第4話 迷宮都市ガルザーク

「こちらが蒼炎様の戦利品でございます」


 オールドマン家を後にした俺は、あとで来るように言われていた村長宅にやって来ていた。

 村長宅のテーブルには、俺が殺した盗賊が身につけていた装備品がずらりと置かれている。

 ロングソードにチェニック、それに安そうな短剣などなど。


 ちなみにあの後、流石に飴玉一個では納得がいかなかった俺は、ソフィアにお金をくださいと素直に頭を下げた。一回りも年下の女の子に乞食ムーブをすることに抵抗がなかったわけではない。が、糞ニートから脱出するためにはプライドなんてクソ喰らえだ。


 しかし、結果からいうと金銭は貰えなかった。


 ソフィアの親父さんはとても甘い人だったらしく、ここ2、3年はコロネ村から徴収していなかったらしいのだ。

 けれどオールドマン家としては国に税を収めないわけにはいかない。

 そこでソフィアの父は私財から国に税を収めていた。


 なぜそんな馬鹿なことをするのかと尋ねると、コロネ村の収入源は主に農作物だという。

 しかし、ここ数年は思うように作物が育たないらしく、村人達の収入も激減してしまった。当然税を支払えるわけもなく、ソフィアの父が資金調達に奔走していた。


 その結果、ソフィアの父は心労に倒れ、先月旅立たれたというわけだ。


 実際オールドマン家にはかなりの借金があるらしく、とても俺に報奨金を支払う余裕などないらしい。


 ソフィアがくれた飴玉もこの世界ではかなり貴重なものだったらしく、彼女も数ヶ月に一度しか口にしないのだとか。

 そんな貴重なものを貰った上、一回り年下の女の子に金を寄越せなんてとても言えない。


 けれども、やはり飴玉ひとつでは納得いかなかった俺は、せめてあの空き家が欲しいと頼んでみた。

 すると住民が増えることは好ましいと喜ばれ、あの空き家を貰うことに成功した。


 ま、そのせいで俺もソフィアに税を収めなければいけなくなったのだけど……。

 果たして甲斐性なしの糞ニートな俺に支払えるだろうか、不安だ。


「この戦利品って売ることはできないのか?」


 戦利品はどれも俺には不必要なものだ。できることなら金に変えたい。こちらの金を稼いで何の意味があるのかは分からないが、とりあえずソフィアに渡す税くらいは稼いでおきたかった。


 元の世界でもこちらの世界でも貧乏とか……流石に虚しくなる。


「それでしたら迷宮都市――ガルザークの武具屋で買い取ってもらえると思いますよ」

「街か! それってここから近いのか?」

「ええ、馬車で小一時間程行ったところにあります」

「馬車か……」


 荷物を抱えて徒歩で移動は厳しいよな。

 おまけに土地勘がなく、道も分からない。


「明日の朝で宜しければ、お送り致しますよ?」

「本当か!」


 困ったなと顎先に手を当てていると、村長さんが送ってくれることになった。

 俺に対するコロネ村の人達の好感度は、俺が考えるよりもずっと高いのかもしれない。


「ええ、わたくしも街に用事がございますので」


 明日の朝、村の西側で村長と待ち合わせした俺は、時間も時間だったので一先ず帰ることにした。

 ちなみにこちらの世界の一日も24時間とのことだ。




 ◆◆◆◆◆




「あら、あんた何かいい事でもあったの?」


 生姜焼きをかっ食らう俺の顔を見ただけで、母さんは何かを察していたようだ。

 さすが俺の生みの親だな。


「別に」


 まだナイショだ。

 ひょっとしたら人生一発逆転満塁ホームランを打てるかもしれません。

 なんて言ったら驚くだろうな。


「きもっ」


 可愛げの欠片もない妹の悪態なんていつものことだ。


「いつまでも部屋に引きこもっていないで、いい加減バイトでもしたらどうだ? なにもすぐに就職しろとは言ってないんだ」


 また始まったよ。

 母さんと違って親父はこれだから嫌なんだ。顔を合わせるとバイトくらいしろ! それ以外に会話のバリエーションがないのかよ。うんざりする。


「ごっそうさん」

「おい、まだ話は終わってないだろ」


 無視無視。

 相手にするだけ時間の無駄だ。




 ◆◆◆◆◆




 翌日、俺は十年振りに目覚まし時計に起こされた。


 空は快晴、風が気持ちいい。


「見えてまいりましたよ、あれが迷宮都市――ガルザークです」


 馬車の荷台で煙草(メビウスライト)を吹かしていると、御者台の村長が前方を指さした。


「思ったよりもずっとデカそうな街だな!」

「この辺りで一番の街ですからね」


 街を囲うようにそびえ立つ外壁は、まるでアニメ突撃の巨人のウォール・マリアのようだ。

 ま、実際はそこまで高くない。目測だけど多分、電柱より少し低いくらい、5m程といったところだ。

 それでも現代人の俺からしたら、やはり圧巻だった。


「あのバカでかい樹はなんだ?」


 特に俺が気になったのは、街の北側を包み込んでしまいそうなほど巨大な広葉樹。あれが世界樹と呼ばれるこの世界の根源だと云われても、きっと俺は疑いもせずに信じてしまうだろう。

