、思わず生唾を飲み込んでしまう。


「あっ、おかえり。あんたのいう通りヒジイプ先生めちゃくちゃいい人じゃない。見直したわ。というかアタシの中で一番好きなキャラになるくらいヒジイプ先生の好感度が爆上がりなんだけど!」

「だ、だろ?」


 俺は冷静を装いながらゆかなの隣に腰を下ろし、さり気なく肩に手を回した。


「……」

「………」


 めちゃくちゃ目が合う。

 というかすげぇーガン見されている。


 あぁっ!


 真顔で腕を振り解かれてしまった。


「そういうつもりないから」

「……くっ」


 やはり納得がいかない。

 しつこいようだが俺は2億で性奴隷を買ったのだ。それなのに全然やらせてくれない。やらせてくれないどころか触ることさえ赦されない。いい加減にしろよ!


「………っ」


 それに男の俺が居ると分かっていてその恰好はいくらなんでも配慮にかけていると思う。襲われたって文句言えないだろ。

 俺は立ち上がり、部屋の隅にまとめて置いていた袋の中から、秘密道具を取り出すロボットのようにあるものを取り出す。


 媚薬ドリンクえちえちな〜る!


 これを飲むと女の子はセックスしたくてしたくてたまらなくなると書いてあった。

 俺は「えちえちな〜る」を開け、お茶を注いだコップの中に混ぜる。それを「飲むか?」さり気なくゆかなに差し出した。


「……ありがと」


 よし、飲んだ!


「……これなに?」

「何ってお茶だけど」

「何か変な味するんだけど」

「……そういう健康茶なんだよ」

「ふーん」


 納得したのかゆかなは画面に顔を向け直す。

 俺は彼女の一挙手一投足を見逃さぬようにじっと監視していた。


 5分、10分……30分……1時間………。


「面白かったわね」

「………」


 彼女がパリーボッターを観終わってしまった。


「あのさ……なんかムラムラするな〜とか、体が熱いな〜とかない?」

「……別にないけど、なに?」

「いや、なんでもない」


 なっ、馬鹿なっ!?

 えちえちな〜るを一本お茶に丸々混ぜたんだぞ。彼女のコップは空、しっかり全部飲み干しているのになぜ効かないんだよ。


 俺は大至急と銘打っては知恵袋で相談した。



 ―――――――


 質問です!

 今日ドラッグストアで女性のための媚薬えちえちな〜るという性欲ドリンクを購入したのですが、お茶に混ぜてこっそり彼女に飲ませてみたのですが、何の変化もありません! 全然えちえちにならないのですが、どうしてなのでしょうか。


 回答。

 あんなの信じるやついるのかよ。

 あんたバカなんじゃないの?

 この世に媚薬なんてもんがあるとするなら、そりゃエクスタシーとか覚醒剤とか違法薬物くらいだろ。マジでウケるわwww


 ―――――――


 騙されたっ!!

 くそっ、詐欺じゃねぇかよ!

 こんな効きもしないもんを2980円で売っても捕まらないのかよ。ふざけんじゃねぇぞっ! 男の純情を弄びやがって!


「ねぇ他にも何か観たいんだけど、あんたのオススメの映画とかドラマないの?」

「ある!」

「それ観たいから教えて」


 俺は手早くPornhubを表示。数多あるエロ動画の中から適当に動画を再生、それと同時に彼女の前にコンドームが入った箱を叩きつけた。


「一緒に観ながらしよう!」

「………は?」

「絶対にパリーボッターよりも面白かったと言わせてみせる。いいや、気持ちよかったと言わせてみせるからっ! お願いします!!」


 俺は全力で土下座をした。


「………」


 コンドームを手に無言で立ち上がったゆかなが、「ちょっと付いてきて」懐中電灯を手に押し入れの中に入っていく。


 ああ、そうか!

 激しい声で家族バレすることを恐れた彼女は、あえて向こうの世界でおっぱじめようというのだ。なんと大胆かつ破廉恥な行動だろう。


 ウキウキわくわくの俺が真っ暗な6畳間にやって来ると、


「大気よ震え、風を起こし給え――ウインドッ!!」

「――ゔぅっぐぅっ!?」


 凄まじい風圧によって壁に叩きつけられてしまった。


「マジで何考えてんのよ! 信じらんないっ!! つーかこんなもん買ってきてんじゃないわよ!」


 叩きつけられたコンドームが床に散らばる。


「だ、ずぅ……げぇでぇ」


 俺は車に轢かれたヒキガエルみたいな情けない格好で彼女に手を伸ばしていた。今度こそ絶対に背骨が折れていると思う。


「明日の朝までそこで反省してなさい」

「そ、そんなぁ……」


 彼女は真っ暗な部屋に俺を置き去りにしたまま、一人階段を上って行ってしまった。


「あぁ、無念……」


 翌朝、目が覚めると俺の眼前には「えちえちな~る」の箱と瓶が丁寧に置かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る