第13話
週末。
わたしには、前世の学力がほぼそのまま残っているらしく、基本的に勉強をする必要がない。
蘇我高校の学力レベルはわたしが通っていた私立の進学校とは程遠いので、勉強なんかしなくても、テストでは学校で最上位の点数になってしまう。
そんなわけで、やはり、週末は暇だった。
自宅にはゲームやパソコン、漫画など暇を潰せるものが置いてある。しかし、どれ一つ前世のわたしには縁がなかったものだ。高校時代はかなり勉強しないとついていけなかったから。少女漫画を読んでも共感できないし、ゲーム機については電源のつけかたすら知らない。
両親が買い物に出かけて不在の昼過ぎ、わたしは近くを散歩することにした。
家の近くに小さな川があって、その川沿いにひたすら上流へ進んだ。これなら、下流に下れば迷うことはないから。
散歩は、昔からわたしにとってささやかな休息だった。
母が家におらず、帰りが遅い日であることが条件だったが、家を出て、近くの用水路沿いによく散歩をしたものだ。運動することに楽しみを見つけている訳ではなかった。ただ、誰からも解放されて、一人で動けることが大事だった。
途中のコンビニで、必要最低限しか持たされていないお小遣いからなんとか捻出した百五十円で紙パックのミルクティーを買い、川沿いのベンチで飲み干して、家に戻る。あの頃のわたしの、唯一の休息の時間。
今は、考えなくてもお小遣いは十分ある。ただ、川沿いに歩くとコンビニも自販機もなくて、途中で何か買ったりはしなかった。
三十分くらいだろうか。家に帰ると、両親が帰っていた。
「美幸ちゃん! どこ行ってたの! 何回も電話したのに出ないし!」
玄関をくぐると、母が血相を変えて、走ってきた。
「えっ、ちょっと散歩に」
「散歩……?」
わたしがそう言うと、母は心底理解できないという風に首をかしげた。
しまった、とわたしは思った。
普通の女子高生は、ふらりと散歩なんかしないのだ。せめてコンビニ行ってた、とでも言えばよかった。
「暇だったから、お天気もよかったし」
「そうなの……? 別にいいけど、外出する時はお母さんに言いなよ」
「うん。ごめん」
この母は、少し過保護なのだろうか?
前世の母は、わたしが彼女の思った通りのことをしてない、というだけでヒステリックに怒り散らかしていた。
この母は怒っているわけではなく、心配しているのだと思う。
何も言わずに出ていく、というのが標準的な女子高生の活動なのかどうか、わたしにはわからないから、心配されるとは思っていなかった。そして、そんな母が過保護といえるのかどうかも、わからない。
今更、普通の女子高生みたいに生きるなんて無理じゃないのか。
心配してくれている母の前でそんなことを考えてしまうと、この母に申し訳ない気がして、少し暗い気持ちになった。
「ポアブルのケーキ買ってきたから、食べなさいよ。紅茶も淹れてあげる」
「あ、うん」
わたしの不安とは裏腹に、母はすぐ機嫌を直した。ポアブル、というのはおそらく菓子店の名前だろうが、全国チェーンではないと思われる。馴染みの店なのだろうか。
いちごショートと紅茶をいただく。大人の経験があるせいか、少し甘ったるく感じた。ただ、コンビニや量販店などの味と違って、しっかりと深い、手作りの味がした。
スーパーの買い物を仕分ける母を見ながら、わたしはこの先の身の振り方を考えていた。
普通の女子高生、と思われる生活は、わたしにとっては少し退屈だ。真由や隆子といった友達が最初から『設定』されているのはありがたいが、バイトや部活があって、いつも一緒に遊べる訳ではない。
何か、休日でも時間を潰せる方法を考えなければ……
「お母さん。わたし、やっぱりバイトしてみたいんだけど」
やっと片付けが終わった母にそう言ってみると、また心配そうな顔をされた。
この話題は、一度否定されているのだが。普通の女子高生が空いている時間にやること、ということの引き出しがそれしかなかった。
「お小遣い、足りないの?」
「そうじゃなくて、友達みんなやってるから。わたしもやった方がいいんじゃないかって」
この家の環境が過保護だとして、バイトが許されるとは思えず、ダメ元の提案だったのだが、友達みんなやってる、というところで母が少しだけ反応を変えた。
ちょうどその時、二階から父が降りてきた。
「お父さん、美幸ちゃんバイトしたいんだって」
「え? いいんじゃないのべつに。俺も、母さんも高校時代はバイトしてたし」
父は昼寝モードなのか、頭をぼりぼりかきながらだらしない姿だった。あまり深刻なことだとは思っていないようだ。前は、父が許さないだろう、という話だったのだが。
「でも最近危ないでしょ。コンビニとか、強盗とか入られたら美幸ちゃん勝てないわよ」
「そうだなあ。肉体労働は無理だろうしな。あ、じゃあポアブルでバイトすれば? お母さん、あそこのじいさんの娘と友達だったろ。あの店じいさんだけでは大変だろ」
「あら、それならいいかも」
父は冷蔵庫から麦茶を取り出し、一気に飲んで、また二階に戻ってしまった。
「じゃあお母さん、お友達に話しておくわね」
「う、うん」
思いのほか、すんなりと話が進み、わたしは安堵した。
それにしても、ポアブル、とはどんな店なんだろうか?
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