第4話.好奇心は蜜の味-4
眩しくて目を覚ますと、そこには見切れるほど近くでワタシの顔を覗き込んでいる羽多くんがいた。
「お、おはよ?」
「あぁ、おはよう。よく眠れたか?」
「うん、ぐっすり。すごいね、このマットレスがいいのかな?」
「あぁ、これか、これはだな、」
うん、しくった。やっぱり昨夜の予想通りに、羽多くんはマットレスの素晴らしさを語り始めた。ポケットコイルがどうとか、マットレスの厚さの体圧分散性がどうとか。
ワタシはそれを適度に聞きながら、適度に流しながら、うんうんと微笑んでいたわけだ。これからしばらくの間はここにお世話になるつもりだから。羽多くんには機嫌良くいてもらわないと。
「ところでめぐみ、お前のご両親は、その……婚前の男女の関係についてどういった考えをお持ちの方なんだ?」
突然の名前の呼び捨てにも驚いたし、話の内容にもハテナマークが飛び交った。ワタシの両親?なに?え、婚前?男女の関係?
「へぁ?」
と、感情そのままの不明瞭な言葉を吐けば、羽多くんは「んんっ」と咳払いを一つ。そして姿勢を正して、ワタシに向き直った。
「いや、つまり婚前交渉についてどう思われるだろうか。やはり失望されるだろうか」
え?いや、言い直されても意味が分からないんですが?誰が誰に失望するの?なんの理由で?
そんな戸惑うワタシを放置して、というかそんなワタシに気づいていないのだろう。羽多くんは照れまくりといった様子で、鼻の頭を掻き、照れ隠しに視線を逸らした。
「私の父と母には私からきちんと説明するから心配はするな。婚前交渉は今の時代には然程珍しくもないし、きっと理解してくれるはずだ!」
「ちょ、ちょっと話が見えないんだけど?」
ダメだ、分からない。お手上げ状態のワタシは、止まらない羽多くんに一旦ストップをかけた。本当になんの話をしてるの?
「?結婚の話だが?大学を卒業するまで待たせることになるが、父の会社に就職したらすぐに結婚しよう」
羽多くんのキラッキラの曇りなきまなこがワタシを見つめ、ついでに手なんかギュッと握られちゃって。あはは、顔がいい〜!圧倒的に顔がイイ!なんて、少し現実逃避した。
あ、ダメダメ。それしちゃダメなやつ。え、待って。ワタシ今、もしかして、もしかしなくても、プロポーズ?されてる?
「は?何時代?明治なの?一回ヤッただけじゃん!」
勘弁してよー、と、冗談キツイんだからー、と強く握られた手を解こうとしたが、ぜんっぜん解けない。
「いや、ね、ワタシ一回したぐらいで『責任とれ!』とか騒がないからね?」
安心してよ、とへらりと笑っても手は解かれない。それどころか、羽多くんはくわっと目を開き、心外だとでも言いたいのかワナワナと震え出した。
「お前は私がそんな無責任な男に見えるのか!そ、それに!お前は私のど、童貞を奪ったんだぞ!責任をとれ!」
責任?ワタシが?羽多くんの童貞を奪ったから?なにそれ、こわ。
「ヤダヤダ、ぜったいやだぁ!」
駄々っ子のようにかぶりを振ったワタシに羽多くんは「往生際が悪いぞ!」と声を荒げた。なんなの、ほんと。
どうしよう。ヤバい奴に手を出してしまったと、ワタシが項垂れたその時。寝室の扉にノックが3回。
「入っていいぞ」
と羽多くんが言えば、開いた扉の先に真っ黒なスーツを着た男の人。その人はワタシにチラリと視線を寄越した。
「奏介さん、そこまでにしましょう。困っていらっしゃいます」
そう、そう、ワタシ困ってるんです!突然の救世主!天から舞い降りてきたのね!と、ワタシがうんうんと力強く頷けば、羽多くんはしゅんとしてその大きな体を丸めた。
「
それでもなお羽多くんは納得がいかないのか、不貞腐れたように口を歪めて、不満顔だ。
「とりあえず朝食にしましょう。さ、森野さんも」
準備が整いましたので、とそのスーツの男性ーー羽多くんは"けい"と呼んでいたーーは告げた。
開いた扉からはふんわりと食欲をそそるいい香りがする。パンが焼けた匂いだ。
ぐぅと鳴ったワタシの腹の音を聞いた羽多くんは「ほんとにかわいいなぁ」と目を優しく細め、ワタシを褒めた。腹の虫が可愛いって変なの。
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