第5話 商業ギルド、ブルーペガサス
迷宮都市は様々なエリアに分かれている。
武具屋などが多く軒を連ねるのは南の商業エリア、その一等地に豪華絢爛な建物がそびえ立つ。
外観はどことなくパリにあるフランスの国立美術館に似ている。
建物周辺には幌馬車がずらりと並び、見るからに商人といった感じの人々が大勢見受けられる。
彼らは皆一様に胸元に天秤が描かれたブローチを身に付けている。おそらくあれがギルドに所属する商人の証なのだろう。
聞こえてくる会話はどれも商売に関すること。
あっちでは小麦の価格がいくらだったとか、あの地域では新たに関税が掛けられたなど、実に商売人らしい会話が飛び交っている。
俺は活気あふれる商業ギルド前を通り過ぎ、気後れしそうな建物の中に入っていく。
そのまま足早に受付カウンターまで移動する。
「ようこそ商業ギルドブルーペガサスへ。本日はどのようなご要件で」
「あ、いや、その……初めてで」
「どなたかのご紹介でしょうか? アポイントを取っている商人はおりますでしょうか」
「え……あ、いや」
くそっ。
受付嬢がテレビで観たことあるような港区女子みたいな見た目なので、無駄に緊張してしまう。年甲斐もなくモジモジしてしまじゃないか。おっさんのモジモジ程気持ち悪いものはないと知っているのにっ。
見たところ20代くらいだろうか?
にしても本当に美人だな。
ソフィアやアニーと違っておっぱいもめちゃくちゃ大きいし。
おっぱいの大きさはともかく、異世界人は美人しかいないのかよ。
ひょっとして誰かが秘密裏にブサイクを抹殺していたりして……。
などというくだらぬ妄想が捗ってしまう。
「あの、どうかされましたか?」
「あっ、すみません。その、紹介でもなければ知ってる商人もいなくて……」
俺はニートでありながら、クレーマー対応をする社畜のようにペコペコ頭を下げた。
「では、本日はどのようなご要件でしょうか」
「これをいくら位で買い取ってくれるのか知りたくて」
俺はリュックから砂糖1kgとA4コピー用紙(500枚入り)を取り出し、受付のお姉さんの前に差し出した。
「砂糖と……これ全部羊皮紙ですか!?」
「えっ!?」
突然受付のお姉さんが大声を上げるものだからびっくりしてしまった。
「いえ、これは羊皮紙ではなく、ただの紙ですね」
「……ただの、紙? ですか?」
やはりこちらの世界には植物から紙を作る技術はまだないようだ。
しかし、そうなると説明が難しいぞ。
「失礼します、わたくし商人のマルコスと申します。以後お見知りおきを。早速で申し訳ないのですが、そちらを拝見してもよろしいでしょうか?」
「え、あっ、どうぞ」
突如ハリウッド俳優顔負けのイケメンが割り込んできたかと思えば、俺の持ってきた砂糖とコピー用紙に興味津々のご様子。
「これはすごい!」
なんか随分と人が集まって来たな。
気がつくと受付カウンター前には商人が群がっていた。
「失礼ですが、お名前は?」
「蒼炎といいます。蒼炎・大空です」
「変わったお名前ですね。見たところこの国の出身ではありませんね」
「あ、はい」
まさかとは思うが、不法滞在とかで捕まったりしないだろうな。
「蒼炎さんは紅茶はお好きですか?」
「え……あっ、はい」
紅茶なんて洒落たものはほとんど飲まないのだが、つい反射的に頷いてしまった。
やはりコミュ力が高そうなイケメンは苦手だ。
「それは良かった」
にっこり微笑んだイケメンは他の商人達を牽制するように、「彼はわたしと交渉しますから!」誰にとは云わず、大きな声でそう言った。
そして現在、俺は大層立派な応接室のソファに座り、マルコスと向かい合っている。
「宜しければ召し上がってください」
「あ、じゃあ」
出されたものを拒むことは失礼に値する。
これは日本人に掛けられた一種の魔法のようなものだ。
……苦っ。
俺は勧められるがままに渋い紅茶を一口飲み、机の上に置かれた1kgの砂糖に視線を向けた。
今すぐスプーン三杯ほど入れたい。
「それで、本日はこちらの品二点の価格を知りたいとか」
「ええ、まあ」
「砂糖はどこも品薄ですからそれなりの価格になりますね」
マルコスは砂糖を秤にかけると、大銀貨一枚といったところですねと言った。
「そんなに!?」
大銀貨一枚ということは日本円に換算すると5万円ということになる。
570円の砂糖が5万円。
転売ヤーも真っ青のぼったくり価格だ。
「砂糖は貴族方が好まれますからね。それよりもこちらですよ」
マルコスは興奮した様子で安物のA4コピー用紙を一枚手に取り、「すごい!」感嘆の声をあげた。
「こんなに薄い羊皮紙は見たことも聞いたこともありませんよ!」
羊皮紙ではないのだけど、説明が面倒なので羊皮紙ということにしておこう。
「しかもこの数! 通常羊皮紙の価格は大銅貨三枚程なのですが、この薄さはとても魅力的です。通常の羊皮紙より耐久性は落ちてしまいそうですが、それを差し引いてもやはり魅力的です。通常通り一枚につき大銅貨三枚、合計白金貨一枚と大金貨一枚でどうでしょうか?」
「白金貨一枚と大金貨一枚!?」
日本円に換算すると150万だぞ!
