第6話 登場おっぱい紳士!
「おっぱいはお好きですかな?」
「…………は?」
ギルドを出た直後、俺は片眼鏡を掛けたダンディなおっさんに突如、おっぱいは好きかと変態じみた質問を投げ掛けられた。
「嫌いなやつなんているのか?」
即答すると、
「愚問でしたな」
おっさんは鷹揚と頷いた。
「だな」
ヤバそうなおっさんに頷き返して歩みを再開すれば――
「童貞……違いますかな?」
おっさんは背後から〝童貞〟と俺に向かって言った。
「…………!」
刹那、俺はピタッと足を止めてしまう。
なぜ分かったのだと目を見開く俺の背後で、
「……やはりそうでしたか」
なぜだ!
どうして分かった!?
まさか経験者は童貞を見ただけでそいつが童貞か否かを判別できるとでもいうのか!
そんなプライバシーを侵害するような馬鹿げたことがあってたまるかッ!!
「した、こと………ある。俺は童貞じゃない!」
些細なプライドから、とっさに俺は嘘をついてしまった。
高校生や大学生ならまだ経験してなくてと笑えたかもしれない――が、俺は31歳。
31歳のバッキバキ童貞とか、さすがに恥ずかし過ぎて人には知られたくない。知られれば魔法使い、妖精王と揶揄されかねない。
「おや、違いましたかな?」
「お、おっさんなんなんだよ!」
「これは失礼、紳士たるわたくしとしたことが名乗り遅れましたな。わたくしはベルフェゴールと申します」
「名前なんて聞いてねぇよ。一体なんなんだって言ってんだ」
「実は先程、わたくしも少しこちらに用がございまして――」
おっさんの視線が商業ギルドへと注がれる。
「それがなんだよ?」
「先程の受付嬢、あれは中々に見事なおっぱいの持ち主でしたな。童貞ならばたじろいでしまうのも無理はありません」
「……見ていたのか――って俺は童貞じゃないからな!」
「決して盗見ていたわけではございません。ただ、わたくしより先に貴方が受付に足を運んでいた、それだけのことなのです」
あの短時間で、俺の言動を見て、このおっぱい紳士は俺が童貞だということを見抜いた、そう言っているのか。
だがしかし、一体何の目的で話しかけてきた。
俺が童貞だからなんだという。
そんなことがこのベルフェゴールとかいうおっぱい、じゃなくておっさんに関係あるのか。あるわけないだろ。
「あれほどの数の羊皮紙、相当な額で売却なされたことでしょうな」
「………っ」
この野郎っ!
紳士な見た目のくせに俺を脅迫するつもりか。
要は金を出せ、さもなくば俺が31歳バッキバキ童貞であることを喧伝する、おっさんは暗にそう言っているのだ。
「俺は童貞じゃない! けっ、経験人数だって100を超えているんだ!」
「それは中々なものですな」
100人斬りしていると聞いて感想が中々!?
このおっさんはどんな強者なんだよ。
まさか異世界のし○けん、年齢から見ると加○鷹の方が近いのか?
もーこの際どっちでもいい。
「お好きな体位は?」
「た、体位……? えーと……」
なんだよその質問!?
つーかお好きな体位てなんだ?
体位って何種類あるんだっけ。
正常位……それはちょっと童貞が好きそうだし、もう少し玄人向けの体位を言った方がいいのかな。
って、なんで俺は出会ったばかりのおっさんにこんな質問をっ……。
童貞を見破られて見下されるのは癪なので、一応答えておく。
「バッ、バック」
「なるほど。他者を征服したいという支配欲がお有りなのでしょう。わたくしの目に狂いはなかったというわけですね」
いきなり心理テストが始まった!?
一体何が狙いなんだよ。
「では、やはり下付きの女性がお好きで?」
「え……」
「となるとリフルか……それともアンジェリカか、成熟したお尻の女性は下付きが多い、ミリガンも捨てがたいですね」
「………」
なんだ……何を言っている。
下……とはなんだ?
一体何のことを言っているのだ!
「おや、その表情……まさか上付きの方がお好みでしたかな?」
「……いや、その……横で」
「………横……付き…………ですか?」
おっさんの眉根がぐっと中央に寄る。
とても不可解な表情をしている。
俺は何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。というか上とか下って一体何のことだよ。頼むから誰か教えてくれ!