 それぐらい異質で歪なほど巨大な樹だった。


「迷宮樹ですよ」

「迷宮……あれが?」


 俺は煙草を吹かしながら、街の1/4を覆い隠してしまうほど巨大で不気味な広葉樹をぼんやりと見つめていた。


 しばらくすると、東の関所が見えてきた。



「結構たくさん来てるんだな」

「街の周辺には十以上の村々がありますから、わたくしのようにミルクなど卸に来る者も少なくありません。それにここは迷宮都市ですから」


 迷宮都市か、やはりモンスターがうじゃうじゃいるのだろうか。


「蒼炎様の腕前でしたら迷宮で稼ぐことも可能なのでは?」

「うーん、それはどうかな?」


 確かにこの黒いナイフの効果は凄まじい。なんせ戦闘経験ゼロの俺が野盗に勝ってしまえるほど強化されるのだから。

 俺は腰に提げたナイフに触れながら、ファンタジー映画さながらの街に目を細める。


 野盗とモンスターでは全然違うということくらい、ド素人の俺にでもわかる。

 昨日の野盗が実はめちゃくちゃ弱かった、その可能性もゼロではない。

 調子に乗って迷宮探索で一攫千金、なんて夢見て大怪我でもしてしまったら目も当てられない。


 自分の強さがどの程度か分からない以上、迷宮探索のようなリスクのあることはできるだけ避けたい。


 されど、脱クズニートを掲げる俺が大金を稼ぎたいのも事実。


 俺を小馬鹿にする妹と、働け働けうるさい親父を見返してやりたい。ずっと迷惑を掛けてきた母にも親孝行をしてやりたいと思っている。そんで出来れば孫の顔も見せてやりたい。


 そのためには一にも二にも金がいる。


 金がなければ妻を娶っても養えないし、そもそも女の子に相手にもされないのが日本という欲にまみれた国なのだ。


 というのは負け組DTな俺の偏見なのだけど、実際お金がなければ自信が持てないという日本国民は多いと思う。逆にいえば大金を手にした途端に人が変わったように自信に満ちあふれる人もいる。


 お金×自信=モテるの方程式。


 もしもこの方程式を覆すことができる強者がいるとするなら、それはチーターのようなイケメンだけだ。

 我々のようなフツメンはどれだけ多くのお金を稼げるかという能力を女子達にアピールするしかないのだ。


 そのために人々は経営者になってお金を稼ぐ。他人より一円でも多く金を稼ぐことで、自信という名の伝説の鎧を身にまとうのだ。


 この生存競争に勝つため、俺はここ、異世界で必ず成り上がってみせる!


