第7話 奴隷館
「静かだな」
ベルフェゴールのおっさんの娼館はとても高級感があるのだけど、少し不思議に思うことがある。
「……?」
先程までむふふな恰好をしたお姉さん達が店先に大勢いたのだが、ベルフェゴールの娼館の前には客寄せの娼婦の姿がなかった。
賑やかだった通りとは違ってここは人通りがなく、少し暗いというか、どこか陰湿な雰囲気が漂っている。
「さあ、お入りください」
「ども」
ひょっとしたらベルフェゴールのおっさんの娼館は超高級館なのかもしれない。
ゆえに平民は高額で娼婦を買えないのではないか、というのが俺の見立てだ
「すげえ!」
ビンゴ!
館の中には見るからに高価そうな壺や絵画が飾られている。オールドマン家とは比べものにならんくらい華やかな玄関に、俺は驚きで眼を見張った。
◆◆◆◆◆
「女の子は?」
俺はてっきり大きなベッドが置かれた部屋に通されるものとばかり思っていたのだけど、通されたのは机とソファが置かれた応接室。
これではギルドで商談していた時とさして変わらない。
「蒼炎様はおっぱいに強いこだわりをお持ちでございますね」
「まあそりゃ俺も男だから、ぶっちゃけ小さいよりかは大きい方がいいけどさ、あっ、でも! おっぱいは大きさでも形でも柔らかさでもなくて、やっぱりおっぱいを付けている人の顔だと思うんだよな」
念には念を入れて美人がいいと伝えておく。
記念すべき初体験の相手は美人に越したことないのだから。
「わたくしもこの道のプロでございます。蒼炎様がご納得されるおっぱいをご用意してみせましょう」
ベルフェゴールのおっさんが手を叩き合図を出すと、部屋の扉が開き、首輪を装着した女の子達がぞろぞろと入ってくる。
「おおっ!!」
これはすごい!
先程の娼館通りで見たお姉さん達もエロかったのだけど、ベルフェゴールのおっさんが用意した女の子のレベルは段違い。
しかもこの娼館にはコンセプトがあるらしく、皆あえて見窄らしくも破廉恥極まりない恰好をしている。
ベルフェゴールのおっさんの後ろにずらりと整列する女の子達。彼女達の年齢は様々で、十代くらいの少女から成熟した大人の女性まで幅が広い。
まさにここは
俺はアダムになるべく、この中からたった一人のイヴを指名するのだ。
「か、彼女達はっ!」
我ながらおかしいほどにひどく興奮する。手のひらまで汗がびっしょりだ。
念願のDT卒業が目の前に迫っているのだから無理もない。これで俺のことを童貞とバカにしてくる妹にも言い返せる。
「は? 童貞きもっ」
「童貞は黙っててよ」
「童貞がファンとか○○ちゃんが可哀想すぎ。つーか夢見過ぎなんだよね、これだから童貞は……」
童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞、童貞――うるさぁあああああああああああい!
心無い妹に童貞と揶揄され続けて幾星霜、独り枕を濡らし続けてきた。
けれど、あの哀しくも儚い日々は今日で終わる。
俺の我慢が報われる時がついに訪れたのだ。
俺は今日、異世界でボン・キュッ・ボンな美少女ちゃんとセックスをする。
DTを卒業するのだ。
異世界サイコー!
異世界バンザイ!!
異世界は我と共にっ!!!
「くぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
頬が火照り胸が弾み、今にも踊りだしそうな俺に、ベルフェゴールのおっさんは落ち着くよう手のひらを突き出した。
「彼女達は奴隷でごさいます」
「え………今なんと?」
「彼女達は奴隷でございます」
「は?」
俺の聞き間違いだろうか。
それとも店のコンセプト説明かな。
混乱する頭で尋ねる。
「此処は娼館でいいんだよな? んっで彼女達はここで働く娼婦なんだろ?」
「いいえ、ここは奴隷館にございます」
「は……? 奴隷…………?」
「彼女達は娼婦ではなく、商品にございます」
「え、いやっ、えぇっ!?」
思っていたのと違う。
全然違う。
夢いっぱいのファンタジー映画を観ていたつもりが、実はスプラッター有りのダークホラーサスペンスだった。
それくらいの衝撃である。
「困るよっ!!」
「少し落ち着いてくださいませ」
落ち着けるわけがない。
俺はDTが卒業できると胸を踊らせていたのだ。俺の純粋なわくわくを返せ。
こんなことならやはりさっきの店で卒業しておけば良かった。
いや、今からでも遅くはない。
「――――」
「どちらへ?」
「帰るに決まってんだろう!」
人を馬鹿にしやがって。
とんだ時間の無駄だった。
立ち上がり部屋を出ようとする俺に、「性奴隷」おっさんは短く詠唱を行い、俺に魔法を掛けた。
「………ッ!?」
なんという卑劣な行為!