313円が150万! 信じられない!!
「出来ればこちらはこのままわたしが買い取らせて頂きたいのですが……」
「え……どうしようかな」
いや、そりゃ今すぐにでも売り飛ばしたいのだけど、流石にこんなコピー用紙を150万で売りつけるとなると心が痛む。
元値は313円なのだから。
「では白金貨一枚と大金貨一枚、それにプラス金貨三枚でどうでしょう!」
「!?」
いや、さっきより増えてるし!
つーかなんでそうなるんだよ。
きっとマルコスは俺が値段に納得していないと思ったのだろうな。
まあある意味正解なんだけどさ……。
「蒼炎さん!」
顔近っ!
すげー眼力だし!
マルコスはよっぽどコピー用紙が欲しいんだな。
「分かりました、それで売ります」
「おお! ありがとうございます!!」
むしろこちらはごめんなさいと思ってしまっているのだけどね。
だって313円の安物コピー用紙を180万で売りつけてしまったんだもん。
「それにしてもよく個人でこれ程の枚数を所持していましたね」
「というと?」
羊皮紙づくりにはとても時間が掛かるものだと教えられた。
具体的にどれほどの時間を要するのかというと、ざっと3週間。実作業時間は5時間ほどらしいが、石灰水浸けの放置期間が長いのだとか。
しかも羊だと皮を無事に採れたとしても、A4サイズの羊皮紙は一頭から四枚程しかできないという。豚の皮では毛穴が目立ちすぎることから写本にはほとんど使用されない。
ポピュラーなのはやはり羊の皮を材料にした羊皮紙だという。
「これ程きめ細かく、手触りが滑からな羊皮紙は見たことがありません。きっと貴族方に大人気になるでしょうね」
喜んでくれているなら、俺の罪悪感も少しは薄まる。
「そこで一つご相談なのですが、今後も是非蒼炎さんとはわたしが直接取引したいのですが。要は専属契約という形を取りたいのです」
それはこちらとしても有り難い提案だ。
マルコスが信用できる人物かはさて置き、商人としては一流だと思う。
実際、真っ先に話しかけてきたのも彼なのだ。
それに何より、俺はあまり派手に動き回って多方面から目をつけられたくはない。
けれど脱ニートのためにも金は稼ぎたい。
そのためにはマルコスのような商人を味方につける必要がある。
うまく彼を隠れ蓑に使えれば、俺の存在が公になる可能性はぐっと下がる。
「それは構いませんが、羊皮紙はそれで全部かもしれませんよ?」
「構いませんよ」
「構わないんですか?」
てっきりコピー用紙目当てだと思ったのだけど、違ったか。
「ええ。だとしても、蒼炎さんは何れ必ず、またこれと同じ羊皮紙をわたしに売ってくれるはずです」
自信満々で口にするマルコスに、頭の中で疑問符が乱舞する。
「どうしてそう思うんです?」
「これっきりでしたら、わざわざ価格を調べたいなどと言わないでしょう」
「なるほど」
言われてみれば確かにその通りだ。
さすが商人、なかなか鋭い。
それからしばらくマルコスと談笑したのち、俺は砂糖も売って商業ギルドを後にした。
「失礼、少し良いですかな?」
ギルドを出てすぐのところで、俺はドラキュラ伯爵のようなおっさんに声をかけられた。
「なにか俺に用か?」
「おっぱいはお好きですかな?」
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