 そのために家から少しばかり物資を拝借して来たのだ。


「売れるといいんだけどな」


 家から持ってきたリュックを後生大事に抱きかかえながら、俺は蒼天に向かって紫煙を吐き出した。




 ◆◆◆◆◆




「通っていいぞ」


 昨日正式にコロネ村の住民となった俺は、村長さんと一緒だったこともあり、すんなりと関所を通ることができた。


「わざわざ武具屋まで送ってもらって悪かったな」

「いえいえ、ついでですので。ではまた後ほど」

「ああ」


 村長と別れた俺は、目的の武具屋にやって来た。


「あんちゃん見ない顔だな。……それに奇妙な恰好をしている。旅人か?」

「最近コロネ村に越してきた者だ」


 店に入るとすぐにギャングみたいな黒人に話しかけられた。しかもアフロ頭だ。


 店内は外から見たときより狭く感じる、きっと所狭しと武器や防具が置かれているせいだ。


「すごい量だな」


 バスターソードにレイピア、シミターやモーニングスターなど、各種様々な形状の武器が取り揃えられている。

 無論武器だけではなく、バックラやペルタといった盾から、アーメットなどの兜にプレートアーマーまである。あらかた冒険者が必要なものはこの店だけで十分事足りるだろう。


「ここは迷宮都市だからな。品揃えに関してはどこにも負けねぇつもりだ。で、あんちゃんのお目当てはなんだ? 言ってみな、俺が見繕ってやるよ」

「すまないが今日は購入じゃないんだ。これらを売りたくてな」

「ほぉ〜」


 持ってきたロングソードやチェニックを店主の眼前――カウンターにドサッと置く。アフロな黒人さんはそれらに軽く触れると、野盗から奪ったかといった。


「わかるのか?」

「……ここに刻印があるだろ?」


 黒人さんはロングソードを鞘から抜き取り、剣の腹を俺に見せてくれる。そこには確かに文字が刻まれていた。


「これは?」

「製作者のサインだ。ちなみにこの鍛冶師の作品はこの辺りじゃウチぐらいしか取り扱っていない」

「そうなのか」


 迷宮都市――ガルザークには毎年数多くの冒険者がやって来る。彼らのお目当てはいうまでもなく迷宮である。冒険者達の多くは迷宮で一攫千金を夢見ているのだ。

 ところが大半の連中は迷宮に潜ったが最後、二度と帰って来ることはない。運良く帰ってきた連中の大半も、結局は二度と迷宮に向かわなくなる。


 冒険者としての心が折れるらしいのだ。


 そうなった時点でおとなしく田舎に帰ればいいのにと思うが、冒険者になろうなんて連中は元々帰る場所がないような連中の集まりだという。


 帰る家もなければ働き先があるわけでもない彼らが行き着く先は、人攫いや盗賊紛いの犯罪者。


「あんちゃんが倒した野盗も迷宮に心をへし折られた連中なんだろう」


 彼らはかつてこの店で装備を買い揃え、迷宮に挑み心が折れたのだ。


 あの事件以来心が折れてしまい、引きこもりニートになった俺と似ている。


 もしも生まれた世界が違ったなら、俺も彼らのようになっていたのかもしれない。

 俺が犯罪に手を染めずにいられたのは、養ってくれる親がいたからだしな。

 

「なにはともあれ、ありがとよ」

「……?」

「俺の売った剣で罪なき人が殺されちまったら、やっぱり寝覚めが悪いからな」

「……ああ」


 武具屋ってのも気楽な商売じゃないんだろうな。


「で、全部でいくらだ?」

「銀貨三枚ってとこだな」

「……銀貨三枚か」


 俺は店内の壁に掛けられているロングソードに目を向け、値段を確認する。

 ロングソード一本辺りの値段は概ね大銀貨一枚といったところだ。

 そのことを指摘すると、アフロな黒人さんは俺にロングソードの刃を見るよう言った。


「ボロボロだな」

「まったく手入れができてねぇ。これじゃゴブリンは斬れてもオークの頑丈な骨は斬れねぇ。その他の装備もお世辞にも状態が良いとは言えねぇな。銀貨三枚、これ以上は出せねぇ。嫌なら他で売ってくれ、多分どこも似たような査定だと思うけどよ」

「そっか。なら銀貨三枚で頼む」

「いいのか? あんちゃんこっちにはあんまり詳しくねぇんだろ? 騙されてるかも知れねぇぞ?」

「今の説明を聞けば納得だ。それに、俺にはあんたが嘘をついているとも思えないしな」


 ガハハハ――黒人さんはとても嬉しそうに笑った。


「気に入った! 俺はメイソンだ」

「俺は蒼炎。よろしくな」


 こうして俺は異世界ではじめて収入を得たのだ。初収入は銀貨三枚。

 うん、悪くないと思う。


 ちなみに村長からこちらの世界の小売物価を聞いた上で、俺は貨幣価値を日本円に置き換えてみた。


 銅貨  100円

 大銅貨  1千円

 銀貨   1万円

 大銀貨  5万円

 金貨  10万円

 大金貨 50万円

 白金貨 100万円


 大雑把な計算だが、ニートな俺が一瞬で3万円も手に入れたことになる。

 これは中々に幸先が良いのではないだろうか。


「それと一つ聞きたいんだけど、これって鑑定とかって出来たりするのか?」


 俺はカウンターに例の黒いナイフを置いた。

 もしもこのナイフに何か不思議な力が付与されているのなら、知らないよりかは知っておきたい。


「ん……見たことない刻印だな。あんちゃんこれをどこで?」

「えー……と」


 まさか異世界に呼び出された際にお詫びでどこかの誰かに貰いました、なんて言えるわけないしな。


 説明に困り口ごもってしまうと、「訳ありの鍛冶師ってところか」メイソンは勝手に納得していた。


 俺は助かったと小さく嘆息する。


「すまねぇがさっぱり分からん。これが一体何で打たれているのかすら不明だ。分からねぇから値段の付けようもない」

「あ、いいんだ。売るつもりはないから」

「それよりあんちゃんの着ているそれは異国の衣服か? ちょっと見せてくれないか」

「別に構わないけど、ただのジャージだぞ?」


 メイソンは俺の黄色いアディタスのジャージが余程気になるようだった。あとジーンズも。


「こりゃ着心地もいいし中々の上物だな。大銀貨一枚でどうだ!」


 母さんが古着屋で買ってきてくれた安物が5万!? 一瞬売ってしまおうかと思ったが、これは俺のお気に入りなのでやめておこう。

 メイソンは随分とガッカリしていた。


「気が向いたらいつでも売りに来てくれよ」

「その時はよろしく頼むよ」


 俺はメイソンに商業ギルドの場所を聞いてから、店をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る