このおっぱい紳士は闇の魔法使いだったのだ。
「………性奴隷?」
「性奴隷でございます」
なんとか自力で石化を解除して振り返ると、おっさんは穏やかに微笑んでいた。
パンパン!
それから大仰な身振りで手を叩けば、控えていたスケベそうなお姉さんが挑発するように急接近してくる。
「あら、お話も聞かずに帰るなんてもったいないですよ」
「性奴隷欲しくないの? なんならお試しに今、お口でしてもいいんだけどな〜」
これで鼻の下が伸びない男がいたのなら、きっとそいつはキリストの生まれ変わりか、何か特別な存在なのだろう。
俺……?
俺は極々普通の人間だ。
「紅茶はお好きですかな?」
「ケチらず砂糖をたっぷり入れてくれ」
「畏まりました」
せっかくここまで来たので、話くらいは聞いてやろうとソファに座り直す。
決して性奴隷というパワーワードに屈したわけでも、スケベなお姉さん達の誘惑に負けたわけでもない。断じて違う。
第一、性奴隷というのは性的関係を強要してそうでちょっと萎えるというか、罪悪感のようなものが芽生えてしまう。
今だってベルフェゴールのおっさんの指示で、彼女達はエロい素振りをしているだけなのだ。
そんな脅迫まがいの行為、そんなものを求めているわけじゃない。
気持のないセックスなんて嫌だ!
ヤるなら愛のあるセックス!!
さすがにそこまで娼婦に求めるほど世間知らずのDTではないが、せめて疑似恋愛に浸りながら卒業したいという思いはある。
「で、その性奴隷とは?」
笑顔で手を振るお姉さん達に手を振り返しながら、俺は尋ねた。
「蒼炎様は奴隷をお買いになられたことは? 見慣れぬ服装にあれ程の羊皮紙をお持ちなのです。蒼炎様は名家のご出身なのでしょう」
こっちの世界ではジャージは高価なジャケットにでも見えるのか? 武具屋の親父も欲しがっていたしな。
「いや、俺はその……厳しい師範の下、山奥でずっと修行をしていてな、その辺の事情に疎いんだ。ちなみに羊皮紙は師匠からの餞別だ」
異世界転移系の主人公の常套句を引用させてもらう。
「さようでございましたか。しかし山籠りをなされていたということは、何れ迷宮に挑まれるのでしょう」
「え、ああ、まあな」
そんなつもりは毛頭ない。
あぶないことも痛いことも嫌いなのだ。
「でしたら尚更奴隷をおすすめ致します。奴隷の中には戦闘向きの者も大勢おります。もちろん性奴隷も、でございます」
「なるほど。しかし奴隷だからといって無理矢理は俺の趣味じゃない」
「そちらはご安心を。奴隷は申告制でございます」
「申告制!? ど、どういうことだ!」
「様々な理由からわたくしの元に奴隷を売りに来る者達がおります。奴隷の価格はその者の素質に大きく関わるのです。戦闘が得意な者は戦闘奴隷になることが可能なのです。しかし本人が戦闘奴隷を望まなければ、その者が戦闘奴隷になることはありません」
「なぜだ? 奴隷なのだから半ば強制的に戦闘奴隷にするんじゃないのか?」
「無論、可能にございます。しかし、それでは問題がございます」
「問題? ……どんな?」
「奴隷が本来の力を発揮しているか判りかねるのです」
要は手を抜いてしまうということだ。
「そこで当奴隷商会では奴隷のパフォーマンスを出来る限り100%に近い状態にするため、奴隷自らに選択の権利を与えているのです」
「つまり、彼女達は自ら性奴隷に志願した……そういうことか?」
俺はベルフェゴールの後ろに並ぶ女の子達に視線を向けた。
「さようでございます」
にわかには信じられんな。
「戦闘奴隷というのは確かに物騒だけどさ、それなら労働奴隷みたいなのも選べるんだろう? 何でわざわざ性奴隷に?」
「価格でございます」
「価格ったってさ、奴隷には関係ないだろ? そりゃ売り手からすりゃ少しでも高いほうがいいのは分かるけど」
「当商会は強制奴隷ではございません」
「なら彼女達が自ら奴隷になりたいと志願したとでも言うのかよ」
「さようでございます」
「馬鹿馬鹿しい」
そんなエロ漫画みたいな話があってたまるか。
「事実にございます。当商会の奴隷は家族を守るために自らの身を捧げた者達なのです」
「マジかよ」
「大真面目でございます」
「つまりあんたは奴隷商で、彼女達はあんたの噂を聞きつけて自ら、あるいは家族に付き添われる形で……」
工程だと頷く。
「でも、なんで俺に声を掛けたんだよ」
「大金を手にした童貞ほどカモ……」
「…………」
ベルフェゴールのおっさんは今、とんでもない事を言いかけたような……。
「当商会の奴隷はそのような事情から大変値が張ります。その分、当商会が所有する奴隷のコストパフォーマンスは一般的な奴隷とは比べものになりません」
先程言いかけた言葉の続きが気になるが、まあ今はいいか。
要約すると、資金が有りそうな俺を客にしようというわけか。
「彼女達は皆、主人に奉仕することを了承しております。蒼炎様のようなお若い方にはうってつけかと」
◆◆◆◆◆
と、ようやく説明を終えて冒頭まで戻ってきた。
自らスケベを望んで性奴隷になった女の子達はめちゃくちゃ魅力的だ。
そういうことなら是非欲しい!
