第5話.好奇心は蜜の味-5

 食器もきっと恐らく、いや、確実に高級品なんだろう。

 ホテルの朝食なのかな?と思った。いや、高級ホテルだなんて泊まったことないから知らないけど。きっとそうなんだと思う。ドラマとかでなら見たことあるし。


 こんな焼きムラのない形の美しいオムレツ見たことない!出た!オシャレな食べ物、アボカド!ほぇ〜、このフルーツはなんていうんだろ?


 キョロキョロ目移りしていたワタシは、「好きなだけ食べるといい」という羽多くんの声に肩を跳ねさせた。


「ご、ごめん……行儀悪かったね。すごく美味しそうで」

「いや、キラキラと目を輝かせるめぐみはとてもかわいかった。慶伊の作る物は全て美味いぞ」


 さぁ、食え、と羽多くんはニッコリと微笑んだ。なんか今、かわいいとか聞こえた気がするけど、とりあえず流しておこう。それが一番な気がする。

 それにしてもこれ全部ケイさんが作ったんだ、すごい。ワタシは台所に立つケイさんをチラリと見た。

 男性にしては小柄ながら、スーツの上からでもムキムキなのが分かる。あんな、男!、みたいな人がこんな繊細な料理を作るのかぁ。わぁ、セックスうまそぉ……と、いけないいけない。これはワタシの悪い癖だ。


 羽多くんに倣い「いただきます」と手を合わせれば、ケイさんは口元に小さな笑みを作った。




 食後に紅茶まで出してもらっちゃって。こんな充実した朝ご飯を食べたのなんていつぶりだろう。お腹壊しちゃいそうと、貧乏臭い心配をしてしまう。


 食器を片し終えたケイさんが羽多くんの横に立ち、彼になにやら耳打ちをすれば「あぁ、そうだな」と羽多くんは深く頷いた。


「めぐみ、紹介する。こちらは慶伊カナメといって、私のボディーガード兼世話係だ」


 羽多くんが自分のことを"わたし"だなんて呼んでいることも気になったが、それよりも今はケイさん優先だ。

 というかボディーガードってなに?世話係ってなに?よく分かんない。

 「よろしくお願いします」と反射的に頭を下げたワタシへ、ケイさんは深々とお辞儀をしてくれ「奏介さんについて大阪からやって参りました」と説明を付け足してくれた。つまり羽多くんお抱えの執事的な?こと?なの?


「で、こちらの女性が私の"婚約者"の森野めぐみさんだ」


 流れるような紹介に、よろしくお願いします、と再び頭を下げそうになった。ていうか、その話まだ続いてたのね。


「ちょ、ちょっと待って、ワタシそんなつもりないから!」

「まだそんなことを言っているのか!なにが不満なんだ?言ってみろ!」


 まるで自分と結婚できるなど果報者だぞ、と言いたげな口振りだ。断られるとは微塵も想像していなかったのだろう。


 誰とも結婚するつもりなんてないから!と言おうとして、慌てて口をつぐんだ。待てよ。このまま断ればここに住めない?……それは困る!あの束縛男の元へはもう帰りたくないのだ。


 ワタシは頭をフル回転させた。さっき食べた朝食のお陰かいつもより頭が働いている気がする。


「羽多くんのことは好きだけどぉ……その、まだお互いなにも知らないから結婚は不安で……」


 しおらしい態度で羽多くんに擦り寄れば、彼は一応の納得をみせたのか「そうか」と、何かを考え込むように顎に手をやった。


「ならば、結婚を前提に同棲を始めよう!どうだ?それならいいだろう?」

「えっ……!う、嬉しいっ!」


 まさか羽多くんからそれを提案してくれるなんて!ワタシは手間が省けたと彼の胸に飛びついた。

 面倒なことになってきたら「やっぱりうまくいかないと思う」やら「好きになれなかった」と言ってサヨナラしたらいいだけの話だ。その頃には羽多くんの暴走も落ち着いているだろう。


「……っ、」

「あれ、羽多くん?」


 なんの反応もないことを不思議に思い、彼を見上げれば、そこには真っ赤な顔をした羽多くん。

 えっ、なに、そのウブな反応。ワタシまで照れちゃうんだけど。

 鏡を見なくても頬が赤くなっているのが分かる。それを誤魔化すように彼の胸におでこをグリグリと擦り付けた。


「……あまり可愛いことをするな。今は慶伊もいるし、続きは夜にしよう」


 だなんて甘い声で囁くんだから。なかなか女心をくすぐるじゃないかと、羽多くんを少し見直した。


 こうして(ワタシの中では)期間限定の同棲生活が始まったのだ。

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愛ってなんだよ、おいしいの? 未唯子 @mi___ko

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