「ふむ。大体理解いたしました」
なにをっ!?
「では、行きましょうか」
何処に!?
「え、あっ、ちょっと――」
ついて行きたくなんてなかったのだけど、俺はベルフェゴールのおっさんに強引に腕を引っ張られる。
「な、なんだよここ!?」
引きずられるように南東方面にやって来ると、下着姿やバニーガールコスチュームに身を包んだ女達が、招き猫のように手招きをしている。
「お兄さん、少し遊んでかない?」
「ぷるるん満足Gカップよ!」
「テクニックでは負けないんだから」
「うちは一人分の料金で3Pも可能よ」
「新感覚のぬるぬるスライムプレイを試さない?」
「こっちは銀貨一枚ぽっきりでお尻の穴までオッケーよ」
なんなんだよ、この歩いているだけでDT達を一人残らず滅してしまいそうな破廉恥通りはっ。
異世界とは実のところエロ漫画世界の具現化だったのではないだろうか。
「ゴクリッ」
ピンク色のお店が軒を連ねるエロ通りを、ベルフェゴールは直進する。
つおい!
普通の人間(雄)なら確実に足を止めてしまいそうな街を、彼は颯爽と風を切るように歩いていく。並の精神力の持ち主ではない、きっとこのおっさんは勇者――そう呼ばれる者に匹敵するほどの精神力を身につけているのだろう。
やはり異世界のし○けんか!
「あ、あのここは!」
「娼館通りでございます」
娼館通り。
娼館とは娼婦のいる館のことだ。
異世界に来たのなら一度は行ってみたいスケベなお店。ぱふぱふしてくれるお店。激しくズッコンパンパンしてくれるお店。
つまりは風俗――ソープである!
ネズミーランドなんかとは違い、正真正銘夢の国である。
お金を貯めて日本で風俗デビューを夢見ていたが、その必要はない。
今なら白金貨一枚、大金貨一枚、金貨三枚、大銀貨一枚、銀貨三枚もある。
価値にしたら実に188万円にもなるのだ。
これだけあれば買える。
選り取り見取り、好きな女の子を好きなだけ買って遊べる。
DT卒業どころか、見栄を張って思わず言ってしまった100人切りも決して夢ではない。
「あ、あの!」
俺はおっさんの手を振り払い、ピンク通りの真ん中で立ち止まる。ギュッと拳を握りしめたのは、勇気を振りしぼって願いを口にするため。
「その……」
ここで娼婦を買うから、もう放っておいてくれないか。
「………ッ」
どうしてこんな簡単な言葉が言えないのだ。
喉元まで出かかっているのに、あと少しのところでつっかえて言えない。
娼館で娼婦を買う。
この世界の男達なら至極当たり前のことが、俺は恥ずかしかったのだ。
言葉に詰まり奥歯を噛みしめる俺の肩に、おっさんの手が触れる。
「分かっております。わたくしが最高のお相手をご紹介いたしましょう」
「ベルフェゴール……さん」
ベルフェゴールのおっさんはみなまで言うなと優しく微笑み、俺に相応しい娼婦を紹介してくれると言ったのだ。
「あ、ありがとう……」
俺は泣いた。
今の今まで気持ち悪いおっさんだと思っていた自分を恥じた。
ベルフェゴールのこれまでの言動を思い返せば、彼が娼館の経営者だという布石はたくさんあった。マルコスがそうであったように、働き者のベルフェゴールは太客になりそうな俺を自分の店に客として迎え入れたかったのだ。
おっぱいはお好きですかな?
あれはつまり、最上級のおっぱいはウチの娼館に取り揃えているということを暗に言っていたのだ。
プロだぜ。
あんたプロだよベルフェゴールのおっさん!
こちらの世界の商売人の嗅覚は凄まじい。
「早く行こう! すぐに行こう!! 駆け足で行こうベルフェゴールさん!!!」
そうして俺とベルフェゴールのおっさんとの間に奇妙な友情が生まれる。
おっさんが経営する娼館にたどり着くまでの間、俺はすっかり遅くなってしまったが自己紹介をした。
「ここがわたくしの館にございます」
そこはポーンテッドマンションのような、煉瓦づくりの少し不気味な洋館だった。
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