けど、どうせ高いんだろうな。
「買ってすぐに逃げるなんてことはないんだろうな?」
「ございません。万が一逃げ出した場合は当商会が全額返金をお約束いたします。それも購入時の3倍の額を」
「奴隷保険があるのか」
意外としっかりしているんだな。
「さらに奴隷が逃げ出した際は、彼女達の家族に災いが降り注ぐ事になりましょう」
家族のために自らを捧げた彼女達だ、家族に危害が及ぶと知りながら逃げることはないということか。
「寝首を掛かれることは?」
「そのような心配はございません」
「なぜ言いきれる。主人を殺してしまえばあんたに連絡がいくこともない。その場合は逃げ切れるんじゃないのか」
「主人と奴隷は奴隷術式によって魂の契約を結ぶことになります。この契約は主人が命を落とした場合にのみ発動する、いわば呪いのようなモノでございます」
呪い……?
少しおっかないな。
「ちなみにどんな?」
「主人が亡くなると、必然的に奴隷も命を落とすというシンプルなものでございます。無論逆はございません」
「それは自然死だったとしても発動するのか?」
「致します」
えげつない契約だな。
しかしそれならば、確かに奴隷が主人を殺したりしないのだろう。
逆に必死になって主人を守るということか。
異世界恐るべしだな。
「それでもやっぱり知らないやつの性奴隷になるのは嫌なんじゃないか?」
「そんなことはございません。むしろ彼女達は蒼炎様の性奴隷になりたがっておいでなのです」
それはいくらなんでもないと思う。
彼女達とは今はじめて会ったばかりだし、一言も言葉を交わしてもいない。
なのに俺の性奴隷になりたがってるなんて言われても、これっぽっちも説得力がない。
「彼女達をご覧ください。蒼炎様に自分を選んでくれと熱視線を送っているようではございませんか?」
「………」
言われてみると確かに約1名を除き、皆縋るような目で俺を見つめていた。
この感覚は小さい頃に訪れたペットショップで感じたものに似ている。
仔犬達は幼かった俺に、自分を選んでくれと瞳を潤ませては尻尾を振っていた。
結局俺はハムスターを買ったのだが……。
「でも、なんで?」
「蒼炎様が若く容姿が整っておいでだからでございます」
「え……容姿が………整ってる!?」
こいつの目は腐ってるのか?
それともただの世辞か?
そりゃ自分の顔をブサイクだとは思ったことないけどさ、容姿がいいなんて思ったこともない。日本人にありきたりの塩顔、それが俺だ。
「とてもミステリアスなお顔立ちをしております。相当おモテになられるのではございませんか?」
ミステリアス!?
俺がっ!?
う〜ん、あっ!
そういえば聞いたことがあるぞ。
稀に海外なんかだとアジア人ののっぺりした顔や切れ長の目が、彼らにはミステリアスに見えるとかなんとか……。
俺って異世界だと意外とモテるのかな?
もう本気で
「さらに裕福でございます」
「ずっと山で暮らしてたんだぞ?」
「これは失礼、わたくしとした事が蒼炎様の設定を忘れておりました」
「……設定って」
「しかし、見る者が見ればそのような設定はすぐに看破されてしまうでしょう。差し出がましいようではございますが、身分をお隠しになるならば、もう少しそれっぽいものがよろしいかと」
え、どういうこと!?
「と、いうと?」
「山で修行なされていたと仰られておりましたが、蒼炎様の指先はとてもお綺麗でございます。まるで貴族のようではございませんか。何より長い間山にお籠りになられて修行していたと仰られる割には、やはり体の線が細いかと」
「……ああ、そうなるのか」
でも言われてみれば、俺の手には剣ダコがない。15年間PCの前に座って指を動かすだけだったから、筋肉なんてものもこの身体には付いていない。
彼女達からすれば寿命が長く、健康な肉体を有する俺は理想の主人なのだ。
それにどうせ性奴隷になるならイケメンとセックスしたいと思うのは至極当然。
彼女達からすれば俺は超絶イケメンなのだ。
うん、納得した。
「彼女達をちょっと近くで見てもいいか?」
「どうぞ、心ゆくまでご覧ください」
性奴隷を買うかどうかはまだ決めかねているが、この際だからじっくり間近でおっぱいを……間違えた。顔を見てみようと思う。
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